斎木学園騒動記8−7
☆ ☆ ☆
同じ頃、弥生と省吾は別の階でジョニーと向かい合っていた。
「やあ、笑い猫。お久し振りですネ」
相変わらずのプレイボーイスマイルで、ジョニーは言った。
「ジョニー・・・ジョニー・ハミルトンか?」
見えない目で、省吾は見つめる。
「知ってる男? 今までのザコとはひと味違うみたいだけど」
ここにたどりつくまでに、小競り合いを行ってきた保安部員たちとは違う雰囲気を、弥生は敏感に感じとっていた。
剣士としてのカンが、ジョニーの愛想のいいハンサムな笑顔の裏にある、毒蛇のような危険性を見破ったのである。
「判るんですか?あなたもすごい人ですね。そう、この男は『ジョニー・ハミルトン』サイコキネシスを使うFOSのエスパーです。兵藤は、こいつが和美さんの誘拐作戦の指揮をとったと言っていました。通称は『壊し屋』」
「私を壊し屋と呼ぶのはやめて下さい」
ジョニーの笑顔はそのまま、瞳の青い色だけが冷たく光った。
「スマートではないニックネームで、私としては不本意です」
その口元がかすかにひきつるのを、弥生は見逃さなかった。
「どーやら、顔に似合わず性格は最低の男みたいね、違う?」
小声で省吾はささやく。
「その通りですよ、見た目は愛想よくしてますが、その荒っぽさと残酷さはFOSの中でも指折りの殺し屋です」
「やーね、そういうのって大っきらい。やだやだ」
わざと聞こえるように弥生は言った。ジョニ─の顔が面白いようにひきつる。
「お、やるつもり?学園での騒ぎのお礼をしてあげるわよ」
ぴたり、と修羅王を構えた弥生を見て、すぐにジョニーは我に返り、元のスマイルを浮かべたが、どこかぎこちない。
「生意気なメスガキですね。少しだまってていただけませんか?」
今度は弥生がかちん、ときた。
「メスガキとはずいぶんな言い方ね。レディに対する接し方を教えてあげましょうか?」
「ほう、どうするんです?」
ジョニーが聞いた途端、鋭い気合とともに弥生が突っ込んだ。
「いえええっ!」
上段から振り下ろされる木刀が、見事にジョニーの脳天をとらえたと思った。
しかし、その切っ先は金髪の頭上十センチの空間に止められていた。
「えっ!何で?」
驚きの声をあげたのは、弥生本人であった。
ジョニーの笑顔は変わらない。
ただ、その青い瞳がいっそう青くなったようだった。何か強い精神集中を感じる。
「退がって弥生さん、こいつの能力はサイコキネシスです!」
「え?きゃあっ!」
省吾の声と同時に、いきなり弥生の木刀が爆発した。
予想外の出来事に、あわてて弥生が飛びすさる。見ると、手の中にあった木刀が、半ばから消し飛んでいた。
「これが──」
「そう、サイコキネシスです」
そう言った省吾の身体が、何か見えない力に吹っ飛ばされて、背後の壁にそのまま押しつけられた。
どれほどのパワーなのか、壁に押しつけられた省吾は、前に進むどころか壁から身を離すこともできずに、みりみりとコンクリートにめり込み始めた。
「どうしました笑い猫?手も足も出ませんか」
きゅっ、と唇を吊り上げて、ジョニーが微笑む。
「く、・・・まあね、ジョニーの念動なかなか・・・けど、オレの能力はね」
不意に省吾の身体が消失した。後には、コンクリートの壁に人型のへこみが残った。
「テレポートなんだよ」
次の瞬間、いきなり背後に現れた省吾に蹴りを食らい、ジョニーは吹っ飛んだ。
「ぐう、このイエローモンキーめが、遊びは終わりだ」
壁に顔から突っ込み、鼻血を流しながらジョニーは振り返った。何かの合図のように、ぱちん、と指を鳴らす。
その時弥生は、何か耳なりのような音を聞いて顔をしかめた。
異常は省吾に起こった。
苦痛の叫びをあげ、省吾は床に膝をついてしまう。頭をかきむしり、汗がだらだらと流れ出る。
「くそっ、ジャマーか──」
歯を食い縛りながら、省吾はうめいた。
「何?どうしたっての!」
省吾の身に起こっていることが理解できずに、弥生は砕けた修羅王をジョニーに向けた。
「あんた、一体何したのよっ!」
ニヤリ、と笑ってジョニーは横目で弥生を睨んだ。
「!」
それだけで、弥生の身体が壁まで吹っ飛ばされる。
「ははは、たいしたことじゃありません、ちょっとESPを封じているだけです。まあかなり苦しいはずですけどね」
壁に押しつけられたまま、弥生は首をめぐらせて天井の端にカモフラージュされた装置を見つけた。
しかし、彼女には無論どんな仕組みかは判らない。ただ、常人には何の効果も示さないが、エスパーに対しては何らかの作用を及ぼすらしいということは理解できた。
「くっ」
弥生を押さえつける念動に、さらに力がこもった。
歯を食い縛って耐える弥生を、にこにこしながらジョニーは見つめる。
「苦しいですか?ふふ、このまま殺してもいいんですが──それじゃ面白味がないですね。せっかくですから、オトモダチと一緒に殺してあげましょうか?」
「やめろ、ジョニー」
足元で省吾がうめく。
それを無視して、ジョニーのパンチが身動きできない弥生のみぞおちにめり込んだ。
意識が薄れていく寸前、弥生はジョニーをにらみつけた。
“友達と一緒に殺す?冗談じゃない、明郎・陽平はともかくあの一郎があんたたちなんかに負けるものか!”
その目は、それだけのことを語っていた。