斎木学園騒動記4−1
ACT・4 BREAK DOWN
「ちょ・・・ちょっと一郎、一体何の騒ぎよ?」
校舎に向けてつっ走っていた一郎を、弥生が呼び止める。そのかたわらに和美がいるのを確認して、一郎は立ち止まった。
「和美を狙って、FOSのやつらが来やがったんだ」
びくっと身体を震わせ、和美の顔が青ざめていく。
「───和美ちゃん」
その手を、弥生がしっかりと握ってやった。
「大丈夫よ」
一郎は周りを見た。さきほど沢村が暴発させた銃声のためか、ほとんどの生徒が何事かと窓から顔をのぞかせているのに気づく。
一郎は大きく息を吸い、叫んだ。
「てめェら、オレの言うことをよっく聞け!」
全校に響きわたる大声であった。ざわめきがやみ、しんと静まり返る。
「先日、一年に相沢 和美っていうヤツが転入してきたのはみんな知ってるだろう。その彼女がエスパーってのも知ってるヤツは知ってるはずだ」
ここで一郎、一呼吸おく。
「実は彼女はFOSとかいう組織に狙われている!昨日のヘリコプターもそうだ。ヤツらは和美をさらうために、今度は戦車を持ち出しやがった。もうすぐここへ来る、のんびり昼メシ食ってる場合じゃねェぞ。戦争だ!戦闘準備をしろ!オレたち斎木学園が、普通の高校と違うって事を思い知らせてやろうじゃねえか!」
一郎は天にむかって拳を振り上げた。
が、すぐさまそれに呼応する者はいなかった。
いくら斎木学園でも、あまりに突然すぎる事件である。急には行動を起こせない。
学園全体がその一瞬、静まり返っていた。
「戦争だと?」 どこかで声が聞こえる。
「戦車がこの学校を壊しに来るっていうの!?」
「冗談じゃねえぞ」
「その上、和美さんをさらうだってえ?」
「面白え、一郎の言うとおりだ、現代高校生の恐ろしさ見せてやろーじゃないの」
「何だかよく知らねーけど、昼メシの邪魔してくれたことだけは確かだ」
「ぶっとばしてやるわよ!」
次第に、学園がざわめき始めていく。今、何が起こりつつあるのかが、ようやく理解できてきたのだ。
「よーし、そうとなりゃその戦車を迎え撃つ準備をしなけりゃな」
「やるぜ、みんなっ!」
『おおっ!』
生徒たちのお祭り騒ぎに火がついた。にわかに学園が活気づく。
「待ってください!」
その騒ぎを中断させたのは、高くそしてよく響く和美の声だった。
「待って下さいみなさん、待って下さい・・・あたしのためにみんなが危ない目にあうことないです!戦車が来るんでしょう?だったらすぐにみんな逃げて下さい。戦車を相手に戦うも何もないでしょう!」
最後の方は、ほとんど泣き声であった。
いくら全校生徒が集まったって、戦車を相手にできるわけがないじゃないか・・・
そう心の中で叫びながら、和美は両手で顔を覆った。
みんなの見てる前で泣くのは恥ずかしいと思ったが、どうにもならない。
とめどなく上下する肩に、誰かの手が置かれた。
一郎の手であった。
「忘れたのかよ和美、戦車ごときこの斎木学園の連中が、いや、この相沢一郎がいるかぎり、たとえ地の底から闇の魔王がやって来ようが宇宙からエイリアンが侵略に来ようが、絶対に蹴散らしてやる」
にっ、と白い歯を見せてたくましく笑う。
「一郎の言うとおりよ、安心して、ちゃんとあなたを守ってあげるわ」
そう言って、弥生も和美の肩を叩いた。
いや、一郎と弥生だけでなく、かなりの人数が和美を取り囲んで集まっていた。
「安心するでござるよ」「大丈夫だって」「なァに戦車の一台や二台・・・」
「あたしに任せなよ」「ひーっひっひっ闘いがボクを呼んでいるう」
「守ってあげるよ」「せやせや、なんも心配するこたあらへん」
「やってやるぜ!やってやるぜ!」
一人一人がはげましの言葉をかける。
「ちょっとやかましいけど、みんなの気持ち判っただろ?」
ほとんど絶叫に近い中で、一郎は和美に言った。
「・・・・」
和美は満面の笑みを浮かべ、また泣き出してしまった。もっとも、今度のはうれし泣きである。
全校生徒の叫び声は頂点に達していた。
その時、学校から少し離れた町中で大きな火柱が立った。
明らかに何かの爆発である。それと同時に、校庭にバイクの集団が突入してきた。
先日、和美をさらおうとした連中だ!
