斎木学園騒動記10-5
「小僧ども──」
つぶやく唇が、小さく震えていた。
「貴様ら、今、目の前で起こったことがどれだけ恐ろしい事か判っているのか?」
額に、ふつふつと汗を浮かべながらダニ−は言った。
その言葉に、改めて学生たちは、今起こった奇跡について考えを巡らせた。
“完全に死んだ人間が、目の前で生き返ってきた”
親友が無事な姿を見て、うれしさのあまり思考力がぶっ飛んでしまっていたが、確かに妙な話だ。
なぜ、一郎はよみがえる事ができたのか?
和美の髪が青くなり、次いで自分たちの髪も同じように輝いて、まるで和美が超能力を使う時と同じようになって、それから───
学生たちの身体の中を、凄いエネルギ−が駆け抜けていった。
それが、原因なのか?
はっとして、彼らは沢村を見る。
沢村は片方の眉を上げて、答えた。
「これが、和美ちゃんがティンカ−ベルと呼ばれる理由だ・・・と、悪いが、これ以上の事はオレの口から言う訳にはいかないんでな、今はこんなところで勘弁してくれ」
噛みつきそうな一郎の視線に気づいて、沢村は片目を閉じた。
──────絶対秘密主義。
また、一郎たちははぐらかされてしまった事になる。
これほど事件に深く関わり、それこそ死ぬような目に遇っていながら、肝心な部分の説明はなされていないのだ。
つまはじきにされている。
今、はっきりと一郎の中に怒りが湧いた。
「・・・頭にきたぜ」
口に出してつぶやく。
脳裏に色々なことが浮かび、消えていく。
乱十郎のこと。
一郎と和美は、幼い頃に精神操作を受けた。
──────そんな事は望んだ訳ではない。
FOSのこと。
世界統一、人類を救うことという理想を唱えながら、その実トップに立つ連中の利己主義が見え隠れする奴ら。
世界のこと。
自分に都合のいいことだけを追求し続けて、自滅に向かう連中。
自分のこと。
強くなりたいと、口にしているだけで結果が伴わない情けなさ。
エトセトラ、エトセトラ─────
押さえようもない腹立たしさが、こんこんと湧き上がってくる。
「頭にきたぜ」
もう一度、一郎はつぶやいた。
と同時に、上半身の筋肉が膨れ上がり、両手をつなぎ止めていた鋼鉄の鎖を一気に引きちぎっていた。
ざわっ、と音をたてて髪が逆立っている。
「てめえら、何様のつもりだよ」
牙をむいて、うなるように一郎は言った。
それはダニ−らFOSの連中だけに言ってるのではない、沢村に対してのセリフでもあった。
「自分らだけは何でも知ってるみてえな態度をしやがって──すかした顔で人をバカにするのもいい加減にしろっ! 確かにオレらは何にも知らねえさ。だがな、“ガキだから”って理由だけで、ないがしろにされたんじゃ頭にくるんだよ。オレらだって考える頭がある、自分のやった事に対して責任も取れる。一人の人間だ。大人共の都合だけで、右へ左へ振り回されてたまるかよっ!」
ぎん、と田崎をにらむ。
「そこのてめえ、黙って聞いてりゃ勝手なことばかりわめきたてやがって、世界が汚れているだと? 『こんな』にしたのはてめえらだろうが、さんざん好き勝手に生きてきた大人どもには文句を言わせねえぞ! これからの世の中の主役はオレたちだ、世界を変えていくのもオレたちガキの仕事だ。いつまでもてめえら中心に世の中動くと思ったら大間違いだ!」
びりびりと、空気を震わせて一郎は叫んだ。いいようのない苛立ちが、言葉として一気にほとばしったようだった。
彼の視線は、あくまでもまっすぐだ。
それを見て、申し訳なさそうに沢村が苦笑する。
気づいた一郎がじろり、とにらみつけた。
「何がおかしい?」
「いや、失礼した・・・悪気はない」
それより、と沢村は視線をダニ−へ戻した。
和美の背に銃を押しつけたまま、ダニ−は立ち尽くしている。
「ダニ−、もう終わりにしようぜ。その娘をおとなしく渡してくれないか?」
まだ正気に戻らない和美の向こうで、無言でにらんでいるダニ−を見て、沢村は軽く肩をすくめる。
「いや、とは言わせないぜ。これを見な」
そう言って、胸ポケットからライタ−ほどの大きさの、リモコンスイッチを取り出した。
「これは、このビルを吹っ飛ばすほどの爆薬のリモコンだ。スイッチを押すと、二分後にドカンとくる」
「ば、ばかな」
沢村のセリフに、狼狽した声をあげたのは田崎だった。
「逃げ遅れたら、お前らだって死ぬぞ」
沢村は平然と答えた。
「逃げ遅れないさ、そのために省吾がいるんだからな」
にやりと笑うと、田崎の顔に流れる汗の量が増す。
「まったくテレポートは便利だよな」
ちらっ、と沢村が省吾に目配せすると、その瞬間ダニーの目が吊り上がった。
「ばかめ、そちらがテレポートなら、わしの能力は催眠暗示じゃ!どんな奴でも、操り人形にしてやるわ、ティンク!」
短く叫んだ彼の目はギラギラ赤光を帯びて、魔物のような顔つきになっていた。
「沢村を叩き潰してしまえ!」
しわがれた声でダニーが命じると、いつの間に暗示にかけられたものか、和美はその通りに念力を振るった。
「ちいっ」
だが、沢村の反応は素晴らしかった。吹っ飛ばされながらも、空中で銃を二連射していた。和美の陰になっていたダニーを狙う。
しかし、いずれも和美の念力により、はじかれてしまった。
「ぐっ」
その流れ弾が田崎に当たったらしく、腹を押さえて倒れ込む。
それを空中で確認した沢村は、くるりと一回転すると、両足を壁について激突のショックを吸収した。
とん、と軽く床に降り立つが、またもや和美の念力がその身体を壁に押し付ける。
「くっ」
「よし、そのまま押し潰すのじゃ」
ダニーの声に、和美が念力をパワーアップさせ、沢村が苦悶の声をあげた。
「マスター!」
学生たちが、思わず叫ぶ。
一瞬、彼らは和美が戦車をスクラップにした破壊力を思い出していた。人間など、豆腐のようにあっさりと潰されてしまうだろう。
ぞっとしたその時、
不意に沢村の姿が消え去った!
「むう」
省吾がテレポートで連れ去った事に、すぐには気づかない。
少し遅れて、離れた場所にふたりの姿が現れた。
和美が、ゆっくりとそちらを向く。
と、その瞳にかすかな光が灯った事に、沢村と省吾は気づいた。
ふたりの背後には、一郎が立っていた──────。