斎木学園騒動記1−5
☆ ☆ ☆
「はあ・・・・」
と、明郎、『すくらっぷ』を出てから何十回目かのため息をつく。
「何だよ、うっとおしい」
言って一郎はワイシャツのボタンを外した。
少し風が吹いてきたといっても、ここ、駅前通りはまだまだ暑さが残っている。
────駅前通り。
道路の両側にはポプラ並木がずらりと並び、あのエルムストリートを連想させる。
秋が深まれば、ポプラ並木はすっかり黄色く染まり、風に散る葉が通りを黄金に変え、道行く人を感傷的にする事で有名である。
そのため、その季節にはあちこちに画家や、デートする恋人たちが集まってくる一種の名所になっている。
「いや、なにが悲しくて、ここを男ばっかりで歩かなきゃならないのかと思って・・・」
さみしげな表情で、明郎はつぶやいた。
「ウソをゆーな、ウソを! お前、さっきの事にビビってるんだろーが!」
「けどね、あの連中は町中で平気でマシンガンぶっぱなすんだよ。どっから狙ってきてもおかしくないだろ」
「その通り、オレもいつ襲ってこられるかと思うと、恐ろしくてたまらないでござる」
そう言いつつ、陽平の顔は気味悪いほどニヤついていた。
その右手はしきりにふところを行ったり来たりして、その中にある物の感触を楽しんでいた。
ぶるるっと、突然一郎が身震いする。
もちろん、恐ろしがっているわけではない。武者震いである。
この二人は敵ができたことが、うれしくてたまらないらしい。
あきれて明郎はこめかみに手をやり、また深いため息をついた。
さわさわ・・・・
ポプラの葉が、そよ風にざわめく─────。
────夏の夕暮れ。
道行く人が、ふいに途切れた。
「──ん?」
聞きおぼえのある声に、ふと明郎は顔を上げる。と、呆けたように口を大きく開いた。
「どした、明郎?」
「あ、あれ一郎、弥生!」
叫んで、明郎は前方を指差す。
「弥生ィ?やばい・・・アイスおごらされる」
くるりと回れ右をした一郎の襟をつかみ、明郎が無理やり振り向かせる。
「ちがうっ、弥生の隣にいる女の子を見な!」
「あの子がどうかしたでござるか?」
「あの子・・・さっきの写真の女の子じゃないのか?」
一郎と陽平、ぽかんと口を開いてとっさに声が出せない。
サーティワンから、アイスを食べながら出てきた弥生と少女。
───間違いない、あの写真の娘だ。
だが・・・なぜあの子が弥生と一緒にいるのか?
「とにかく、行ってみようぜ」
と、三人が走り出そうとした時、
「うわっ、あぶねえっ!」
目の前を、一台の乗用車と数台のバイクが、とんでもないスピードで横切った。
疾風のように、弥生たちの方へ向かって行く。
弥生と和美は、きょとんとしていた。
だが、さすがに弥生は危険を感じ、和美をかばうようにして立つ。
暴走してきた車やバイクが、二人の目の前で止まると、乗用車からサングラスをかけた屈強な男たちがばらばらっと出てきて、二人を取り囲んだ。
非常にスピーディで、なおかつ、これほど統率されているのは、よほどの訓練を受けているのだろう。
どうやら、ただの暴走族ではないようだ。
バイクに乗っているのは、十六〜十八歳ぐらいの少年たちであったが、しっかりと二人が逃げられないようにバイクを停止してある。
なおかつ、普通の暴走族がやるようにエンジン音で脅しをかけた。
「相沢和美さんだね? 我々と一緒に来てもらいたいんだが」
周りを取り囲んだ男の一人が口を開いた。
和美は弥生の後ろで小さく震えている。代わりに弥生が答えた。
「何よ、あんたたち、どういうつもり?」
そう言って、きっとにらみつけると、バイクの少年たちがどっと笑う。
男は苦笑した。
「元気な娘さんだな。我々は和美さんに用があるんだが」
「だから何の用?人を呼ぶわよ」
また少年たちはゲラゲラ笑い出した。
「呼んでみなよねーちゃん」「だーれも来ないぜェ」
「我々の用件は、和美さん本人がよく知っているはずですがねえ」
ごつい手を和美に向かって伸ばしたのを、弥生は思い切りはじいた。
とたんに、話をしていた男の表情が変わり、弥生、身構える。
「ここで手間をとらせないで欲しいんだがね・・・力づくでも連れていきますよ」
