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斎木学園騒動記・間奏5



     ☆        ☆        ☆


「山猫か──」

 足音もたてずに近づいてきた兵藤に、田崎は声をかけた。

 

「何の用だ」

「部屋に入ってくるときにはノックぐらいしたらどうだ?」

「オレにマナーを教えるために呼び出したのか?」

 能面のような変化のない表情で、兵藤はにらみ返す。

 

 田崎は目をそらして、せきばらいをした。

「も、もちろん仕事の話だ。隣の部屋へ来い」

 ついてくる兵藤にびくびくしながら、田崎は部屋を出る。

 

 隣の部屋には、すでに四人の男たちが待機していた。

 一人だけ金髪の男がまざっているが、あとの三人は日本人のようである。

 

「ハーイ、山猫、待ってましたよ」

金髪───ジョニー・ハミルトンが陽気にウインクをしてみせた。しかし、兵藤はそれを無視して、他の三人に視線を走らせた。

 いずれもごつい顔つきをした男たちだ、FOS日本支部専属の暴力関係担当者である。

 兵藤の刺すような視線に、彼らは気を悪くしたらしい。目つきに敵意のようなものが感じられる。

 

「あ、あー全員そろったな、では話を始めよう」

 部屋の中に険悪なムードがただよい始めるのを、田崎のわざとらしい声がさえぎった。

「今回の仕事はこのメンバーであたってもらう、いいな」

 兵藤に向かって言う。

 

「目的はあくまでも暗殺だ、この間のように目立つことはするな、彼らはそのためのサポート役につけてやる」

「獲物は?」

 兵藤が聞く。ターゲットによって暗殺の仕方が違ってくるので、相手をよく知ることは基本である。兵藤以下、全員殺しのプロフェッショナルとしての習性が身に染みついているらしく、自然に田崎の説明に集中した。

 

「殺る相手は、この男だ」

 そう言って、田崎は壁に仕込まれたスクリーンを操作した。

 スクリーンに映し出された写真を見て、男たちは意外そうな声をもらす。

 

───スクリーン上でふてぶてしい笑みを浮かべているのは、『相沢一郎』であった。

 

「誰です、このガキは?」

 岩のような小男が、あごを突き出してたずねる。

 

「兵藤は知っているはずだな、ティンカーベルのキッドナップの時に先頭に立って邪魔をした小僧だ」

「おお、彼ならワタシも見覚えがあります。あの時山猫といい勝負をしたボーイですね」

 ジョニーが口をはさむ。

 

「今回の任務は、速やかにこの小僧を始末する事だ、判ったな?」

「くだらねえ!」

 長髪が吐き捨てるようにつぶやく。

 すると、他の二人の男も立ち上がってわめいた。

「こんなガキ一人殺るのに、わざわざ俺たち全員が出向くんですかい?」

「まったく、これだけのメンツを揃えるからどれほどの相手かと思えば──そんなつまらん仕事、誰か一人で充分でしょうが」

 そう言って、男たちは嘲笑した。そのバカにした態度に田崎がこめかみに青スジを立てると、さらに男たちは笑い声をあげた。

 

 兵藤は黙ってそれを聞いていたが、ジョニーが口を開いた。

「ところで、どうしてこのボーイを始末するんです?」

「うむ、こんな小僧一人の暗殺にこれだけのメンバーを揃えたのには理由がある」

 田崎は、額の汗をハンカチで拭いながら言った。

 

「理由?」

「そう、調査の結果こいつの名前は『相沢一郎』、ティンカーベルの生き別れの兄でありしかもあの、相沢乱十郎の実の息子であることが判明したのだ!」

 田崎のその言葉に、それまで無関心を装っていた兵藤の目付きが一変した。

 ぎらぎらとした光が、瞳の奥に宿る。

 

「それは、本当なのか」

 低い声で、ぼそりとたずねる。その兵藤から異様な殺気を感じて、田崎はたじろいだ。

 

「ほ、本当だ。それがどういうことか判るだろう?あの相沢乱十郎のような力の持ち主だとしたら後々必ず我々の障害となるだろう。そうなる前につぶすのだ!」

「なるほど、相沢乱十郎の息子か──」

 兵藤は底光りする瞳で、一郎の写真をにらみつけた。

「けっ、相沢だかなんだか知らねえが、まだガキじゃねえか」

 小男が言うと、また他の二人が笑う。

 

 そんな三人を、兵藤はぞっとするような目で見据えて、田崎につぶやいた。

「こいつらは足手まといになる、この仕事から外せ、オレ一人でやった方がマシだ」

 冷静な声であった。それゆえ、三人組の気に障ったといえよう。 目に見えて男たちが不機嫌になる。

「何だとォッ!」

「山猫よ、あんたさっきから態度悪いぞ、俺ら三人を怒らせようってのかい?」

 角刈りが言う。さすがに目がすわってきている。

 

