斎木学園騒動記6−4
「なに、そう難しいことじゃなかったよ。全てはこのクスリから判ったことだけどね、分析した結果、ある製薬会社しか持っていないノウハウでなくては合成できない成分があったもんでね、すぐにピンときたんだよ」
「その会社ってのはどこだ、玉置!すぐに殴り込んで和美を連れ帰ってやる!」
一郎、顔色を変えて玉置に詰め寄る。
「落ち着きたまえ、一郎君。その会社に和美ちゃんが監禁されていると決まった訳ではない。そのノウハウを開発した会社だって、アメリカに拠点をおく企業のはずだから、和美ちゃんがそこにいるという結論までは現時点では導けないのだよ」
「それじゃ、何も判らねえのと同じじゃねえか──」
一郎は肩を落とした。
「製薬会社ねえ・・・ま、和美ちゃんを狙ってる組織の、ほんの一部でしょうけど、どんなつながりがあるのかしらね?」
拳を口にあてて、弥生は考え込んだ。
「やっぱり、和美ちゃんの超能力が狙いでござろう? 強力なエスパ−を集めて、何かをしようと企んでいるんでござるよ」
「何かって・・・何だろうな」
明郎も、う〜むと考え込む。
よくよく考えたら、何の目的でFOSという組織が和美を必要としているのか。
この場にいる誰も、本当に理解している者はいない。
「ESP自体は、さほど珍しいものじゃないと思うけどね」
玉置がつぶやく。
一般人には奇妙な言葉に思えるかもしれないが、ここ斎木学園においては、今、玉置の言ったとおりである。
事実、今現在の在校生の中でも、スプ−ン曲げ程度ならば可能な連中は結構いるのだ。
ピンポン玉を手を触れずに転がしてみたり、マッチを見つめて念じるだけで、何のトリックもなしに発火させるものもいる。
しかし、それはかくし芸として見ている者を驚かすことはできても、何か他の目的に使えるものではない。
スプ−ンを曲げるのは手でできる。マッチは擦れば火が付く。ピンポン玉など、息を吹きかけただけで転がってしまう。
その程度の事ができてもESPに利用価値があるとは思えない。 例えば、軍事目的に利用したいと考えるならなおのことである。
「まあ、問題はその強さと質なのかもしれないね。和美ちゃんのように、飛んでるヘリさえ叩き落とす様な巨大なサイコキネシスの持ち主ならば、その能力はダイヤモンドよりも貴重だし、あれだけの力を自在にコントロ−ルできれば、ほとんど訓練の必要もなく実戦に投入できるからね。
即、使用可能な人間兵器・・・単純に想像すれば、ESPの利用方法なんてそんなところだけれども──」
「だけれども?何だよ?」
腕を組んで首をかしげた玉置に一郎がたずねる。
「いや、単に一人のエスパ−を兵器として利用するだけの目的で、ここまで大規模に手間をかける必要があるのかと思ってね」
「何か他の目的があるって、玉置は考えるのかい?」
と、明郎。
「いや、ま、とりあえずその辺を深く考えすぎてもしょうがない。まずは和美ちゃんの行方をつかみ、しかるのち奪い返す。これだけ実行すればいいんだしね」
下がってきた眼鏡をくいっと上げながら、玉置が言う。
「そうね、玉置、今の情報をもっと詳しく聞かせてくれない? あたしの情報網に流すからさ」
「OK、これだけの手がかりが手に入ったんだから、後は大分楽になってくると思うよ。しかし、ESPの話の続きになるけれど、ボクが考えるに一郎君も一種の超能力者だと思う。
一郎君、君は今まで健康診断なんかで異常が見つかったことはないかい?」
玉置の質問に、一郎は首を振った。
「ねえよ、生まれてこのかた健康そのものだ」
「ほら、健康診断に引っかからないってことが、もうおかしい」
「?」
一郎、弥生、陽平、明郎は、訳わからんという顔をする。
「判らないかね?一郎君が病気持ちかどうかなどということは、この際関係ないのだよ。つまりこういうことさ、“検査に引っかからないということは、一郎君は普通の人間である”」
「当たり前じゃねェか、そんな事」
一郎は口をとがらせた。
「当たり前じゃないではないかね?一郎君」
即座に玉置は反論した。
「君のように、人間の能力をはるかに超えた体力の持ち主が、“普通の”人間であるわけがなかろう。当然、筋肉の組織やら、骨の密度、内臓の働き他それら全て別のものであるはずさ。
ところが、君の身体は見た目は普通の人間なのだ。他の人間と変わらない。だから、今まで検査にも異常が出なかった。
では、一郎君の人間離れしたパワ−は、どうやって発揮されるのだろうか?