すっと掴みかかってきた男の手を、弥生は思い切りひねった。
合気道の技。
それだけで、弥生よりふたまわりも大きい男が一回転した。吹っ飛んで、後ろにいた男にぶつかる。
「ほら、逃げるよ」
弥生は和美の手を握ると、一目散に走り去ろうとした。が、退路をバイクによってふさがれてしまった。
「おやあ?どこへ行くのかなァ、元気のいいねーちゃんよォ」
「もうちっと遊ぼうヨオ」
へへへ、ひひひ、と少年たちは下品に笑った。
「そら、こっちに来な」
背後から少年の一人が、和美をはがいじめにした。
「きゃあっ」
その、和美を押さえる力がふいにゆるんだ。
白目をむいて、男は地面に倒れてしまった。
「てめェら、いいかげんにしとけよ」
その後ろに、牙をむいた一郎が立っていた。
「一郎ッ!」
「な・・何だ、てめえは!」
バイクから降りた男が、ポケットからナイフを取り出す。
「ぐわっ!」
その手が突然はじかれ、呆然と男は手首を見つめた。
何かナイフのようなものが刺さり、血がどくどくと流れ出している。
「オレたちは、正義の味方でござる!」
とんぼをきって現れたのは、陽平であった。手にはしっかりと、得意の一文字手裏剣が握られている。
話によれば、彼は由緒正しき忍者一族の末裔なのだそうだ。腕前もなかなかである。
「かよわい女の子を集団でいじめるのは、けしからんでござるぞ」
「弥生は別だが」
一郎はつけ足した。
「けっ!」
少年たちはすぐさま体制を整えて、バイクのエンジンをふかし始めた。
気の弱い者にはたまらない脅しであるが、一郎たちには通じない。
と見るや、いきなり背後からチェーンが飛び、一郎の首にからみついた。
「ぐうっ!」
「イヤッホーゥ!」
奇声をあげ、チェーンを持った少年がバイクを発進させると、一郎の身体も吹っ飛び、ものすごい勢いで路面をひきずられていく。
「一郎っ!」
「きゃあっ」
そちらに気をとられたスキに、今度は和美が車に押し込められてしまった。
「和美ちゃん!」
弥生が車に駆け寄る。 しかし、窓から巨漢の腕がのぞいたかと思うと、ばすっというくぐもった音とともに、弥生の身体から力が抜けた。そのまま道路に倒れてしまう。
「手間かけさせやがって」
冷たく言い捨てると、男の握る拳銃が窓の中にすいこまれていった。
「後はまかせたぞ」
そのセリフを残して、乗用車は走り出した。
「一郎ォッ、あの子がさらわれたでござる!」
「弥生が、弥生が撃たれたっ!」
首にからまったチェーンにより、路上をさんざん引きずられ、背中からは煙を吹いている状況だったが、その言葉をきいたとたん──────
一郎の髪の毛が逆立った!
「うおおおおっ!」
引きずられながら一郎は吠えた。そして、そのままの姿勢から、エビのように宙に跳ね上がった。
バイクを運転していた少年の目が、丸く見開かれる。
一郎はその後頭部をオーバーヘッドキックの要領で蹴っていた。
「ぐぶっ」
血を吐いて、少年はバイクごとひっくり返った。
空中で身をひねり、一郎は猫のように地面に着地する。しかし、まだ、首に巻きついたチェーンは吹っ飛んだ少年に握られていた。
やはり、ただの暴走族ではない。プロの訓練を受けているに違いない。
しかし、今の一郎にはそんなことは関係なかった。
『怒り』または『身の危険』を感じた時、一郎の髪の毛は生き物のように『逆立つ』のである。そして、『髪の毛逆立ち現象』を起こした一郎は、『常識外れの体力』の持ち主となる。
「てめえら・・・・」低く低く、一郎はつぶやいた。「ただじゃ帰さねェぞ」
そう言って、首にからみついたチェーンを素手でひきちぎってしまった。
これには、さすがの少年たちもたじろいだ。
「あひいいいっ」
狂ったようにバイクを突っ込ませたヤツがいた。
ひき殺そうとしたのだろうが、逆に一郎の飛び蹴りをくらって、顔面をつぶされた。
バイクが転倒して電柱に激突、炎上する。
その炎をバックに立つ一郎の姿は、修羅のような恐ろしさがあった。
「ちっ、引き上げるぞ!」
形勢不利と見たか、少年たちは一斉に逃走を図った。しかし─────
「うわっ!」「ひいっ!」
たて続けに数台のバイクがひっくり返った。
