斎木学園騒動記1−3
☆ ☆ ☆
弥生は妙に落ち着きがなかった。周りの人間は皆、地獄のテストが終わったということで、すがすがしい顔をしているので、その姿はひときわ目立っていた。
原因は・・・さっきの少女だ。
何かがひっかかるのである。何かが。
「はあい、弥生ィどしたの?暗くなっちゃってえ、つんつん」
後の席の霧原由紀が、丸まっている弥生の背中をつっついた。
反応がない。 何を思ったか、由紀はつつう〜と弥生の背筋に指先を滑らせる。
これにはさすがの弥生も背中をぴん、と伸ばした。
「ええい、やめっやめっ!突然何をするか無礼者お!」
弥生、じたばたしてから由紀のシャツをつかむ。
「あ〜れ〜乱暴はおやめになってえ♪」
などと言って由紀、しなをつくる。何か言おうとした弥生だったが、それを見て力が抜ける。この霧原由紀、ポニーテールなどしていてけっこう可愛いのだが、どうもレズッ気があるらしく可愛い女の子には積極的にアプローチするのだそうだ。
ふと弥生、思いつく。
シャツをつかんだまま、由紀をぐっと引き寄せ、
「ねえ、あんた一年生に知り合い多いわよね?一郎たちに好意っていうか興味を持ってる子って知ってる?」
「へ?弥生ってば知らないのォ、あの三人けっこう人気あんのよ、有名人っていうか名物三人組だもんねえ・・・興味持ってるコなんて、いっぱいいすぎてわかんないよォ」
「げ、そうなの?あの三人がねえ・・・世の中はわからん」
「それより・・・・」
すっと由紀は弥生の首に腕をからませた。
そして自分は軽く上を向き、目をつむる。そのままムードに流され、二人の唇が重なる直前に、がばっ!という勢いで弥生は由紀から身を引きはがした。
やっと我に返ったらしい。
「こ・・こんな時に“エスカレーション”してどないせーちゅうんじゃ、このレズ娘!」 真っ赤になって、弥生はわめいた。
「あーん、バレちゃった。ははは」
ぺろっと舌を出して、こつん、と由紀は自分の頭をこづく。
「もういい!あのコの事は自分で調べる!」
荒々しく立ち上がると、戸をぶち破るような勢いで、弥生は教室から出ていった。
☆ ☆ ☆
「それじゃ、お前たちは本当に『FOS』を知らないんだな?」
煙草を指の間でぶらぶらさせながら、沢村は念を押した。
「くどいぜ、マスター」
くってかかろうとする一郎を、沢村は両手を上げて制しておいて、一枚の写真を指し示す。
「それじゃ、この娘に心当たりは?」
言われて一郎は少しとまどった。別に、こんな少女など知ってはいないのだが、初めて目にしたとき、何かどきり、とするものが胸をつきぬけたのだ。
「なんだ、心当たりがあるんでござるか、一郎」
「やだねえ、いつの間にこんな可愛い子ちゃんと知り合ったんだい?一郎もすみにおけないねえ」
などと陽平、明郎がでっへっへ、と意味ありげに笑った。
「ば、ばっかやろォ、そんなんじゃねえ!」
あわてて一郎は反論する。
“けど・・・”
「あ、そうか、別に知り合いでもなさそうだな。いや、名字が同じだから気になっただけだ。気にするな」
ふう、と煙草をふかして沢村、ニヤリと笑う。その目つきは、一郎の反応を楽しんでいるようにも見える。
この男も、一体何者なのだろうか。
「ところで、この書類の内容は頭につまったかい?」
「ああ」 と一郎。
「どういう話が書いてあるんでござる?」
英語はからきしの陽平、明郎が興味津々といった表情で聞く。
こほん、とせきばらいをした一郎は視界のすみに、店先に止まったバイクをとらえた。 が、気にもとめずに話し出す。
「要するに『FOS』っていう組織があって、“ある計画”を始めたわけだ。で、その計画には特殊な人員が必要らしくて、世界中で大規模なスカウトを行っているんだと。そのスカウトってのが強引で、はっきりいって誘拐なんだそうだ。でもってそのFOSの魔の手からこの娘を守るのが今回の・・・危ねえっ伏せろっ!」
話が終わらないうちに、突然サブマシンガンを持った男が店内に飛び込んできた。
「おわあっ?」
とっさに一郎たちは床に伏せた。
ダダダダダダ・・・とリズミカルな音をさせ、サブマシンガンが火を吹く。
「ひええっ」
片っぱしからグラスが砕け、壁にかけてあった絵が穴だらけになり、天井の照明器具がバラバラになっていく。
しばらく撃ちまくると、男は身をひるがえして外へ走り出た。
「くそォ逃がすかよっ」
一郎はテーブルのかげから飛び出そうとしたが、再度マシンガンを連射され、あわてて引っ込んだ。
四人は楯にしたテーブルの後ろで、走り去るバイクの音を聞いた。
硝煙たなびく、ズタボロの状態となった店内に静けさが戻る。
「ふうう・・・」
誰かのため息。突然の襲撃に思考がついていかないのだ。
「判ったか、お前ら・・・・」
沢村が、ひん曲がった煙草をもみ消しつつ言った。
「今のが『FOS』だ」
学生三人、声もない。
「楽しいあいさつをするだろう?一体オレが今回の仕事にからむことをどこで知ったのやら・・・・」
くくくっと低く笑う。
沢村がこの依頼を受けたのがついさっきである。そのことをあらかじめ予測でもしていたかのような行動の早さだ。
沢村と『FOS』───過去に何か関わりがあったのだろうか。
「あんた、一体何者だよ?」
思わず、一郎が聞く。
「オレはここのマスターさ」 ニヤリと笑って沢村は答えた。
「ま、この分じゃ店は当分できないか。と、いうわけで今からオレの職業はボディガードになった」
そう言って片目をつむってみせる。その仕草があまりにも気障だったため、やった本人かなり恥ずかしかったらしく、赤くなって鼻をかいた。
こほん、とわざとらしくせきばらいをしてから、
「ま、まあとにかく話はこれまで、アイスコーヒーはおごりだ。早く帰れ」
ふいに沢村の態度がそっけない物にかわった。
「何だあ?早く帰れだと、それじゃどうしてオレたちにそんな話を聞かせたんだよ?」
一郎がくってかかると、沢村はまじまじとその顔を見つめた。
「な・・何だよ」
「いや、何でもない」
「とにかく、もう少し詳しい事を・・・」
「うるせえ!帰れったら帰れ、さもなきゃ店の修理代はお前らに請求するぞ!」
これにはさすがに学生三人もムカッとした。
「判ったよ、帰ればいいんだろう!」
くるりときびすを返して、すたすたと一郎は店を出ていった。陽平と明郎も後を追って出ていってしまった。
めちゃくちゃに散らかった店内に沢村は一人立っていた。
ポケットから煙草を出してくわえる。
「人違い・・・かな」
煙を吐き出しつつ、沢村はぼそっとつぶやいた。
「何が人違いなんですか?」
突然背後から声が聞こえてきて、沢村は飛び上がって驚いた。今まで店の中に人の気配などまったくなかったのだ。
あわてて振り向いた沢村は、背後に立つ少年の姿を確認して全身の緊張を解いた。
「何だ、お前だったのか」
沢村、ほっとため息をつく。
「久しぶりだな、省吾・・・・」
ガラクタの山と化した店内に、幽霊のごとくその少年は現れていた。
「最高のパートナーの到着ですよ。沢村さん」
少年──省吾──は、にっこりと笑ってみせた。