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斎木学園騒動記8−8

    ☆         ☆         ☆


「このバケモンが!」

 さっくり切られた肩をかばって、右手のみの片手撃ちで一郎はM60のありったけの弾丸をアルコンに浴びせた。

 数十発の特製スタン弾を受け、黒い巨体がのけ反りながら吹っ飛んだ。

 

 スタン弾は実弾と違い、殺傷を目的としたものではない。とはいうものの、一郎の使っている弾丸はヘビ−級のボクサーのパンチ並のパワーを秘めており、当たり所によっては死にかねない威力なのである。

 ところがこのアルコンという黒人は、すぐさま起き上がり、平気な顔をして攻撃を仕掛けてきた。

 

「とんでもねえヤロウだな」

 弾丸の尽きたM60を投げ捨て、左肩をハンカチで縛りつつ一郎はつぶやいた。

 そんなに深い傷ではない。それより、精神的ショックの方が大きかった。

 

「だめだと言ってるだろう!オレを連れて早く逃げてくれっ」

 四つんばいになった男が、一郎の足にしがみついてくる。

 

「ばかいえ、いくらなんでもあれだけの連射を食らったんだぜ、ヒグマだって再起不能に・・・何ィ!」

 一郎は思わず後ろへ飛んだ。

 むっくりと、アルコンはまたも立ち上がってきたのである。

 

 その分厚い胸から、ぽろぽろぽろっと弾丸がこぼれ落ち、ニタリとアルコンが笑みを浮かべる。

 それを見た足元の男が、ひいい、とかすれた悲鳴をあげて何とか逃げだそうとして、折れた足を引きずりながらもがいた。

 

「マジかよ」

 一郎は、そんな男の様子も目に入らず、アルコンを見つめた。

 今まで出会ったことのない超人が、目の前に立ちふさがっているのだ。

「面白え──」

 

 だが、一郎は不敵に笑った。“相手にとって不足はない”どころか、恐ろしいほどの強敵なのだが、戦いの中で興奮している今の彼にとっては、相手が手強いほどうれしいのであろう。

 ケンカ好きの血が騒いだ。

 

「来やがれ、黒んぼ!」

 一郎が雄叫びをあげると、アルコンはチェ−ン・ソウを頭上に振り上げた。しかし、弾丸が当たったためか、エンジンは急に停止してしまった。

 かまわず、一郎に向かって投げつけてくる。

 重さ20kgのチェ−ン・ソウが、時速百kmで飛んできた。身を沈めた一郎の頭上を、うなりをあげてかすめていく。

 

「うおおおっ」

 そのまま、一郎は低い体勢でアルコンにぶつかっていった。

 アルコンの長い足を両手でからめ取り、頭を下腹の部分に押しつけて、一気にひっくり返す。

 地響きをたてて、アルコンの巨体が仰向けに倒れ込んだ。

 素早く一郎は馬乗りになった。

 

 一方が一方を殴りつけるのに、最も有利な体勢と言われる『マウント・ポジション』の形になっていた。

 この形にいったんなってしまえば、下になっている人間は身動きが取れないまま、上に馬乗りになっている相手の攻撃を無限に受け続けることになるのだ。必勝の体勢と言える。

 一郎の顔に、強烈な笑みが浮かんだ。

 遠慮なく、押さえつけたアルコンの顔面に向けて両手の拳を叩きつけていった。

 

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、なな・・・


 その時、猛烈なパワ−が一郎の尻の下から膨れ上がってきた。

「ちっ!」

 なんと、一郎の全体重を乗せたまま、アルコンの上半身が床から一気に起き上がってきたのである。

 

 あり得ない事であった。

 アルコンの巨体に秘められたパワ−は、一郎ですら舌を巻く程の凄まじさであった。ケタが違う。

「痛ェッ!」

 アルコンは上半身のバネだけで馬乗りになった一郎を跳ね飛ばし、すごい音をさせて一郎の頭が天井に激突していた。

 無様な恰好で、一郎の身体が床に落ちてくる。

 休む間はなかった。アルコンが巨大な掌を伸ばして、襲いかかってきたのである。

 

