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斎木学園騒動記・間奏4

     ☆        ☆        ☆


「地球──救済計画──?」

 和美は目をぱちくりさせて、繰り返す。

 きょとんとした和美に、エレナはやさしく微笑んだ。

 

「そう、文字通りこの母なる地球を救済する偉大なプロジェクトのことなの。『S計画』って私たちは呼んでいるわ。具体的には、こういうことよ───」

 そう前置きしてから、エレナは語り始めた。

 

「“ソロモンの環”って知ってる? つまりね、私たちははるか原始時代からこの地球で生きてきた生物なわけよ。水と土と空気、そして草木や様々な動物たち───豊かな自然に囲まれてね。で、それら雑多な動植物たちが、今日までの長い年月を共存してこれたのは全て自然界が絶妙なバランスを保っていたからなのよね。どこかで無理がかかれば、自然はそれを修正しようとする。

──例えば、草を食べるイナゴが大発生して、餌である草を全て食べ尽くしたらどうなるかしら?彼らは食べる物がなくて、逆に死に絶えてしまうことになるでしょう。自分で自分の首を絞めることになったわけ。けど、今度は食べる者がいなくなるわけだから、植物たちはすくすくと成長することができ、再び大地を覆う事になるのよ。

 こうして、自然はこの世を上手にコントロールする事ができるのよ。そして食物連鎖の点からも考えてみると、自然界は巨大な“円”を描いているシステムだと例えることができるわ。これがいわゆる“ソロモンの環”ね。その上、すごいことには、このシステムはパーフェクトだわ、自然が生み出した物には無駄がないのよ。すべては巨大な円の流れに沿って成立しているの。うまいことできてるわよね。『生あるもの土にかえる』

 私たち人間も地球上の生物であるかぎり、その大いなる“自然の摂理”に従って生活してきたわ。けれどどこかで人間は間違えたのよ!私たちはいつの間にか自然を支配するようになっていったわ。小賢しい『知恵』などというものを振り回して、自然の一部にすぎない己の身のほどもわきまえずに───

 その結果がどんなものか、カズミ、あなたも知っているでしょう?大気汚染・水質汚染・オゾン層破壊・緑地の砂漠化──挙げ句の果てには『核』よ!人間は自然に対して反逆を行っているようなものだわ。いつか、いえ、近いうちに必ず私たちは自然界から報復を受けるにちがいない。そうなってからでは遅いのよ!」

 

 熱弁をふるいつつ、エレナは興奮した瞳を和美に向ける。そして和美の右手を、両手でしっかりと握りしめた。

 

「実際、すでにその兆しは現れているわ。異常気象や謎の死病、それに傑作なのは“文明病”ね。自ら頼りとする『文明』によって己を蝕んでいるのよ、私たちは。──今の人間はイナゴと同じだわ、後のことを考えずに現在の利益だけを追い求め、その結果生きるのに必要な環境を自らの手で破壊しようとしている──誰かがやらなければ!誰かが先に立って、人類の愚かさを正さなければならないのよ!

 それをやろうとしているのが私たちFOSなの、母なる地球を滅びから救い、ひいては全人類の未来を守る計画がこの『S計画』なのよ。カズミ、お願い協力してちょうだい、私たちにはあなたのような人材がぜひとも必要なの!」

 

 エレナは、和美の手をぎゅっと握りしめて懇願した。熱っぽく語り続けているうちに、彼女の瞳にはうっすらと涙すら浮かんできている。そんなエレナの真剣な表情に気圧されて和美は頭の中が混乱するのを感じた。

 今、エレナの口から語られたのが真実ならば、自分は今までFOSのことを誤解していたことになるのか? まだよく理解できていないが、この人たちのやろうとしていることは、ひょっとして世の中のためになる、非常に素晴らしい事なのではないだろうか。

 

しかし────

 

「あの──それで、どうしてあたしなんかの協力が必要なんですか?」

 おずおずと、和美は聞いてみた。

 エレナは、そんな和美をじっと見つめて口を開いた。

 

「人類が歴史の中で犯した、一番の失敗は何だと思う?」

「え・・・?」

 いきなり問い返されて、和美はあわてた。とっさに何と答えたらいいのか判らない。

 

「それは『核エネルギー』に手を出したことだと思うの。実際、あれこそは自然を破壊する究極の問題物にちがいないわ、放射性廃棄物は自然の力によって浄化する事が出来ないんですもの。なによりも愚かなのは、地球全土を数回焼き尽くすことの出来るほどの核ミサイルを準備してあるという事実よ!

