斎木学園騒動記4−3
☆ ☆ ☆
省吾と兵藤は、にらみあったまま動かなかった。
どちらも仕掛けるきっかけが見つからないのだ。
校庭の方からは、何かバイクの音や人の叫び声が聞こえてくる。
「始まったな」
兵藤がつぶやく。
「誰が攻め込んでるんだい?」
スキを誘おうと、省吾も声を出した。
「Dセクションだ」
「何ィ!まさか・・・」
「言っただろう、ジョニー・ハミルトンが指揮していると」
にい、と兵藤の唇のはしがつり上がる。
対して、省吾はすっと腕を上げて、ボクシングに近い構えをとった。
しかし、兵藤は足を肩幅に広げているだけで、構えをとっていない。
両腕をだらんと下げた、いわゆる自然体であるそれでいて踏み込むスキがない。
目のせいかもしれなかった。
冷たくギラリと光っている、蛇のような瞳であった。
黒目の小さい、不気味な瞳だ。
それがそのまま兵藤という男を表しているようである。
人以外の気を発散していた。
真夏の日差しのせいで、アスファルトからはゆらゆら陽炎が立つほどなのに、この二人の周囲だけは殺気で気温まで下がっているようである。
街のどこかで、二回目の大爆発が起こった。
二人のいる所からでも、その炎は充分見ることができた。
その音が聞こえた瞬間、二人は同時に仕掛けていた。
「じゃっっ!」
鋭く呼気を放ち、兵藤は跳んでいた。助走もなしに軽々と三メートルは浮き上がっている。猫どころかまるで鳥のようだった。
満身の力を込めた兵藤の飛び蹴りを、省吾は身を沈めてかわした。地に向けて丸くなったその身体が、次の瞬間大きく伸び、バネのように空中へ跳ね上がり、その省吾のいた空間を兵藤の後ろ回し蹴りが走り抜ける。
空振りした兵藤、顔面にスキができた。
その瞬間、省吾の右のかかとが叩き込まれて兵藤は吹っ飛んだ。
「省吾・・・腕をあげたな」
兵藤はたいしたダメージもなさそうに、むっくり起き上がり鼻から流れる血を拭った。
手についたそれを見て、唇のはしをかすかにつり上げる。
かまわず省吾は突っかかった。右の蹴りが兵藤の顔に伸びていく。
兵藤は首を沈めてそれをよけた。うなりをあげて走り抜けた蹴りの風圧によって、髪がぐん、と引っ張られる。
その時、まばたきする間に兵藤は省吾のふところに入り込んだ。
「くっ!」
とっさに省吾は顔の前で両腕をクロスさせ、頭部への攻撃を防いだが、がらあきとなったボディーに兵藤の体重の乗った重いパンチがたて続けに入った。
身を折り曲げて前かがみになる省吾の後頭部に、兵藤は力一杯ひじを叩きこんだ。
「ぐぶっ・・・」
低くうめいて、省吾は倒れ込んだ。顔面から倒れたために鼻を強く打ちつける。
顔をあげかけた途端、すごい力で頭を踏みつけられ、もう一度鼻を打った。
「どうした省吾、一人じゃそんなものか?」
兵藤、ごりごりと省吾の頭を左右に踏みしだきながら、冷たい声で言った。
「てめぇの能力を見せてみろ・・・」
ぺろり、と赤い舌が唇をなめる。
う、うう、と省吾が足の下でうめいた。兵藤がさらに力を込めたのである。
このままでは、省吾の頭はあっさりと踏み潰されてしまうのではなかろうか。
兵藤には、それをやるだけの力があるのだ。
唇をつり上げ、ごりごりという足の裏の感触を兵藤は楽しんでいた。
「・・・む?」
ふ、と足の裏の感触が消えた。テレポートだ!
