斎木学園騒動記・間奏3
☆ ☆ ☆
「ティンカーベルが目覚めました」
TVモニターに映し出された和美の画像を見ながら、オペレーターの一人が機械的に報告した。
「ふむ、ようやく目覚めたか──」
脂ぎった額にハンカチを押し当てながら、FOS極東支部責任者の田崎はつぶやいた。常に軍服を着込んでいる所が、なんとなくナチスを連想させる中年太りの男だ。
「捕らえてきてから丸五日間──よく眠っていましたな」
田崎の隣に立つ科学者が眼鏡をずりあげながら言うと、手にしたファイルを田崎に手渡す。
「これが彼女について得たデータです」
言われて、田崎は手渡された書類に目を通した。
「これによると、確かに潜在能力値はものすごいものであることがわかります。我々FOSが実戦に投入しているエスパーの平均の能力値と比較してみても、ずばぬけて優れています──ただ、少し気になることが──」
「なんだね?」
言葉を切った科学者に、田崎が聞く。
「いえ、潜在能力値はものすごいのですが──この五日間に彼女から得たESPの数値からは、まるでそれが感じられないのです」
ぺらりとファイルをめくって、言葉を続けた。
「例えば、この間見せたティンカーベルのサイコキネシスは、飛んでいるヘリコプターをはじきとばすほどの爆発力がありました。しかし、このデータによると今の彼女はスプーン曲げ程度の力しか出せないことになるのです」
「それはまた、ずいぶん極端だな──まさかESPが消えてしまったのか?」
田崎はぎょっとした、苦労して捕らえたというのに使い物にならないなどということになったら・・・
「いいえ、そうではありません。確かに非常に弱くはなっていますが、消滅したわけではないのです。恐らくすぐに強力なESPを使える状態に戻るでしょう」
眼鏡の科学者の冷静な言葉に、田崎はほっと息をついた。ハンカチで額の汗を拭う。
「それにしても、なぜそんなことになるのかね?」
「それです、彼女の能力が不安定なのは、要するにまだ未発達の段階にあることを意味しているのだと思われます。信じ難いことですが、ティンカーベルの超能力はこれからも伸びていく可能性が大です。」
淡々と語られたその言葉に、田崎は目を見張った。
────ティンカーベルのESPはこれ以上まだ強力になるというのか!
信じ難いことである、そんなエスパーの話は聞いたことがない。もし本当に成長していったならば、文字通り世界最強の超能力者に育つに違いない。なるほど、上層部が必死になって手に入れようとしたわけだ。今後この娘は絶対に役に立つ!
田崎は驚きと、喜びとが混ざり合った不気味な笑みを浮かべた。 その横で科学者が、
「未完成で不安定だからこそ、その可能性もたいへん大きいというわけですな」
と、つぶやく。
「ところで、肝心な彼女の『教育係』は誰が?」
「とりあえず、今はエレナに相手をさせておる。だがモノがモノだからな、本部から今日“ダニー”が来ることになっている」
科学者はぎょっとしたようだ。
「──ダニー、ですか? するとティンカーベルを強制洗脳に?」
田崎は首を振った。
「彼女がエレナの説得に応じて、自主的に我々に協力してくれたらその必要はないのだがな」
「そうなって欲しいものですね」
くい、と眼鏡をずりあげながら、彼はTVモニターの中の和美の姿に目をやった。
重々しくドアが開いて、音もたてずに兵藤が入ってきたのはその時だった。
「何の用だ」
感情のこもらない声で、彼はつぶやいた。