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斎木学園騒動記9−6

「ヘイ、ダニー。探し物は見つかったのでスか?」

 ヘラヘラと、からかうような口調でジョニーが声をかけた。

 ダニーが、音をたてて奥歯を噛みしめる。

 

「どうした、ダニー?」

 オドオドしながら、田崎がダニーの顔色をうかがう。

 それに答えるでもなく、一人言のようにダニーはつぶやいた。

 

「途中までは順調だった。わしはティンカーベルの頭の中、深層心理をのぞき込み、目指すものの手掛かりを見つけたつもりじゃった──」

「つもりだった?」

「そうじゃ!アンナめ、あの魔女めが!このわしですら解除できない強力なプロテクトをティンカーベルの精神にかけておったのじゃ──ええい、いまいましい!他の能力ならともかく、こと精神操作関連の力についてまでもわし以上の能力を持つというのかっ」

 叫びながら、自分のこめかみを片手でわしづかみにして、爪を食い込ませる。

 

 よく判らないが、世界一を自負するプライドを傷つけられて、自分を見失っているようだ。

 

「キーワードさえ見つければ」

 焦点の合っていないにごった目で、ブツブツ言いながらしきりにうろうろする。

 

「何だあ、このいっちまったジジイは?」

 首を振って兵藤の手から髪の毛をもぎ取りながら、一郎は眉をしかめた。

 ふと、こめかみに爪を食い込ませたダニーと目が合う。

「貴様、ティンカーベルの兄だそうだな・・・」

 何かを思いついたように、みるみるうちにダニーの目に焦点が合ってくる。

 爬虫類のような、不気味な瞳であった。

「ははあ──」

 

 今にも舌なめずりしそうないやらしい笑みを浮かべて、一郎に近づいていく。

 殺気ともまた違う気味の悪さを感じて、一郎は身を強ばらせる。

 じろじろ眺める無遠慮なダニーの視線が、まるで皮膚の上を無数のミミズやナメクジがはいずっているような錯覚を覚えるほどである。

 

「貴様も、どうやら精神操作を施されておるようじゃ、の」

 一郎はぞっとした。

 

 見ただけで相手の心理を探るテレパシストは、時に、強力な念動能力者よりも不気味で恐ろしさを感じる存在である。

 力でどうこういう相手ではないのだ。

 自分の心の中にだけ秘めてある事を、洗いざらい暴き出される恐怖は、肉体的な暴力よりもある意味ではプレッシャーとなる。

「もしかしたら、貴様の内部に隠されたヒントがあるかもしれん。だとしたら、生け捕りにできたのは正に神が我らに与えた最高のチャンスじゃ」

 

「待てよ、てめえ和美から何を探そうとしてるんだ?あいつの超能力を利用するのが目的じゃねえのかよ」

 ダニーが片方の眉をつり上げた。

「とぼけているのか? まあいい、このわしに隠し事は無意味じゃ」

 そう言って上から見下ろすダニーの顔が、生臭い息のかかる距離まで下がってきていた。

 

「相沢、そいつの目を見るな!」

 ガラスの中で、省吾が叫ぶ。

「そいつの能力は、強力なテレパシーで心を読んだり自由に操ることなんだ!」

 

「催眠術ヤロウか!」

 あわてて一郎、目を閉じる。

 

 それを見て、ダニーはニタニタと歯をむいて笑った。

「目をつぶってもムダじゃ、そんなチャチな能力ではないわ」

 

 ウソではなかった。一郎の目は閉じているのに、ダニーの視線が直接頭の中をのぞき込んでいる感覚を、生々しく感じる。

 それは、体中の産毛が一斉に逆立つような気色悪さだ。食いしばった歯の間から、うめき声となって息がもれる。

 

「一郎、どうしたの!」

 弥生が声をかけても、もう一郎には聞こえていない。

 全身を汗まみれにしながら、自分の内部に侵入してきた異物に対抗しているのだ。

 はた目には、何の動きも無く、じっとしているように見えるふたりの姿だが、一郎の精神世界において、激しいやりとりが行われているのであった。

 

 ふたりの動きが止まって、どれほどの時がたったか。

 

 実際には、ほんの二〜三分というところだったが、やけに長い時間に感じられる。

いつまでこの状態が続くのか、と思い始めた時────

 

「むううっ」

 苦しげなうめき声をあげて、膝をついたのはダニーだった。

 両手で頭を押さえる。

 