「敵襲だあっっ!」
誰かの叫びに反応して、バイクの集団は一斉に一郎たちめがけて襲いかかってきた。
和美をかばって、一郎と弥生が立ちはだかる。
弥生は背中に仕込んだ木刀“修羅王”を抜き、正眼に構えた。
「オラ!てめェら戦闘開始だあっ、派手にいこーぜっ!」
叫びつつ、一郎はバイク軍団を迎え討った。
バイクに乗って突っ込んでくる先頭の男にウエスタンラリアートをかまし、思いっきり吹っ飛ばす。
きりきりまいしながら、男の身体が後方の連中に叩きつけられた。すごい音をさせて、三台のバイクがひっくり返る。
わあっ、と校舎から歓声がわく。
そちらにガッツポーズをしてみせて、一郎は叫んだ。
「さあてめえら、どっからでもかかって来やがれ、和美は渡さねえぞ!」
バイクの男たちは、一郎を遠巻きにしてエンジンをふかしていた。
一瞬、一郎の怪力に恐れをなしたのだが、すぐに気を取り直したらしい。
バイクから転げ落ちた連中も、むっくり起き上がる。
不気味なことに、こいつらの格好は全て統一されていて、その上動きがどことなく機械的であった。
しばらく一郎をうつろな目で見つめると、こいつらはおかしな事をした。
「あん?」
みんな一斉に、ポケットから取り出した小さなカプセルを口に放り込んだのだ。
ごくり、とのどが動くのが見えた。
「何だ、そりゃ?」
「気をつけなさいよ一郎、こいつら何か変よ」
一瞬たりとスキを見せず、弥生は言った。
修羅王を正眼に構えたまま、ぴくりとも動かない、実に堂にいった構えである。
「明郎、陽平、和美ちゃん連れて校舎に入りなさい、みんなもいったん校舎の中で態勢を整えて!」
「わ、判ったでござる」
「行こう、和美ちゃん」
と、明郎が和美の手を引いて校舎の方へ振り向いた時────、
男たちが、にいっと笑った。
一郎と弥生が、はっとした瞬間。
「ヒャッホーッ!」
雄叫びをあげて、男たちが襲いかかってきた。
「ひゃっ」
一郎が首を沈めたその上を、男の回し蹴りが走り抜けていく。と思うや、すぐさま別の男が殴りかかってきた。
一郎、右手でブロックしたが、そのパンチの威力に驚いた。
並の人間の力ではない、一郎だからこそ平気な顔をして受け止めることができたのだ。気を抜いていたら、骨が砕かれていただろう。
「どういう・・・ことよ・・・これは・・」
横では弥生が、巨大なハンティングナイフの男とつばぜりあいをしていた。
弥生の剣術の腕前は、五段以上とさえいわれている、女だからといって力が弱いはずがない。男と腕ずもうをやっても、よほどの相手でないかぎり勝つ。
その弥生が、今、腕力で圧倒されていた。
じりじり、ナイフの刃が弥生の眼前に迫ってくる。
「くうっ」
弥生は思い切り身体をねじって、ナイフを横へ流した。バランスを崩し、男が前へつんのめる。
その腕へ、弥生は思い切り小手打ちを叩き込んだ。
木刀での一撃である、骨が砕けるほどの打撃だったはず。
しかし、男はナイフを放しさえせず、ゆらりと立ち上がってきた。
なんというタフさであろうか。弥生は内心、舌を巻いていた。
「陽平、明郎!早く和美ちゃん連れて行きなさい。こいつら思ったより手強いわよ!」
「弥生さん、大丈夫ですか!」
心配そうに、青ざめた顔で和美が叫ぶ。
「いいから早く行けっつうの、ここはオレと弥生で充分だ」
向かってくるヤツらを片っ端から殴りつけ、一郎が言うと、地面に転がった一人のポケットから何かがこぼれ落ちた。
カゼ薬のような小さなカプセル。
一郎はピン!ときた。
「判ったぞ弥生、こいつらが強い理由はドーピングだ!」
「ドーピングぅ?それじゃオリンピックで失格するわよ」
必死で男たちの攻撃をかいくぐりながら、弥生が言う。
どうでもいいが、この状況で軽口を叩けるとはやはりすごい。
一郎と弥生は背中合わせになった。
周囲をバイクがぐるぐる回り始める。その数がさっきより少ないのに二人は気づいた。
その時には、校舎の方で大騒ぎする声や、物の壊れる音が聞こえてきた。校舎内に逃げ込んだ和美たちを追って、数台のバイクが入り込んだらしい。
「ちっくしょう」
そちらに行こうとした一郎を、バイクの男たちが阻んだ。
「ええい、邪魔くせえなあ、もう!」
言い捨てて、ぐるぐる周囲を回るバイク野郎をにらむ。
男たちの顔には、得体の知れぬ笑みがへばりついていた。
薬のせいなのだろうか、狂気の色を含んだ目はうつろであった。
ちっと舌打ちして、一郎が強行突破を試みようと決心した瞬間、
いきなり雄叫びをあげて、斎木学園の全校生徒が反撃に移った!
正面玄関から、ずどどど、と学生があふれ出す。
手にモップやら金属バットやら持った女生徒や、空手着を着た男はヌンチャクまで持っていた。
「行っけー!突撃ぃ!」
叫び声とともに、学生軍団とバイク軍団はぶつかり合い、たちまち大混戦になった。
その上、校内放送のスピーカーから、なぜかアップテンポな曲が流れ始めた。
曲は“ルパン・ザ・サード”
「なんだ、こりゃ?」
思わずつぶやく一郎、その時、ディスクジョッキーの声が響いた。
『ハーイこんにちは、“お昼の放送”の時間です。今日はバイク兄ちゃんたちの殴り込みがあってたいへんだけど、みんないい汗かいてるかい?ここはひとつ、このノリのいいインストゥルメンタルを聞きながら、おおいにがんばってもらいたい。
さーあみんな、ストレス解消だ、派手にキメようぜ!』
DJが明るい声で言うと、「おーっ」という反応があちこちで起こった。
「何考えてんだか・・・」
弥生は軽い頭痛を感じて、ため息をついた。
この時点では、全校生徒の誰一人として知る者はいなかった。
これが斎木学園の歴史の中でも、五指に入る大騒動になるということを。