斎木学園騒動記6−3
「おやおや、どうしたんだい一郎君。君はこの手のクスリには絶対反対じゃなかったのかい?」
「そうよそうよ」
と、弥生も相づちを打つ。
「さっき私に言ってたことと矛盾するような気がするんだけどね───それとも一郎、あんたまさかこのクスリを独り占めしたかった訳じゃないでしょうね」
さきほど強い口調でとがめられた弥生が、不満気に口をとがらせる。
「別に、クスリを独り占めしたいわけじゃねえよ」
一郎が言う。
「オレは・・・」
ふと視線を床に落とし、自分の手を見つめる。
「オレはどうしても強くなりたい、どんな手を使っても」
そう言って、強く拳を握りしめた。
「一郎・・・」
「何言ってるでござる、今でも充分強いではござらんか」
「いいや」
一郎は首を振った。
「うまく言えねえけど、今のオレじゃだめなんだ。その証拠に、和美を守りきることができなかった──」
もどかしい気持ちが、その一郎の言葉から伝わってくる。
部屋の空気が重くなりかけた時────。
「ふむ、そうかいそういう理由なら、ほら」
無造作に、玉置はクスリの入った小ビンを一郎に放った。
「そのクスリは全部君にあげよう、プレゼントだ」
受け取った一郎が拍子抜けするほど、あっさりと玉置は言った。
「なんて顔してるんだい?いや、ボクもこんなクスリを作ったはいいが、使うアテがなくて処分に困っていたところでね。君が妹のために身体を張るのだったら役に立つはずだ、好きなだけ使いたまえ。はっはっはっ」
「──いいのか?」
「遠慮することはない、君だったらおかしなことには使うまい。ささ、さっそく試してごらん」
妙に目を輝かせて、玉置はクスリを勧めた。
「よし」
一郎は意を決したようにつぶやくと、薬の一粒をつまみ出し、水も飲まずに一気に飲み込んだ。
部屋が、一瞬静まりかえった。
ごくりと、誰かがツバを飲み込む音がやけに響いた。
その時、
一郎の身体に反応が現れた。
「──くっ」
その全身が小刻みに震え始める。ひどい悪寒が、身体中を氷のように冷たくしてしまったようだ。
耐えきれず、がくんがくんと大きなけいれんへと変わっていく。
「い・・・一郎っ!ちょっと玉置、これで大丈夫なの?」
そのけいれんの物凄さに、思わず弥生が大声を出す。
それに対して玉置は冷静に「うん」と答えただけである。
「まあ、だまって見ていたまえ」
その言葉どおり、一郎のけいれんがふいに止まった。
完全に動きを止める。
「ちょっと、死んだんじゃ──」
「大丈夫。さっきのマウスを思い出してごらん、あれと同じだよ」
だが、一郎はまだ動かない。
「おいおい──」
「シャレにならんでござるぞ、玉置どの」
と、明郎、陽平もさすがに心配になる。
一郎の肩に手を触れようとした時、
びくん、と一郎は背を伸ばし、目を見開いた。そして───
「・・・お・・・」
「!」
あわてて明郎と陽平は手を引っ込めた。
「おおおおお・・・」
低い唸り声が一郎の口からもれてきた。それとともに、一郎の瞳にらんらんと輝く強い光が灯るのが見えた。
内側から、目に見えないエネルギ−がこんこんとあふれてくる様子が、はたから見ている者にもはっきりと判る。
ざわっ。
非常時にしか発動しない、一郎の『髪の毛逆立ち現象』が起こった。
彼の全身に力が完全にみなぎっている証拠だ。
ふうう、と深いため息をひとつついて、一郎の髪の毛が元に戻った。
しん、とまた部屋に静けさが戻る。
「一郎、大丈夫なの?」
のぞくようにして弥生が聞く。
一郎は、黙ったまま自分の右手を開いたり握ったりしていたが、ふいに視線を玉置に向けた。
「どうかね?調子は」
玉置が、腕組みをした姿勢のままたずねる。
にっ。
一郎が、たくましい歯をのぞかせて笑った。
そして無造作に、左手を釣っている包帯をむしり取る。
「こいつは、すごいぜ──」
左手に負っていたケガが治っている。痛みも消えた。
「玉置、てめえは・・・」
「何だい?言ってごらん」
鼻の穴をぴくぴくさせながら、玉置は一郎の次の言葉を待った。
「────天才だ」
全身に満ちていく『力』を感じつつ、一郎はつぶやいた。
「おお、その一言! 称賛の言葉! その言葉を聞くためにボクの人生はあるのだ。偉大なるボクの能力が発揮される度に、あらゆる人々は認めざるを得ない、この『玉置克吉』の素晴らしさを! ああ・・・一体ボクは人生の中で何度その言葉をこの身に受けるのだろう?
いや違うぞ。死してなお、後世にボクの名は伝えられるのだろう! そうとも、人類が生み出した珠玉の天才・玉置克吉の名は未来永劫に渡って語り継がれることになるのだ。あっはっはっはっはっ!」
「この凄まじい性格さえなければ、素直に玉置のことを認められるんだけどなあ──」
と、明郎がつぶやく。
「天才」とほめられるたびに、自己陶酔の世界に入り込み、演説(つまり巨大な独り言)を延々と続ける科学部部長のことは、この学園の生徒なら誰でも知っている。
それゆえ、普段だったら決してその言葉を使ってほめたりしないのだが、一郎もうっかりしてしまったらしい。
だが、思わずその言葉をつぶやいてしまう程の効果が、その薬にはあったといえる。
先程とは違う目つきで、一郎は自分の手のひらを見つめていた。
判る。
全身に、はちきれそうなエネルギ−があふれ出てくるのが。
兵藤との戦いで負ったケガも瞬時に直し、体力をも大幅にパワ−アップされている効果が。
「判るぜ──オレは『強く』なった。もう誰にも負けねえ」
満足気に、一郎はつぶやいた。
「そりゃそうでしょうよ、あんた、今まで充分化け物じみた体力の持ち主だったくせに、ド−ピングまでしてパワ−アップすれば、他に勝てる奴がいる訳ないでしょ」
腰に手を当てて、あきれ顔で弥生が言う。
「その通り、最近落ち込んでたみたいだけど、自信を取り戻したみたいだね、一郎」
と、明郎。
「これで安心でござるな」
うんうんとうなずきながら、陽平が一郎の肩をぽん、と叩く。
はっはっはっ、と明るく笑いあった。
この五日間、暗かった一郎の顔にも、元のふてぶてしい笑顔が戻っている。
いいム−ドだ。
こうなったこの四人組は、もう誰にも止められない勢いがつく。
「さあ、気を取り直して、もう一度和美ちゃんの足取りを探し始めるわよ」
「よし!」
がしっと四人は手を取り合った。改めて互いのチ−ムワ−クを確認しあう。
「やるぞっ」
「おおっ!」
全員の目に、炎が見えるようだ。
その時、
「あ、和美ちゃんの手がかりについては、ボクもある程度つかんでいるよ」
部屋のすみっこで、聞く者のいない一人芝居のような演説を続けていた玉置が、いとも簡単に言ってのけた。
「何ィッ!?」
四人、声をそろえる。