斎木学園騒動記3−2
☆ ☆ ☆
「やあ一郎、どうだった?」
数分後、一郎は部屋に帰ってきた。明郎と陽平が窓から出迎える。
「曲者には逃げられたのでござるか?」
答えず、一郎はむっつりと黙ったまま部屋に入り、ベッドに横になった。
「?」
明郎と陽平は顔を見合わせた。
一体、今のわずかな時間に何があったのか、一郎はさっきまでと同じ状態に戻ってしまった。
と、思ったら、
がばっと、一郎は身を起こした。
「陽平、お前の忍び道具見せてくれ」
「へ?・・・いいでござるよ」
少し戸惑いながら陽平、ナップザックをタンスから引きずり出し、中にある忍び道具を床に並べた。
どこにそんなに入っていたのか、と不思議に思うほど数が多い。
一郎はその中から、カギナワを取った。
「これ、借りてくぞ」
「別にかまわんでござるが・・・何に使いまする?」
「ちょっと夜這いに行ってくる」
そう言うと、一郎は再び窓から外へ飛び出して行った。後に残された明郎と陽平、きょとんと顔を見合わせる。深いため息をついて、一言。
「ついに一郎がおかしくなったか・・・」
明郎は十字を切り、陽平は必死で念仏を唱えた。
☆ ☆ ☆
月光の降り注ぐ中、一郎は女子寮の前で困っていた。
大事なことを忘れていたのである。
「しまった、和美の部屋って何号室だ?」
しばらく首をひねって、出直そうかと考えていた一郎だったが、四階のとある一室からかすかに聞こえる悲鳴と怒鳴り声を聞いて、考えを変えた。
「よし、あいつに聞こう」
一郎は肩にかけたカギナワを、女子寮の屋上へ投げつけた。が、ロープが短くそこまで届かない。
「しょうがねえな」
一郎は、軽く舌打ちすると少し考えた。が、すぐ決心して建物めがけて走り出した。
壁が目前に迫る。
と、ぶつかる寸前で一郎は真上へ飛んだ。異常な跳躍力に物を言わせ、ぐんぐん上昇するが二階までが限度だった。みるみるスピードが無くなっていく。
まずい、こりゃ落ちる。
そう思った時、一郎は壁に足をついた。
今、一郎が行っていることはニュートン力学への挑戦だろうか、はたまた、ただの冗談だろうか?
壁に足をついた一郎は、そのまま上へ壁を走り出したのである。
☆ ☆ ☆
さて、ここは弥生の部屋、今やこの部屋は戦場と化していた。
昼間起こったヘリコプター爆発事件により、新聞部で号外を出すことになり、編集長である弥生のもとで、下っぱ一年生がカンヅメになっているのだ。
「いい?新聞は早さが命よ。明日の朝に間に合わせるんだからね!」
愛用の木刀“修羅王”を片手に、弥生は怒鳴った。途端に、夢中でペンを走らせている少女たちが悲鳴を上げる。
「え〜ん、先輩かんべんしてくださいよお」
「ねむいよ〜、お腹すいたよ〜、テレビが見たいよ〜!」
「口を動かす前に、手を動かすっ!」
びゅっ! 叫びざま、弥生は修羅王を振った。
ただの素振りなのだが、その音たるやすさまじいもので、少女たちはぴたりと騒ぐのをやめ、再びペンを動かし始める。
窓もカタカタ揺れていた、とんでもない素振りだ。噂では、弥生に修羅王で打たれればブロックでも砕けるそうである。一体、どこのどいつが弥生に剣道なんぞ教えたのだろうか、迷惑な話だ。
しばらく、ペンのサラサラいう音だけが部屋を満たしていた。
弥生は壁によりかかって目をつぶり、その音に聞き入っていたが、ふいにぱちりと片目を開けた。
こん、こん。 と窓が鳴っている。何かが当たっているのか?
こんこんこん。 また音がした。多少あせっているようでもある。
「何よ?一体」
前髪をかき上げながら弥生、窓を開ける。が、誰もいない、ここは四階だ。
キョロキョロと周りを見回していると、ふいに下から声をかけられた。
「よう弥生、和美の部屋って何号室だ?」
ぎょっとして弥生、後ろへ飛びすさった。何と一郎が窓枠にぶら下がっている。
「い・・・一郎?あんた何の冗談よ、それ」
「別に、いーからさっさと教えろ」
「彼女?二階の一番すみの部屋よ・・・って、あんた何する気?」
弥生は窓から身を乗り出した。
「あいつ自信に直接聞こうと思ってる。あいつは何者か、FOSって何か」
「いいけどね、彼女ずっと部屋にこもりっぱなしよ」
一郎はぶら下がったまま、下を見た。和美の部屋の窓は開いている。
「あそこから入ればいいんじゃねーか」
「バ・・バカ!死ぬ気?あ───っ!」
止めようとした弥生の手をかわして、一郎は窓枠から手を離した。
そして一郎は壁を、和美の部屋へ向けて斜めに『走った』。