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斎木学園騒動記8−5

   ☆         ☆         ☆


 一郎は、四十七階まで上がったところで、少し不安になった。

 さっきまで激しかったFOSの攻撃がぴたり、と止み、一人の保安部員とも出会わないのである。

 こうなると逆に緊張してくる。

 何か策を練っているのかもしれない。

 

──ワナ?

 

 もっとも、一郎はその緊張感を楽しんでいるようでもあった。

 一郎の内部に、力がたわむ。

「そろそろ、だな」

 

 つぶやくと同時に、左右のドアが開き、黒い影がふたつ飛び出してきた。

 ぶん、と風がうなる。

 左右のふたりから同時に回し蹴りが放たれ、一郎の後頭部にまともにヒットした。

 並の人間なら、首の骨が折れてもおかしくないパワ−とタイミングだった。

 

 だが、一郎は別だ。

 前につんのめりかけたが、しっかりと踏みとどまり、M60の台尻を思い切り振り回した。

 

 空を切った。

 

 襲ってきたふたりの男の体術は、素晴らしいものだった。

 一人はスウェ−バックして、もう一人はダッキングで一郎の攻撃をかわし、すぐさまふたりの身体は宙に浮いた。

 一郎に向かわず壁へ飛び、双方の両足が壁に触れた瞬間、ふたりの身体は横へ跳ね返った。

 今度こそ一郎へ向かい、必殺の飛び蹴りがうなる。

 空手の秘技、三角蹴りだ。しかも、それがふたり同時に襲いかかるエックス攻撃であった。

 

 一郎は、左からの攻撃はなんとか腕を曲げてブロックしたが、右からの飛び蹴りを防げず、まともに食らってしまった。

 体重の乗った攻撃に、一郎の身体が吹き飛ばされる。

 

「くっ」

 床に転がった一郎は、次に来るであろう追撃に備えて全身を緊張させた。

「?」

 

 しかし、スキだらけのその身に攻撃はされなかった。

 一郎は目を疑った。ふたりは止めを刺しにこないばかりか、無表情に立てと手招きしているのである。

 

「ふざけやがって、余裕のつもりかよ」

 一郎は立ち上がってふたりをにらみつけた。

 ふたりはすっと腰を落とし、身構える。

 その動作は、まるで双子のように息が合っていた。同時に攻撃してくるコンビネ−ションの鋭さやタイミングの絶妙さは、実にやっかいな相手であった。

「へっ、ここへ来てようやく骨のある奴らが出てきたかよ」

 そう言って一郎は、身体の動きを制限している背中に背負った武器を外そうとした。

 その時、

 

「待て、ふたりとも」

 不意に、男たちの背後から声がした。

「そいつは貴様らの獲物じゃない」

 兵藤であった。

 

「何だ山猫、お前の出る幕じゃないぞ」

 片方が低い声で言った。それでいて注意は一郎に向いている。

 兵藤の唇のはしが、きゅっとつり上がった。

 

「オレじゃない、アルコンがそいつの相手をする──」

 ふたりの身体が、びくっと震えた。

 

「何で、何であいつを出したんだ! 局長は──」

「いや、それより誰が奴を止めるんだ!」

 怯えたように叫ぶふたりに、兵藤は無表情で答えた。

 

「さあな、上の連中がそいつをアルコン並の化け物と判断したということだろう」

 言われて、ふたりは一郎の顔を見た。

 当の本人は、何が起こりつつあるのかまるで判らない。

 

「さて、どうやら来たようだぞ。オレは下がらせてもらおう」

 そうつぶやくと、兵藤は音もなく歩み去っていった。

 無視されて話が進むので、一郎には全く事情がつかめない。

 

「おいてめえら、人を無視してるんじゃねえよ。やらないんだったら先へ進ませてもらうぜ」

 こちらを見て、ふたりの顔がひきつった。

 

 いや、その視線は一郎ではなく、一郎の背後の空間を見つめていた。

 異様な気配に、一郎は振り返った。

 何かぞっとするものが背中を駆けめぐり、首筋の産毛がそそけ立つ。頭の中で、誰かが「危険」と叫んだ気がした。

 