 片足をつかまれた。

 と、思った瞬間には、ふわっと一郎の身体が床から持ち上がっていく。

 アルコンは、片手で一郎を振り回し始めたのだ。

 二度三度と回転するたびにスピ−ドが増していき、強烈な遠心力によって、頭に全身の血が逆流していきそうであった。

 充分スピ−ドが乗ったところで、アルコンは思い切り一郎の身体をコンクリ−トの壁に投げつけた。

 

「ぐうっ!」

 あわてて頭を両手で抱え込み、上半身を丸めたおかげでダメ−ジを最小限に留めることができた。さもなければ、後頭部をまともに叩きつけてしまい、屋上から落としたスイカのようになっていただろう。

 ゆっくりと、舌なめずりをしながらアルコンが迫ってくる。

「このォ、調子に乗るんじゃねえっ!」

 

 素早く起き上がり、一郎は背中に背負っていたミサイルランチャ−を構えた。

 こいつの直撃を食らえば、いくらなんでも動きを止めるだろう。気づいたアルコンが、目をつり上げて走りだした。

「遅いっ」

 言いざま、一郎はミサイルを発射させた。煙を吹き出しながら、一直線にアルコンへ向かっていく。

 

 ものすごい炸裂音とともに、ミサイルが爆発した。火薬の量を減らしてあるというにもかかわらず、熱さを伴った爆風が、一郎の髪をむしりそうな勢いで、廊下を吹き抜けていった。

 もうもうとした煙と埃が、廊下に充満してしまった。

 

「ざまあみやがれ」

 咳き込みながら、一郎は笑った。

 だが、すぐに不審そうに目を細めた。

 煙と埃が収まってきたが、アルコンの姿が見当たらないのだ。

「まさか──」

 呆然とつぶやいた時、いきなり横の壁をぶち破って黒い腕が一郎のシャツをつかんだ。

 

「うおっ?」

 予想外の場所からの攻撃に、叫び声をあげながら一郎は身をひねった。音をたててシャツが裂けてしまったが、気にする暇もない。

 

 どうやら、アルコンはミサイルの直撃を避けるためにコンクリ−トの壁をぶち破り、隣室へ避難していたらしい。

 

 今また、壁越しに一郎に向かって攻撃を仕掛けてきているのだ。続けて、巨大な足がコンクリ−トを突き破り、次いでアルコンの全身がコンクリ−トの破片を撒き散らしつつ現れた。

 ちいいっ、と舌を鳴らしつつ、一郎は全身の力を込めた蹴りをアルコンの腹にぶち込んだ。

 ブロックすら粉砕する一撃であった。常人相手だったら、内臓が口からはみ出るほどの力がその蹴りには込められていた。

 だが、その会心の攻撃ですらアルコンは受け止めてしまった!

 

「な──」

 一郎の顔が驚愕に歪む。蹴りにいった足に、異様な感触を感じたのだ。

 まるで、巨大なトラックのタイヤを蹴りつけたように衝撃が吸収され、次いでぐうっ、と腹筋がうねり一郎の足をはね返していた。

「うそだろ?」

 

 平気な顔で、アルコンは反撃の回し蹴りを仕掛けてきた。

 電信柱を振り回したようなものだった、かわしたものの、風圧により小さなつむじ風が起こった程である。

 改めて、眼前の敵がとてつもない強敵であることを認識し、一郎の背中に冷たい汗が流れた。

 

 長引いたら不利になる。

 

 直観的に一郎は判断し、腰からウ−ジ−サブマシンガンを抜いて構えた。

「ウオオッ」

 アルコンが雄叫びをあげつつ、その右手を蹴り、ウ−ジ−を跳ね飛ばす。

 だが、

 

「甘いぜ!」

 笑みを浮かべながら、一郎はいつの間にか左手に握っていたグリズリ−四五マグナムをぶっ放した。

 右手でサブマシンガンを構えたのは、フェイントだったのだ。

 顔面に強烈な一撃を食らい、アルコンは吹っ飛んだ。

 

 今度こそ一郎は勝負をかけた。

 起き上がる前に、アルコンの顔面に立て続けにグリズリ−を撃ち込んだ。

 