 ぴりっと、部屋の中にたまらない緊張が走るのを田崎は感じた。

「やめろ、落ちつかんか」

「いえいえ、山猫の言うとおりですよ。こんな三流の連中ではサポートどころか、足をひっぱるお荷物になりかねません。はっきりいって仕事のジャマです」

 その場を丸く収めようとした田崎の言葉をひったくるようにして、ジョニーがさらにあおりたてるようなことを言い出す。

 そのせいで、完全に三人は頭に血がのぼったらしい。目付きが変わっていた。

 

「おい、てめえら、本部から派遣されてきたからって調子にのるのもいい加減にしろよ」

 こめかみに青スジをたてて、小男は兵藤とジョニーをにらみつけた。

「俺たちを三流呼ばわりする理由を教えてもらおうじゃねえか」

 そう言って、全身から殺気を放ちながら身構える。後の二人も椅子から立ち上がり小男の両脇にならんだ。

 

「やめんか、お前たち!」

 あわてて田崎は制止した。だが、暴力を商売にしている男たちは言葉だけで止められるものではない。ましてや、これだけコケにされたのである、何を言っても無駄であった。

 もはや手に負えない事を悟った田崎には、この事態を見守ることしかできなかった。

 部屋の中は殺気と緊張の入り交じった空気に満たされた。

 それを感じていないのか、ジョニーは肩をすくめて苦笑する。

「おやおや、本気で怒ってしまったみたいですネ。どうします?山猫」

 きゅうっ、とジョニ−の唇がつり上がって、邪悪とも言える笑みを浮かべた。

 青い瞳が一層その色を濃くし、凶々しい雰囲気を強調する。

 

「てめえら、やる気かっ!」

 角刈りの男が吼えた。途端に部屋の中の殺気が凝縮していく。

「ちょうどいい機会だ、本部直属がどれほどのモンか見せてもらおうじゃねえか」

 ぼきぼきと両手の指を鳴らして、小男が身構えた。

 

─────と、

 

 もう、その時には兵藤がすぐ目前にまで歩み寄っていた。

「!」

 ひょい、と片手で小男のこめかみを鷲掴みにする。

「ぐううっ?」

 あまりにもあっさりと接近を許してしまい、小男には何が自分の身に起こっているのかまるで理解できなかった。

 何の気負いも殺気も感じられない動作であったため、むしろゆっくりとした動きであったにも関わらず、小男は何の反応を示すこともできなかったのである。

 しかし、何気ない鷲掴みではあっても、どれほどの力が込められているのか、小男は悲鳴を上げることもできずに口をぱくぱくさせた。

 

「むう!」

 何が起こったのか理解できなかったのは、他の日本支部員も同様であった。ようやく、驚きの声を上げた。

 それに対し、兵藤は冷やかな視線を向ける。

「スキだらけだ、な」

 兵藤の手の中で、小男は激痛のあまり口から泡を吹き出しはじめた。

 

「このぐらいのことでおたおたする程度のレベルだから、貴様らはいつまでたっても使えないんだ。己の身の程をわきまえることだ」

 淡々と語ると無造作に手を振って、小男の身体を放り出す。

「うおっ」

 田崎は声を上げて身をすくませた。

 ものすごい音をさせて、小男の身体はすぐ横の壁に逆さまに叩きつけられた。その常識外れの怪力を目の当たりにして、改めて男たちの顔色が変わる。

 自分たちの目の前にいるのが、人外の存在であることを再認識したのだ。

 

 HAHAHA、とジョニ−が腹を抱えて大笑いする。

 それを無視して、兵藤は残る二人をにらみつけた。

「冗談抜きで、今のオレの動きに反応できなかった貴様らは話にならん。この仕事に手を出す事は許さんぞ、いいな?」

「ぐ・・・」

 明らかに年下と見える兵藤に命令され、角刈りと長髪は言葉をつまらせた。

 しかし、

「なめやがって──」

 首を押さえて、目をつり上げた小男が立ち上がってきた。

 ぎりぎりと歯を軋らせながら、隠し持っていたスイッチナイフを手にする。パチンと音がして、カミソリの鋭さを持つ刃が現れた。

「今はちっと油断してただけだ、これからが本番だぜ」

 

 その言葉に、兵藤のもともと小さい黒目がさらにすぼまった。

 

 シッ!

