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斎木学園騒動記3−1

   ACT・3 ‘X’DAY前夜

「明郎、あの状態をどー考えまする?」

「一触即発、嵐の前の静けさ、天変地異の前触れ、トイレに行きたいのをがまんしている・・・のうちから選べ」


 ここ、男子寮320号室の思いっきりすみに身を寄せて、陽平と明郎は小声でささやきあった。

 窓辺には、何か物思いにふけっている様な一郎が、満天の星空を見上げており、たまにため息をついたりする。この様な光景はいままでなかった。

 あの根っからの単純男、一郎が物思いにふけるなど言語道断。

 はっきり言って、陽平と明郎には信じられない。

 故に、何かの前兆ではないか?という話になり、恐ろしくて二人とも一郎に近づけないのであった。


「なあ陽平、お宅一郎に話しかけてみれば?」

「冗談!やでござるよ、触らぬ神にたたりなし、そういう明郎こそやればよいのでは?」

「・・・オレだって命はおしいよ、うわわっ!」

 一郎がのっそりと立ち上がって、二人の方へ振り向いた。

 その、何かに取りつかれたような目つきに、陽平と明郎は金縛りにあった。


「・・・は・・・」

 ぼそりと一郎は遠い目をしてつぶやいた。

「腹がへった・・・」

 とたんにグウ、と一郎の腹の虫が響く。


 そういえば一郎は夕食も食べずに、ずっと空を見つめていたのだ。

 暴れ出すんじゃなかろうかと、びくびくしていた陽平と明郎はひとまずほっとする。

「それじゃ非常食をば」

 と言った数分後には、三人は黙々とラーメンをすすっていた。


 ちなみに、一郎の食べているのはこってりした「みそラーメン」

 陽平の食べているのは、これぞ元祖「しょうゆラーメン」

 いやいや、やはりあっさりしたものが、と明郎は「海鮮ラーメン」

 などと、三人とも好みはバラバラである。


 ずずずう、とスープを味わって一郎が顔を上げた。

「・・・お前らさ、どう思う?」

 ふいに、陽平と明郎にたずねる。


「んー?やっぱり“しょうゆ味”でござろう。何と言っても元祖でござる」

「なぁーに言ってんだい。社会は日々変化しているんだよ、元祖だなんて過去の栄光さ。現代人にはあっさりした“海鮮”が合うのさ!」

「む、本当にそうかな?オレとしては“みそ”の力強く男らしい味が好みなんだけど・・って、おい!ちがうっ!」

 いきなり一郎が叫ぶ。

「誰がラーメンの話をしてるっ!」


「ちがったでござるか?」

 きょとんとして、陽平は問い返した。

「いつものように、活発かつ白熱した議論の始まりかと思ったのでござるが」


 この三人は、そんな下らん論争を日々続けているらしい。


「だーっオレは今日の一件の事について聞いてるんだよ!」

「あ、その事ね」


「さっきからずっと考えてたけどよ、オレはあのFOSとかいう人さらいどもが、このままおとなしくひっこむとは思えねェ・・・おまけにあの和美ってのは何者で、どーして狙われるのかも判らねえんだ」

「はて、そーいえば」

 言って、陽平は首を傾げた。その隣で明郎がメンをすすりつつ、

「ま、この学校へ転入してくるんだから、謎のひとつやふたつは持ってても珍しくないけどね」

 ずず〜と、スープを飲みほして言った。


 確かに、この『斎木学園』という学校は普通の高校ではない。

 その特長のひとつに、転校・転入する生徒が異常に多いということがある。

 それだけならいい。

 単に転校・転入が多いだけなら何ら問題はないのだが、不思議なことに転入生に限ってひとくせもふたくせもある連中ばかり集まってくるのである。


 例を挙げれば、一郎と陽平も実は、一年生の終わりに転入してきたのであった。


 ケンカっ早さとタフネスでは類を見ないトラブルメーカー。

 忍術の修行をしている高校生。


 こんな連中が普通の高校に存在するだろうか?