 ぴっ、と返り血が一郎の頬に飛んでくる。

 全弾を撃ち尽くして、静かになった廊下に銃声の余韻が響く。

 顔面をグシャグシャの肉塊にされ、今度こそアルコンは動かなくなった。

 

「──ふうう」

 一郎、大きくため息をつく。

「・・・殺しちまったか」

 そうつぶやくと、左手で構えたグリズリ−を床に落とした。

 

 その時、ある情景が脳裏に浮かんだ。

 一郎の前に乱十郎が立っている。

 一郎はこの親父から、小さいころから色々なことを仕込まれた。

 

 将来必要になること。

 

 戦うこと。

 

 生き抜くために。

 守るべきもののために、戦うこと。

 

 子供が身につけるには、あまりに過激で、過酷な内容だった。

 

 教え込まれたそれらは、一郎の潜在意識に封じられた。本当に必要になる時まで、その封印は解かれない。

 

 幼い一郎に背負わせるには、重すぎる運命が待っているのだ。

 

 親父は言う。

「自分の行く手をさえぎるものは、その手で倒せ」

「戦場で生き残りたいなら、敵に情けをかけるな」

「敗北を自分で選ぶな。負けとは自分の心が砕けることを言うのだそうなったら、二度と立ち直れないぞ」

 

 そして、

 

「自分の生き方は自分で決めろ。オレはお前にある重荷を背負わせて、それを取り除いてやることができなかった。しかし、束縛される必要はない。お前の人生だ、やりたいように生き、後悔だけはするな」

 ぎゅっと一度だけ、この時だけ親父は幼い一郎を抱きしめた。


 一郎の頭の中を、一瞬それだけの情景が閃いた。

 記憶を封じられたため、ガキの頃の思い出など何もなく。また、それらを思い浮かべようとすることすらできない一郎だが、彼は別に気にしていないようだ。

 現在さえ確かならそれでいい。

 

 そう、一郎は考えていた。

 

「とはいうものの、自分の頭の中が誰かにいじくられてるってのはやっぱ、気に入らねえなあ」

 頭をぼりぼり掻きながら、一郎は次に親父に会ったとき、問答無用でぶん殴ることを決意した。

 この時、

 一郎は完全に油断していたため、背後にぬうっと巨大な気配が出現してもすぐに反応できなかった。

 

 まさかアルコンが立ち上がれるとは思わなかったし、その上岩のようなパンチを振るって、反撃してくるとは考えてもみなかった。

 うなりをあげて巨大な拳が脇腹にめり込み、一郎の身体がトラックにでもはねられたように吹き飛んだ。

 思い切り壁に叩きつけられ、跳ね返って床を転がる。

 

「ぐぶっ」

 うめいて床にのびた一郎を、アルコンは無造作に蹴り飛ばした。

 プロのサッカ−選手のシュ−トを見るようだった。軽々と一郎は吹っ飛んで、また壁に激突した。

 アバラが何本折れたか判らない。「ごぼっ」と嫌な音をさせて、一郎は血を吐いた。

 立ち上がろうとしたが、力が入らない。仰向けに床に転がり、アルコンを見上げる。

 

 一郎の背筋が凍りついた。

 

 顔面はぐずぐずに潰れているのだ。

 片目はどろりとはみ出ているのだ。

 

 それなのに、こいつはダメ−ジを受けていないのか!

 潰れた顔の下半分で、それだけは無傷だった唇が笑いの形に歪んだ。

 そして、その巨大な足が一郎を踏み潰すべく、ゆっくり持ち上がった。

 

 恐怖のため、ざわざわっ、と一郎の髪が逆立つ。

「くおおっ!」

 踏み下ろされてきたアルコンの足を、一郎は両手で受け止めた。さすがの彼も、これを食らったらマジでやばい。

 

 しかし、恐ろしいことにアルコンのパワ−は、髪の毛の逆立った一郎よりも上回っている。

 じりじりと足が下がってきた。

『殺られるっ!』

 いいようのない恐怖が、一郎の全身を駆け抜けていった。



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