感触が消失したのを知った途端、兵藤は後頭部に激しい打撃を受けた。ふらついたのをこらえ、手刀を後ろへ振る。
空振り。 空気を裂く音がむなしく聞こえた。
めまいをがまんして兵藤が周囲を見回すと、省吾は右手方向に五メートルの間をおいて出現した。再度、二人は正面から向き合う。
省吾は、つつうと流れた鼻血をぬぐいとった。
兵藤の唇のはしからも赤い筋が流れる。それを先のとがった下でなめとり、くっくっと低く笑った。
「そうだ・・・笑い猫はそうこなくっちゃ、な」
右手の指を目の前に持ってきて、かぎづめのように曲げる。すると、それはかすかに震え、ぐぐっと鋭い爪が三センチほど伸びた。
「そうだね、あんたも本性を出したらどうだい?山猫のさ」
省吾が肩をすくめて言った。骨が折れてもおかしくないほどの打撃だったが、それでもニッコリ笑った所はさすが『笑い猫』である。
再び、二人は動いた。
今度先に仕掛けたのは省吾の方である。兵藤に負けない程の跳躍を見せた。
それを見て、兵藤はほくそ笑んだ。自分も跳ぶ。
軽々と空中の省吾の頭上にまで跳び上がっていた。
空中戦では高く跳ぶものが勝つ!
兵藤の長い足が、省吾に向かって伸びた。一撃必殺の自信を込めた蹴りであった。
空中では自由に動くことはできない、この蹴りをかわす事は物理的には不可能である。
しかし、省吾にはできた。
兵藤の足は空を切った。必殺の一撃をかわされて、がくんとバランスを崩す。
テレポートでかわされたのだと悟った時には、省吾のクツの底が目の前にあった。
次の瞬間、兵藤の長身は地面にモロに叩きつけられていた。
横たわったその身体を、またぐ格好で省吾は降り立つ。
その瞬間、背骨を悪寒が駆け昇った。 とっさにテレポートする。
省吾の股間を狙った兵藤の蹴りは、またもや空を切った。
「やるな・・・うれしくなるぜ」
兵藤は唇をきゅっ、とつり上げ起き上がった。
ひゅううう・・・と呼気をもらす。
省吾はその兵藤の体内に別の“気”を感じた。何か恐ろしく異様なものが発生しつつある。それが何かは判らないが、突然、それよりもさらに大きな不安が省吾の胸にわいた。 省吾のエスパーとしての超感覚が働いたのだ。
瞬間、戦車に突っ込んでいくサイドカーの姿が、明確な映像として省吾には見えた。
「沢村さん!?」
間髪いれず先程とは比べ物にならない火柱があがった。
省吾の注意がそちらに向けられた途端、兵藤は省吾にぶつかっていった。
しまった。 後悔してももう遅い、兵藤の右膝が脇腹にめり込んだ。
「ぐう・・・」
めきり、と骨の折れる嫌な音が響いた。
「まず、あばらを三本・・・」
ちろりと、兵藤は舌を出した。そして左手が飛燕の速さで省吾の顔へ伸びる。
人指し指と中指の二本がぴんと伸びていた。
それらが冗談のように、省吾の両眼にずぶり、と付け根まで差し込まれた。
数秒の沈黙。
そして地の底から響くような省吾の絶叫。
すさまじい叫び声をあげ続ける省吾の眼から、兵藤は顔色も変えずに指を引き抜いた。
どっぷりと赤い血が、その穴から流れ出る。
もちろん兵藤の指も血まみれだ。
彼はその二本の指をじっと見つめると、ふいに口の中に入れた。
しばらく口の中で舌が動き、兵藤は指を、ゆっくりゆっくり抜き出した。
血はきれいになめとられている。
満足気に彼はつぶやいた。
「美味だ」 と。
その足元で省吾は声もなくのたうち、苦しんでいた。
にや〜、と兵藤が笑う。
両手で眼を押さえた省吾の腹に、思いきり蹴りを叩き込んだ。
何度も、何度も、何度も蹴った。
「げっ」 うめいて、省吾は血を吐いた。
それを楽し気に兵藤は見下し、とどめとばかりに頭を踏み砕いた。
いや、間一髪のところで省吾はテレポートして逃げた。
兵藤、周囲を見回すが省吾の姿はない。
「逃げたか・・・・まあいい、これで楽にあの娘が探せる」
ぐり、と兵藤の目がつり上がった。それに、唇からはみ出た白いものは牙である。
ついさっき、兵藤の中に生まれた“気”は血を見、味わったことで急速に巨大化しつつあった。