「そういうことか、アンナめ・・・相沢乱十郎めえ! こんな方法で隠し続けておったとは!」

 つばを飛び散らせながらわめく。

 その足元で、頭の中の侵入者を追い払った一郎は、またも気を失ってしまったようだ。彼のような超人でも、精神を直接叩かれては無理もない。

 

 ダニーの目付きが変わった。

「田崎よ、大至急ティンカーベルをここへ、彼女用のESP検査機器ごと運んでくるように指示せい」

 ふらつきながら、ダニーは素早く命じた。

 田崎は、意味が判らずに戸惑った。

 

「な、何をする気だね?」

 この期に及んでまだもたつく田崎を、ダニーの赤く光る目がにらみつけた。

「言われたとおりにせんかっ!」

 有無を言わさぬ迫力で一喝され、田崎がインカムへ手を伸ばそうとした。その時、

 

「その必要はないわ」

 自動ドアが開いて、白い病院服に身を包んだ女性が姿を現した。 包帯だらけの女性だった。

 

「エレナ!」

 ぎょっとして、田崎は手を引っ込める。そのまま、その手は頭上へ上げられていた。

 エレナは、腰だめにマシンガンを構えていたのである。

 

「な、何のつもりだ!」

 どっと、田崎の汗の量が増した。

「私が本人をここへ連れてきたからよ」

 マシンガンを構えたままエレナが横へ身をずらすと、その背後にぽつんとうつむきかげんの和美が立っていた。

 

「和美ちゃん!」

 ガラスの中で、学生たちが声を揃える。

 エレナはそちらへ目線をやった。

 

「久しぶりね、ショーゴ、何年ぶりかしら?」

「さあ、忘れたよ、もう」

 省吾の答えは、そっけないほどシンプルである。

 

「・・・あの人は元気?」

「さて、ね」

 顔見知りだったのか、軽いやりとりの後、エレナは視線を戻した。両手を上げて、膝を細かく震わせている田崎と、その後ろにいるダニー、兵藤、ジョニーを改めて見やる。

 

「エレナ、突然どうしたというのだ」

 もう一度、田崎が問い直す。

 ぎりっ、とエレナは奥歯を噛んだ。

 

「局長、今すぐこの子たちを解放して下さい」

 強い光を備えた目でにらみつける。

 

「ばかな、FOSにはティンカーベルの力が必要なことは君も知っているだろう」

 そこでエレナがぐい、と銃口を突き出したので田崎は口ごもる。

「FOSのため、ひいてはそれが全人類のためになることだと私は思ってました。たとえ多くの血が流れることになったとしても、結末にあるのは輝かしい未来であると」

 その時エレナの目から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。

 

「ショーゴ・・・私もばかだったわ、あの時、あなたたちと行くべきだったと今になって後悔してる──」

「なぜ急にそんなことを言いだすのだ、エレナ!」

 なんとかこの場をしのごうと、田崎は震える声で時間を稼ぐ。

 だが、女の細腕でありながら、田崎の胸にポイントされたマシンガンの銃口は、しっかりと狙いを定めている。

 

「私の中に、その黒人の思考が飛び込んできたからです」

 汚らわしいものを見るように、エレナはダニ−を見た。

 ダニ−が、眉をしかめる。

 

「貴様、テレパシ−が使えるのか、ヒ−ラ−・・・治療能力者のはずだったろう?」

 そうつぶやいて、何かに気づいたらしく目を見開いた。

「まさか!」

 目は、和美を追っていた。

 

「私にも理由は判りません。ただ、突然テレパシ−が使えてダニ−の思考が飛び込んできたのです。すぐにぷっつりと途絶えたけれどそれで充分、──本部が何を考えているかもすっかり判ったわ」

 そう言うエレナを、省吾は哀しげな瞳でガラスごしに見つめた。

「当初FOSを創始した人々は、確かにその理想を持っていたかもしれない。でも、今組織を牛耳っているのは、己の欲望のために動くエゴイストたちなんだわ! ・・・ごめんなさい、あなたたち」

 そう言って、学生たちに謝る。

「危ない目にあったわね、でも大丈夫、私がここから逃がしてあげるわ」

 

「そんな勝手な真似は許さんぞ、この裏切り者めが!」

「黙りなさい!」

 ダニ−の言葉に、エレナは即座に叫んだ。

 その途端、

 

 何かが、その場の全員の中に弾けた!


    ☆         ☆         ☆




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