路上に放り出された少年たちはタイヤに深々と刺さる手裏剣に気づいた。
「見たか、我が乱れ手裏剣!」
陽平の放ったものだった。
「てめえら、逃がさねえよ」
そう言った一郎が飛び掛かろうとした時、銃声が轟いた。
一郎の足元がビシッと弾ける。
はっとして、一郎は銃声の方向に目をやった。
「む・・・」
そいつと目が合った時、戦慄が一郎の背中を駆け昇った。
すらりとした長身の少年であった。フルフェイスのヘルメットをかぶっているために、顔は判らないが、その目だけは見える。
およそ、感情というものが欠落した瞳であった。
機械か人形のような、無機質な目である。
一郎の瞳が、常に燃えるようなエネルギーに満ちているのに比べ、この少年のそれは、単なる冷たさしか感じさせない。
二人が向かい合っている様子は、炎と氷のように対照的であった。
少年は、拳銃をぴたりと一郎に向けた。
「バカどもが・・・早く行け」
声までが、感情のこもらない冷たいものだった。これは暴走族の少年たちに言ったものであったらしく、バイクをパンクさせられた者は無事なヤツの後ろに座り、あわてて走り出す。
「あっ、逃げるでござるか!」
手裏剣を構えたとたん、陽平の足元で銃弾が弾けた。
陽平は、ひえっと言ってひっくり返る。
そのスキに一郎が少年に殴りかかった。しかし、この行動は無茶だ!
あわてもせず、少年は飛び掛かってくる一郎の顔に銃弾を撃ちこんだ。
「がはっ!」
やられた!この距離では外しっこない。
一郎はのけぞって、どさっと地に倒れた。
「一郎!う・・撃たれたあっ」
真っ青になって明郎が叫んだ。
「何ィ、オレが撃たれた?」
次の瞬間、一郎はがばっと起き上がったので、「んが」と明郎と陽平は目を丸くする。 もう一人、撃った少年も目を見開いていた。
“確かに顔面を実弾がヒットしたのに、なぜこいつは生きてる?”
そう言いたそうな顔をしていた。
答えは、一郎のじょうぶな歯であった。
「貴様、弾丸を口で受け止めたのか・・・」
少年は驚くのを通りこして、あきれた。
「へっ、こんなヘナチョコ弾丸でオレはやられねーぞ。オレを殺りたかったら、手榴弾の一ダースぐらい持ってきな」
そう言って、ニヤリと笑った一郎の顔がひきつった。言うが早いか、すでに少年は手榴弾を投げてよこしたのである。
「うわっうわっ」
逃げ出す暇はなかった。ズン!
強烈な爆発に巻き込まれ、一郎は吹っ飛ばされた。
きりきりまいして路面に全身を打ちつけ、さすがに動けなくなった。
「い、一郎、大丈夫でござるか!」
「死んではいないよーだけど」
陽平と明郎が、あわてて駆け寄って行く。
ふん。
その様子に冷たいまなざしを送って、少年のバイクは走り去っていった。
一郎が動けるようになるまで、しばらくかかった────。
「つう・・・あの野郎ォ、本当に手榴弾使いやがった」
もぞもぞと一郎は起き上がり、頭や肩にかかったほこりを払った。
「メチャクチャでござるな」
「メチャクチャっていうんなら一郎もだよ、よく生きてるもんだ」
「何だと明郎、人をバケモンみてェに言いやがって」
と一郎は言った。だが、弾丸をくわえて止め、至近距離での爆弾の爆発でも平気なヤツのどこが普通の人間なのか?
「ところで、弥生は?あの子は?」
「あ、そうだ」
思い出して、明郎は倒れている弥生に駆け寄り、脈を探った。
「あ・・・・」
明郎はつぶやいた。暗い表情で首を振る。
「なんてこった・・・残念だけど・・・・」
がっくりと、肩を落とした。
「こいつ、生きてるよ・・・」
非常に残念だが、あの男たちの使ったのは麻酔銃だったらしい。
ぐーぐーと弥生は寝息をたてていた。
「くそォ、とどめ刺してもらえれば、世の中平和になったんだがな」
一郎、ほっとため息をつく。
そして、すぐに険しい表情になると、明郎と陽平に向き直った。
「おい、お前らそのお荷物頼んだぞ」
「一郎はどうするでござる?」
「オレか?オレはやつらを追っかける!」
言うなり、一郎は走り出した。およそ、人間の常識を無視したスピードであった。
走って車に追いつけるはずはないが、今の一郎ならやれるかもしれない。
あきれ顔で陽平と明郎は一郎を見送った。