「ア・・・アルコン」

 怯えた声で、ふたりがつぶやく。

 

 そこには、一人の黒人が立っていた。

 でかい。

 第一印象はそれであった。身長は二メ−トルを越しており、体重も百三十キロはあるのではなかろうか。

 素肌につけたランニングが、はちきれそうなほどグロテスクに筋肉が発達しており、体型は見事な逆三角形であった。

 そして何より、一郎の目を引いたものは、彼の右手にぶら下げられた物──チェ−ン・ソウである。

 

 何に使うつもりなのか、あまり考えたくない問題であった。

 

 その黒い巨人が、ゆっくりと廊下を歩いてくる。

 一歩、また一歩と距離が縮まるたびに、彼の巨体からは、一郎がこれまで出会ったどんな敵よりも強い、ケタ外れな圧迫感が感じられる。

 息苦しいほどのプレッシャ−。

 アルコンは立ち止まった。そして分厚い唇が動く。

 

「テキ、ハ、ダレダ?」

 この時、一郎の頭に変なユ−モアが浮かんだ。自らの緊張をほぐそうと、わざとトボけた返事をしてみせたのだ。

 

「敵か?敵はあいつらだ、やっつけろ!」

 そう言いながら、ふたり組を指さした。それを聞いて、ふたり組の顔から血の気がなくなる。

 

「何を言う!アルコン、敵はそいつだ、そいつだよ!」

 男たちはみっともないほどわめいた。

 しかし、この黒人は一郎の言葉を優先したらしい。ふたりに向かって、

 

「キル、ユ−」

 とつぶやき、手にしたチェ−ン・ソウのエンジンを始動させた。テェ−ン・ソウの始動にはコツが必要だが、一発でかけたところを見ると、だいぶ扱いに慣れているようだ。

 その意味を考えて、一郎はおええ、と舌を出した。

 2サイクルエンジン、33CCが唸り、マフラ−が排気ガスを吹き出す。

 

 アルコンは、べろりと舌なめずりしながらスロットルトリガ−のアクセルを調整してエンジンをウォ−ムアップした。

 獲物を襲う前の、獣の唸り声である。

 

「やめろ!やめてくれっ」

 男たちは金縛りになったようだった。

 全身が汗だくになっている。

 

 アルコンはアクセルを引いた。カッタ−チェ−ンが勢い良く回転を始める。

 そして、ゆっくりとふたりに歩み寄っていった。

 じりじりとふたりは後ずさっていき、壁が背に触れる。

 一郎とやりあった時の余裕は跡形もなく吹き飛んでいた。

 恐怖に顔を歪めて、迫り来るアルコンを見つめる。

 

 もはや、逃げ場がないと観念したのか、ふたりは死に物狂いの反撃に出た。

 右の男が、いきなり中段前蹴りを繰り出す。

 強烈だった。鍛えていない者の腹筋なら、あっさりと内臓を破裂させることのできる威力を秘めていた。

 

 ただし、命中すれば。

 ぎゅわん!

 という音と、男の絶叫がそれにかぶさった。

 離れた所に立っていた一郎の頬に、生ぬるいものが触れる。

「?」

 手の甲で拭ってみると、赤いものがついた。

 

 視線を戻すと、男の片足がなくなっており、その足元には赤黒い血溜まりができていた。

 その顔は紙のように白く、涙でくしゃくしゃになりながらアルコンを見上げていた。

 ニタニタと不気味な薄笑いを浮かべながら、アルコンはゆっくりとチェ−ン・ソウを頭上に振り上げ、男の顔が恐怖に歪むのを見て楽しんでいるらしい。

 振り下ろす。

 チ−ズにナイフを入れるようにあっさりと、チェ−ン・ソウの刃が男の肩にめりこんでいた。

 

 ずばばばば。

 

 音をたててカッタ−チェ−ンが肉を裂いていく。

 日本刀のように鋭い刃物できれいに切られるならば、一瞬痛みは感じない。しかしこの傷は───

 