ボクはこう考える。
つまり、内側へ向かう念力じゃないのかな。和美ちゃんの様に念力そのものを振り回すのではなく、肉体を媒介にして発揮されるESPといえるんだと思う。だから一郎君、君の超人的パワ−は、精神的なものによって随分左右されるはずだよ」
そう言って、玉置は眼鏡をずり上げた。
確かに、そう言われてみればその通りかもしれない。
一郎のパワ−は、『怒り』など気持ちが爆発的に昂った時ほど強力になるのだ。
「それはつまり、君の強さは筋力などの肉体的な要素とはあまり関係がないということを意味している。
これは非常に重要なことだよ一郎君。よく覚えておきたまえ、君の力の源は──」
玉置は一郎に歩み寄って、拳で一郎の胸を叩いた。
「ここにある」
「───」
一郎は、無言で玉置を見つめた。
そんな一郎のポケットから、玉置はするりと薬のビンを抜き取った。
「従って、今の君にみなぎっているパワ−は、こいつによるド−ピング効果などではないよ、自信を取り戻して気分が高まった結果さ。本来、君にはこんなものは必要ないんだ。そして、これから先もね」
薬の小ビンを自分のポケットにしまいつつ、玉置はウインクをしてみせた。
「そこまで判っていたなら、なんで一郎にクスリを飲ませたんでこざる?」
ふと、陽平がたずねる。
「それはね、一郎君が自信を取り戻すためのきっかけをつかむためにだね──」
「本当にそれだけか?」
玉置の言葉尻をひったくる様にして、一郎が口を開いた。
疑惑に満ちた声の響きに、ほんの一瞬、玉置の身体が強張る。
「な、何のことだい?一郎君」
「トボけるんじゃねえよ玉置、オレはごまかせねえってのが判らねえのか? そういう言い方をする時のてめえは、絶対に何か隠してるんだよ」
歯をむき出して、一郎は玉置をにらみつけた。
「一郎はああ言ってるけどね、玉置、本当に何か隠しているのかい?」
「はっはっはっ、一体何のことだか・・・」
白々しい声音でとぼけながら、人指し指でこめかみを掻く。
「そのヘンな汗は何でござる?」
じっと一郎、陽平、明郎が玉置をにらみつけた。その横で、
「一郎、一郎」
弥生が片方の眉をつり上げた顔で、足元を指さす。
それを見て、玉置の笑顔がひきつる。
弥生の指さしたものを、一郎はじっと見つめた。
「──玉置ィ、てめえ確か副作用なしとかパ−フェクトとか言ってたよなあ?」
じろり、と玉置をにらみながら一郎は、カゴの中を指し示した。
中で、先程パワ−アップして暴れつづけていたはずのマウスが、アワを吹いて気絶している。
「ピクピクしてるぞ?」
低く一郎がつぶやくと、玉置は軽く咳払いをして首を振った。
「うむ、失敗のようだ」
「落ち着いて言うことかっ!──あ?」
玉置に飛びかかろうとした一郎だったが、そのままのポ−ズでへたり込む。
「一郎っ!」
「見なさい、いわんこっちゃないのよ!」
「早く医務室へ運ぶでござる!」
貧血と、手足がちぎれる程の全身筋肉痛を感じて、一郎は気が遠くなっていく。
「ふむ、やはり一気に筋肉を活性化させると、そのツケは払わねばならんということだね──ま、大丈夫、一郎君だったら死ぬようなことはあるまい。あ−よかった、自分で試さなくて」
などという玉置の無責任な発言も、もう一郎の耳には届かず、目の前には真っ黒な闇が落ちてきて、一郎の意識はブラックアウトしてしまった。