 そこで私たちFOSは、自然を守るためにクリアしなければならない第一の問題点として、『核』の消去を提案しているの。核ミサイルは当然として、原発も許さない。本当の意味での『消去』になるわ」

 きっぱりと、エレナは宣言した。

「けど、それを実現するには非常に大きな障害がたくさんあるわ、まず、『核』を使って世界ににらみをきかせている大国なんかは、この計画を阻止するべく必死で反撃してくるでしょうね。──彼らは強力な『力』を持っている、悔しいけれど『核兵器』は最強よ、今のところあれにかなう武器はないわ、でも私たちはそれを相手に戦い、勝利しなければならないのよ。人類が未来へ生き抜いていくために! これは革命よ!いいえ、聖戦と呼んでもいい、道を外れた人類を然るべき方向へ転換させてやるのがFOSの使命なのよ! そのために、私たちも強力な『力』を持たなければならないわ、『核兵器』に匹敵する巨大な『力』それは──」

 

 エレナは、ぴしりと和美を指差した。


「E・S・P・よ」

 真面目な顔で淡々と語るエレナに、和美はぞっとするものを感じた。

 

「──そ、そんな事・・・無理だわ・・・」

 かすれた声で、彼女はつぶやいた。

「あたしにはできません──」

 

 確かに、自分には他人にはない恐ろしい能力が備わっている。触らないで物を動かせるし、念じるだけで、飛んでいるヘリコプターをはじきとばしたり、戦車を叩き潰したりする事だってできる。けれどそれだけだ、それ以外は普通の女の子なのだ、地球を救済するだとか、人類全体のために革命を起こすなどという大それた話についていくことはできない。和美にはまるで縁のない、別世界の話の様に思われた。

 

 力なく首を振る和美の様子を見て、エレナの声は一層熱を帯びたようだ。

「無理じゃないわ、綿密な計画を立てて、慎重かつ大胆に事を進めていけば必ず成功するわよ。無理だなんて言って、いつまでも立ち止まっていたら何も変えることなどできないの。お願い、カズミ、勇気を出して『S計画』に参加してちょうだい、あなたのように優れたエスパーがFOSには必要なのよ。地球上に存在する、生きとし生けるものすべての未来のために!」

 和美の肩をつかんで、エレナは激しく揺さぶった。

 和美は怯えたような目つきで彼女を見返している。

 

「カズミ──」

 それに気づいて、エレナは軽く唇を噛んだ。

「あなたは、何のために生まれてきたの!」

 不意に、鋭い口調でエレナは問いかけてきた。

「あなたは人生の中で、何を成して何を残すの?」

 

「え・・・」

 和美の目の光が、怯えから戸惑いへとその色を変えた。

 

「あなたが他人との接触を拒む気持ち、私にもよく判る。私自身もこんな能力があるせいで辛い目にもたくさん遇ったわ。別に望んだ訳じゃないのに──何度その問いを繰り返したことか。でもね、確かに望んだ事ではないけれど、こんな身体に生まれてしまったものはしょうがないじゃない。だったら他人にできない事を、自分にしかできない事を活かして、胸を張って精一杯生き抜いてみてこそ、命を輝かすことができる生き方ってものじゃないかしら?」

 

『命を輝かす生き方!』

 なんと気障な、それでいて熱い感情を込めた言い方をするのだろう。

 

「人が一番生きてることを実感する時、それは命をかけてまでもやり遂げようという目的を見つけ、行動している時だと私は思うわ。そして、残念なことにそれは万人が必ず手に入れることができると保証されたものではないの。一生死んだ目をして、うつむいたまま天寿を全うする人もいる。どちらの生き方を選ぶかは本人次第よ。ただ、このS計画は地球を丸ごと滅びから救おうというプロジェクイトよ、普通の人だったらまず出会うことのない大きなイベントと言えるわ、人生を賭けるだけの価値があるとは思わないかしら?」 どう返事をしたものか迷いながら、和美はエレナの必死な表情を見つめている。

「!」

 不意に、エレナの腕の中で和美の身体が硬直したのは、その時だった。

「あ──」

 見開いた瞳は、目の前のエレナを写さず、どこか別の光景を見ているようであった。



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