 肉片が飛ぶ。血しぶきが吹き上がる。断末魔の叫びが響き渡る。

 

「ひィいいいいっ」

 その様子を見ていた左の男は、一目散に逃げようとした。

 それに気づいて、アルコンは既に腰までめりこんでいたチェ−ン・ソウを引っこ抜き、こと切れている男の身体を蹴り飛ばした。

 ものすごい足腰の力である。

 

 一人の人間の身体が、まるでゴムボ−ルのように吹っ飛んでいき、逃げようとした男の背中にぶち当たる。

 男はミサイルの直撃を食らったようなものだった。低くうめいて立ち上がることができない。

 後ろにアルコンが迫る。

 

「うわ、うわわっ!」

 どうやら倒れた時に足を折ったらしく、四つんばいのまま逃げようとするが、黒い巨人はすぐに追いついた。

手にしたチェ−ン・ソウを、男の背中に振り下ろす寸前────。 一郎のM60が吼えた。

 

 チェ−ン・ソウを振りかぶったアルコンの背中に、雨のように弾丸が撃ち込まれる。

 

 巨体がぐらりと揺れ、地を震わせて倒れた。

 その時起こった風に、むっと濃密な血臭が漂い、さすがに一郎も顔をしかめた。

 

「まったく、とんでもねえヤロウだな」

 鼻の頭にしわを寄せて、つぶやく。

「おい、大丈夫か?」

 血だらけの死体をまとわりつかせて、へたり込んでいる男に声をかける。

 

「何なんだこいつは?FOSじゃ敵味方の区別もつかねえキチガイをのさばらせているのかよ」

 冗談のつもりで言った一郎の一言で、ここまでやるとは普通ではない。

 アルコンという名前だけで、このふたりが慌て、怯えたのも判る気がする。

 

 見境なく暴れる味方というのは、戦いの場においてある意味、敵よりもよほど恐ろしい存在である。

 自分を助けてくれるはずの仲間が、逆に襲いかかってきたら、無防備な瞬間をさらけ出すことになってしまう。

 何より裏切られた精神的ショックが大きい。

 信じられない仲間などというものは、心理的不安を生み出し、チ−ムワ−クを乱す。その結果、コンビネ−ションがうまくいかず、円滑な作戦行動ができなくなってしまう。

 何十人もの兵隊を揃えても、しょせん個人の集団であるならば、スキだらけのハリボテ軍隊となるであろう。

 

 FOSが、そんな作戦部隊しか持っていないとしたら、そこにつけいるスキがありそうであった。

 

「ぐ──、アルコンは死んだのか?」

 折れた足を押さえながら、男がうめく。

 その上に重なっている死体が、ずるっと床に滑り落ちた。

 

「いや、かなりの数の弾丸をぶち込んでやったけどよ、こいつは特製のスタン弾使っているから、せいぜい骨折して失神してるだけだろうさ」

「何ィ?実弾じゃないのかっ!」

「当たり前だ、オレは人殺しになるつもりはねえよ」

 一郎がそう答えると、男の目にまた怯えた光が浮かぶ。

 

「そうはいっても、身体の弱い奴や当たり所が悪ければ死ぬかもしれん威力は持っているんだぜ。現にここに来るまで、てめえらを蹴散らして来たんだしな。撃たれた奴ら、二・三日はまともに動けねえはずだ」

「同じことだ、頼む!オレを連れて早くここから離れてくれ!」

 目をむき、追い詰められた表情で男は一郎にすがりつこうとするが、一郎はその手を払った。

 

「悪いがこんなことしてるヒマはねえ、一刻も早く最上階に行って和美を助けなけりゃならねえからな」

 そう言って、階段の方へ歩きだそうとした途端に、背後の空気が動いた。

「ぐあっ!」

 

 左肩に激痛を感じて、一郎は前へ飛んだ。前転して体勢を建て直す。

 ひいい、と男が悲鳴を上げた。

 目の前には、今、M60の連射を食らったはずの黒い巨人が立っていた。



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