 それにいずれ劣らぬ、個性あふれる連中が通っているのである。


 ここ斎木学園では、大小さまざまな事件がしょっちゅう起こっているのだ。


「ホントに、あの子は何者なんだろうね」

 明郎はため息をついた。


 静まり返った部屋の中に、時計の音がやけにはっきりと響く。

 時刻は十一時をまわっていた。


「むっ!」

 ふいに、一郎は小さくつぶやいて、人指し指をぴんと立てた。静かにしていろと、二人に合図する。


「何だい?」

 明郎が小声でささやくと、陽平が辺りの気配を探った。

「誰か、窓の外にいるでござる」

「な・・・ここ四階だぜ?」

 ささやく明郎をよそに、一郎と陽平は音も無く窓際の壁にすり寄った。

異常なほど敏感な二人には、壁を通り抜けてくるそいつの気配を感じとることができた。


「お?」

 それが、ぷっつり途絶える。


 存在がバレたことに気づいたらしい。気配が消えたのを逃げたと勘違いして、陽平が飛び出そうとした。それを、一郎が目で制する。

 気配は消えたが、やつはそこにいる。何者かも判らないのに、無防備で出ていったらどうなったか。

 完全に気配を消したまま、少しずつやつは移動し始めた。

「ど、どうなったんだい一郎?」

「うるせえ、静かにしてろ」

 そして、さらに一郎は窓の外にいるやつに神経を集中し、居場所を確かめる。


 一郎たちの部屋、すなわち男子寮四階三二〇号室の窓の外はヒマラヤ杉などが密集して生えている。その一本の枝の上にやつはいた。


 猫のようにひっそりと、こちらをうかがっている。

「あののぞき魔ヤロウ、とっつかまえて何探ってるのかしゃべらせてやる!」

 一郎はこう言うのと、手にしたカップラーメンを投げつけるのと同時に行った。そしてすぐさま窓から身を乗り出し、手近な杉の枝に飛び移る。

 両手で枝をつかみ、そのまま鉄棒の選手よろしく大車輪を行い、次の枝に飛び移った。

 その間に、投げたカップラーメンが外れたのを確認した一郎は、舌打ちした。


「くそォ、やっぱ全部食べてから投げればよかったな、もったいない」

 相手の身のこなしや、すばやさに驚くとかいう考えは、一郎の頭にはつまっていないらしい。


 相手も追ってくる一郎を確認したのか、素早く移動し始めた。一郎がさらに追う。

 ふたつの人影が、枝から枝へ舞う。

 落下に対する恐怖はないのか、ものすごいスピードである。

 猿でさえ、追いつくことはできまいと思われた。

 そんな地上四階の高さをも恐れない二人だったが、スピードの点で、一郎がわずかに勝っていたようだ。

 追いついた一郎から、なお逃れようとして別の枝へ飛びかけたそいつの足首を、一郎はがっちりつかまえてそのまま下へ振り落とした。


 殺すつもりじゃない。


 一郎もそいつめがけて逆さに飛び降り、襟を捕まえたところで、片手を枝に引っ掛けてぶら下がった。

 月齢十三日目の月明かりの下で、右手に人間、左手で枝にぶら下がっているのは、とてもシュールな光景だった。

 一郎はその状態で尋問を始めた。


「やい、てめェ一体何者だ、何でオレたちを探ってやがる?」

 男は何も答えなかった。

 宙づりの状態になっても、まだ余裕が残っている。その証拠に・・・・男はくっくっと低く笑い出した。襟をつかまれているせいでぎこちないが、肩をすくめる。


 にこやかな男の顔が、一郎を見上げた。


「沢村さんの言ったとおりだね、たいした腕だよあんた」

「何だ?沢村って誰だ?それに・・・お前は・・・」

 一郎、きょとんとする。


「ま、オレのことは知らなくて当然だけど、ほら、“すくらっぷ”のマスターだよ。で、オレの名前はね」


 一郎は、ようやく思い出した。

「ああ!てめえは昼間のライフル野郎!」

 男はウインクひとつして、

「オレは沖田 省吾、よろしく」と、言った。


「相沢 一郎だ、よろし・・・と、なんでよろしくしなきゃならねェんだよ」

 くわっと牙をむいた一郎に、省吾、くっくっと笑って、せきばらいをした。

「いや、沢村さんからあんたの話を聞いてね、ちょっと興味がわいたもんだから」

「なぁにが興味がわいたから、だ! オレの方こそ聞きたいことは山ほどあるんだ。まず、お前とあのマスター・・・・沢村っていうのは何者だ?それに、昼間のヘリコプターだ、FOSっていうのは何だ?そしてもうひとつ、和美って娘は一体何者だ!」

 しばらく、省吾は何も言わなかった。顔を上げて、一郎の顔をのぞき込む。


「どこまで言ったものかな・・・うーんそうだね、まず言えることはオレたちは味方だってことかな。そしてFOSについては、和美さんを利用するため力づくでさらおうとしている悪いやつら、とでも言っておきましょう」

 ヘラヘラしながら省吾は言った。


「和美のことは?」

 一郎が聞く。

「彼女の事なら、本人に直接聞いてみたら? オレもそろそろ行かなきゃならないんでね」

「おい、まだ話があるんだ離しゃしないぜ」

 一郎は、省吾の襟をつかんだ手に力を込めた。

 一郎の怪力で握られているのである。省吾はどうやってこの状態から逃れるつもりだろう? 余裕たっぷりだ。


「グッナイ」

 そう言って、省吾は笑顔で敬礼した。

 その笑顔が、一郎のまぶたに焼きついた。と、同時に一郎の手の中から省吾の姿は消失してしまった。


「何ィ!?」

 一郎は呆然と右手を見つめた。今まで確かにあった人間一人分の重量がこつ然と消えてしまったのである。


───なんの冗談だ?


 この時、一郎の頭の中に『不思議の国のアリス』に登場する、空中に「にやにや笑い」だけを残して消える、『チェシャキャット』の姿が浮かび上がっただろうか。

月光が杉の林を照らし、一郎の姿を優しく包み込んでいた────。



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