 歯の間から鋭い音をさせて、小男は兵藤に仕掛けた。

 

 一気に間合いに飛び込み、兵藤の無表情な顔に向けてナイフの切っ先を閃かす。

 狙いは目だ。

 人は目前に尖ったものが近づけば、反射的に目を閉じ、のけ反って身を守ろうとする。

 同時に意識もそこへ集中する。

 この時、足元ががら空きになりやすい、小男の最終的な目的はそれであった。

 ナイフを突き出すのとほぼ同時に、小男の足が意表をつく鋭さで動いていた。

 このやり方で相手の足を砕くのが、小男の必勝パタ−ンである。足をへし折れば自由に動けない、動けない敵ならば、もう勝ったも同然である。単純ではあるが、実戦的なコンビネ−ションであると言えた。

 

 ただし、並の人間が相手であるならば。

 

 完璧なタイミングで決まった小男の蹴りは、しかし兵藤の足を砕くことはできなかった。

 逆に、蹴った足の方がどうにかなったらしく、にぶい痛みを感じていた。

 

 まばたきすらしない兵藤の目に見つめられた小男の全身に、どっと冷や汗が吹き出る。

「ひ──」

 小男は反射的に両手で頭をかばった。

 その動きはもう理屈でなく、殺し屋としての本能だったろう。

 その瞬間、横から物凄いパワ−が小男を襲っていた。まるで爆発でもしたように、小柄な身体が弾け飛ぶ。

「あがががっ」

 意味をなさない声を小男はあげた。

 

 今のは兵藤の回し蹴りだった、が、何が起こったのか本人はまるで理解できていなかった。

 それほどの動きの早さだった。とっさに出た腕のせいで頭部への直撃は免れたものの、ブロックした腕はまるで枯れ枝のようにへし折れ、あり得ない角度に曲がっていた。

 床に倒れて呻く小男の髪を掴んで、兵藤は起き上がらせた。

 

「これからが本番?」

 ささやくように語りかける。

「殺し合いの実戦で、二度目があると思う点が貴様らを成長させない原因か──」

「た、助け──」

 怯えた目で、小男が見上げた。

 

「もうよせ、兵藤!」

 たまらず長髪が声を上げる。

 ちらっ、と兵藤が視線を上げた。

 小男の髪を放すと、ぐったりとのびてしまった。

 その途端、

 兵藤は彼の頭を、かかとで思い切り踏みつけていた。

 

 めかっ!

 

 という音がして、床に赤いものが広がっていく。

「あっ!」

 長髪の顔から血の気が引いた。

 

「貴様らに、ごく基本的なことを確認しておこう」

 表情も変えずに兵藤がつぶやく。

「殺しはスポ−ツじゃない、一方が死ぬまで続くリアルな勝負だ。手足が折れたり、動けなくなったからとか、ましてや負けを認めたからといって終わるものじゃない。助けを求めてもムダだというシビアさが、どうも貴様らには欠けているようだな」

「だからといって仲間まで手に掛けるのか、てめえ」

 恐れは怒りに変わった。

 長髪の全身に緊張がみなぎる。

 

 HAHAHA、とジョニ−がまた笑う。

 きっ、と長髪はにらみつけた。

「ダメですよ山猫、三流はどこまでも三流でス。せいぜい島国で平和ボケした素人を相手にしているぐらいの仕事しか任せられるモンじゃありませんヨ」

「何だとっ」

 もう我慢の限界であった。我を忘れて長髪は飛び掛かっていく。 薄笑いを浮かべたまま、ジョニ−は目を細めた。

 途端に長髪は立ち止まる。

「が──」

 金魚のように口をぱくぱくさせて、長髪は目を見開いた。

 両手で胸を掻きむしる。

 そのうち、どろどろと口や目や耳や鼻から、大量の血を流して長髪は倒れた。


「フフン♪」

 パチンとジョニ−が指を鳴らすと、とどめとばかりに長髪の首が音をたてて後ろへねじれて一回転した。

 びくんびくん、と全身をけいれんさせて、目を見開いたまま彼は絶命していた。

 満足そうに、ジョニ−は死の瞬間をうっとりと見つめて、残る角刈りに視線を送る。

 彼は大量の汗にまみれて、目を見開いていた。

「あなたも、かかってきますか?」

 にこっ、と笑ってジョニ−がたずねると、角刈りは慌てて顔を横に振った。

 

「これで話は終わりだ」

 冷たい目で田崎を一瞥すると、そのまま兵藤は部屋から出ていった。

 ふう、と小さくため息をついて田崎はハンカチで顔を押さえる。

 すると、

 突然、絶命したはずの小男と長髪がぬうっ、と立ち上がり、血まみれの顔でかちかち歯を鳴らして笑顔を浮かべた

 

「ひいいっ?な、なんだ!」

 あまりのおぞましさに、田崎は全身の毛を逆立たせていた。

 白目を剥き顔の骨格が歪んだ死人が二人、操り人形のようにぶらぶら立ち上がり、声を上げない大笑いをしているのである。

「じょ、ジョニ−ッ!」

 はっと気づいて、田崎は金髪の青年に叫んだ。

 見ると目に涙を浮かべて笑っている。

 

「ハハハハハ、ジョ−クですよジョ−ク、ハハハハハッ!」

 なんと、彼は念力で死人を操って、オモチャにしていたらしい。

 むごい。

 ハンサムな顔に太陽のように明るい笑顔を浮かべてはいても、その青い瞳の奥に悪魔のどす黒さを秘めた男であった。



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