斎木学園騒動記・間奏2
〜 間 奏 2 〜
そこは白い部屋であった。天井も、壁も、今自分の寝ているベッドも白い。
目を覚ました途端に視界に入った蛍光灯の光も真っ白だ。
まぶしくて、一度開いたまぶたをもう一度閉じる。
暗いところに目が慣れていたので、目の奥が痛い。今度はゆっくりと開いて、二・三度まばたきをすると、部屋の中がはっきり見えるようになった。
「────」
少女は目を開けはしたものの、まだ、意識がはっきりしていないようだ。視線は宙をさまよい、今、自分の置かれている状況が理解できていないらしい。
だが、そのぼんやりした瞳に段々と焦点が合っていき、意思の光が宿った途端、彼女はがばっと身を起こした。
“ここは?”
ぐるりと部屋を見回す。
窓はなかった。エアコンの通気孔らしい金網が、天井のすみにひとつあるだけの殺風景な部屋だ。
少女──和美の顔がすっと青くなる。
“捕まっちゃったんだ!”
瞬間、斎木学園の校庭での光景が一気に脳裏に浮かび上がる。
その途端、頭がズキズキッと痛んだ。
「はうっ・・・」
割れてしまいそうな頭痛に、和美は頭を抱え込んだ。全身から冷汗を流しつつ、ベッドの上をのたうつ。
すると不意に、頭の上に誰かの手が乗せられた。すうっと激痛が消えていく。
何か暖かい波動の様なものが、自分の身体を包み込んでいるのを和美は感じた。
「う・・・?」
薄目を開けて、自分の頭に掌を乗せている人物の顔を見る。
にこっ。
金髪で青い瞳の女性が優しく笑いかけてきた。
「安心なさい、もう大丈夫よ」
そう言って、和美の髪を軽く撫でる。
「・・・あなたは?」
ぱちくりとまばたきして、和美は問いかけた。
「私はエレナ・ランバーソン、カズミ、あなたの仲間よ」
和美の頭を愛しげに撫でながら、金髪の女性はささやいた。
年齢は三十歳前後といったところだろうか、和美には無い大人の女性が持つ落ち着きが感じられる。
「でも、あなたFOSなんでしょう──?」
和美の瞳に小さくおびえの光が見える。エレナがこくりとうなずくと、その光はより大きくなった。
頭を撫でていたエレナの手を払いのけて、和美ははね起きた。
「ここはどこです! 学校のみんなは? あたしをどうしようっていうんですか!」
大きく目を見開き、両手で胸を押さえてエレナを見つめる。
しかしエレナの優しい表情は崩れない、おびえきって震える和美に対して、エレナは実に落ち着き払っていた。
再び手を差しのべる。
「落ちついてカズミ、恐がらなくてもいいのよ何もしないから───冷静に私の話を聞いてほしいの」
静かに話しかけてくるエレナから、何か暖かいものがにじみ出てきていることに和美は気がついた。
さきほど、自分の頭痛を消したのと同じものであった。思わずうっとりした気持ちになって眠くなってしまいそうな優しい波動である。
だんだんと和美は落ち着きを取り戻していった。肩の力が抜けていく。
それがエレナにも判ったのであろう、くすっと鼻を鳴らした。
「そう、恐がることは何もないの、私たちは仲間なんだから──」
「で、でも!」
抗議しかけた和美を、エレナの青い瞳が制した。
「聞いて、カズミ。FOSについてあなたがよくない感情を持っているのはよく判るわ、やり方があまりにも強引すぎたものね──でも、だからこそ知って欲しいの、私達の本当の目的を」
「本当の──目的?」
エレナの落ちついた瞳が、その瞬間、熱っぽいものを浮かべた。
「そう、“地球救済計画”よ」
その言葉を耳にして、ごくりと和美は喉を動かした。
☆ ☆ ☆
暗い、コンクリートの部屋であった。セミダブルのベッドとロッキングチェアの他には家具らしい家具も見当たらない。人の住む場所というより獄中のイメージが強い。
────兵藤の部屋であった。
室内の照明を全て消し、彼はその長身をベッドに横たえていた。身じろぎひとつしないが眠っている訳ではない、ぼんやりと窓の外に浮かぶ月を見つめているのである。
相変わらず、感情というものを欠いた能面のような無表情ぶりであった。
それでも月を見ている時だけはこの男の殺気がいくぶん和らいでいるようだ。四六時中全身に緊張をみなぎらせている彼が、唯一くつろげるのが、この独房のような寒々しい部屋にいる時だけなのであろう。
誰も信じない、誰にも頼らない、誰にも心を開かない人間にとっては、己一人になれる空間に閉じ込もる時が最も平穏なひとときなのかもしれない。
しかし、そのひとときもインターコムの呼出し音によって中断された。
ぴくりと耳が動き、兵藤の瞳の奥にいつもの殺気をはらんだ危険な光が浮かんでくる。しなやかな動きでベッドから身を起こすと、音もなく部屋から出ていった。
☆ ☆ ☆