表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/60

斎木学園騒動記10-6

「どいてろふたりとも、弥生たちも手を出すなよ」

沢村と省吾を横へどかせて、一郎は前へ進み出た。

 

兄と妹が、改めて向かい合う。

 

「和美・・・訳わかんねえ話だけどよ、どうやらオレたちは兄妹らしいぜ」

ため息まじりで一郎はぽつり、と話かける。

だが和美の目は虚ろなまま、その声が届いているのか判らない。

 

「色々寂しい思いをしたり、辛い目にあってきたんだろう、お前」

構わずに、一郎は言葉を続ける。

 

はたから見れば、その姿はスキだらけであるため、兵藤が襲いかかるタイミングを図っているのだが、弥生、陽平、明郎らがしっかりにらみを利かせているため、それができないようだった。

ダニーにしても、これ以上おかしな真似ができないよう、沢村と省吾が神経をとがらせている。

ふたりの会話の邪魔をするものはいなかった。

ふ、と一郎が柔らかい表情に戻る。

 

「もう、大丈夫だぞ」

そして、すぐに笑みを浮かべた。血だらけ、アザだらけのすごい顔だが、見るものを安心させるたくましい笑顔だった。

「今度こそ約束する。オレがお前を守ってやる、どんな奴でももう二度と負けねえ!」

 

ふつふつと、身体の奥底からあふれてくる「もの」を言葉に乗せて、語っているようだった。

一郎の全身から、熱気のようなエネルギーを感じる。

それは物理的な圧力を伴った迫力として、見る者に迫って来た。 一郎はこの瞬間、何かが変わったのだ。

その「何か」を具体的に説明することは、彼自身にも難しい曖昧なものだ。しかし、確かに何か彼の内部で変化したものがある。

 

『一皮むける』

 

そういう言葉があるが、正に今の状態がそれであろう。人生の中で何度も無いことだが、それが一郎にとって今だったという事だろう。

ついさっきまでとは別人の一郎が、そこに立っていた。

その一郎の気迫に押されたか、和美の目にとまどいが浮かぶ。

目の前に立つ兄の強烈なオーラに、妹としての潜在意識が恐怖しているのかもしれない。

 あるいは、ダニーの暗示が解けかかっているのか。

その気配を感じて、ダニーが苛立った。

 

「ええいティンク、何をしとるかっ! その死に損ないをもう一度殺してやれい!」

その命令に、びくん、と身をすくませて和美はうなずいた。

そして掌を一郎へ向けてかざし、そこから念力の放射を行った。

 

「おお!」

次の瞬間、その場の全員が目をむいた。後方へ吹っ飛んだのは、和美の方だったのだ。 一郎は、平然とそこへ立っている。

 

「何と!そんなばかな・・・ティンクよ、もう一度じゃっ」

ふらりと立ち上がった和美は、腰を落とし、思念を集中する。

だが、

 

今度も一郎は微動だにしなかった。

和美の能力が不発な訳ではない。その証拠に、一郎の背後の壁には巨大な亀裂が走っているではないか。

一郎の周りに、見えないバリアが張られているかのごとく、サイコキネシスのパワーがよけていくのだ。

そして、それは和美自身にはね返っていく。

またも吹っ飛んだのは、和美の身体であった。

 

ダニーは唖然とした。

「ばかな、たとえ百パーセントではないにしても、ティンカーベルのESPをはね返すとは・・・信じられん! もし貴様がエスパーだったとしても、彼女以上の力を持っているはずが無い!」

「そんな事オレの知ったことかっ!」

一郎は鋭く言い、和美をにらみつけた。

 

「おい和美、いい加減にしねえか! いつまでもこんなヤロウの操り人形になってるんじゃねえよ」

うつろな和美の目が、一郎の瞳に焦点を合わせるのを見て、ダニーの顔が歪んだ。

 

「暗示を解くつもりか? できん、それだけはできん! こと催眠能力で、わし以上の力を持つ者はおらんっ!」

ダニーは繰り返し叫んだ。しかし、その目が絶望に沈んでいく。 一郎と見つめ合う和美の瞳には、段々と意志の光が輝きだしたのだ。それとともに、唇も動き出す。

 

「そうだ目を覚ませ、お前はティンカーベルなんて名前じゃねえ、相沢和美だ。オレの妹だ!」

「お・・・」

ぽつり、と和美の唇が動く。

「──お兄ちゃん?」

はっきりと、言葉を紡ぎ出す。

ぱちり、と大きくまばたきをして、和美のつぶらな瞳にきらりとした輝きがよみがえった。

それを見たダニーは、はっきりと自分の暗示が打ち破られたことを知った。苦痛を受けたように、その黒い顔が歪む。

 

「おのれっ」

短く吐き捨てると、手にした銃を一郎にポイントした。

 

「一郎っ、あぶない!」

弥生たちが悲鳴をあげる。

しかし、ダニーは引き金を引かなかった。一瞬、その身体が硬直したのである。

 

「貴様は! そうか、このガキの能力は──」

そのスキを、沢村は見逃さなかった。一撃必中の銃弾を胸に受けて、ダニーは床に沈んだ。

驚愕に見開かれた目は一郎を、いや、その背後の空間を見つめてダニーは口をぱくぱくさせた。

 

「何よ? あれ──」

それに弥生が気づいたが、すぐにその視線は和美へ向いた。

 

「みなさん!」

はっきりとした口調で、和美は言った。

そのつぶらな瞳には生気が満ち、ぎくしゃくした非人間的なぎこちなさは跡形もない。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