斎木学園騒動記1−1
ACT・1
「さて、どーするか ね」
長い足を机の上に放り出し、相沢一郎は悩んでいた。
「どうするかって・・・どうしようもないだろ」
と、横からメガネの長髪男、宮前明郎が大学ノートをぶらぶらさせている。
「次の世界史のテスト、今さら勉強してもムダムダ、あきらめるしかないね」
「う〜、そういうことではいかんでござる。オレは最後まであきらめないでござるぞ!」 などと、一郎と明郎があきらめきった表情をしているのを無視して、沖 陽平だけは必死で“テスト前の十分間集中勉強”をしていた。
どこの高校でもよくある、休み時間の情景である。
が、そのうち、
「あーっイライラするっ!」
と、一郎が突然叫びだし、教科書片手にブツブツやってる陽平の胸ぐらをつかんで持ち上げた。片手で!
「のわっ、い、一郎、落ち着くでござる!」
じたばたもがく陽平を片手で宙吊りにして、一郎はくわっと牙をむいた。
「ったく、予告もなしにいきなりテストをするってのは何だ?しかも二教科連続だぞ!次の世界史が終わったら、今度は数学だ!すうがくっ!」
「べ、別にオレがやるわけではないでござる!そんなにテストが嫌なら、エスケープすればよいではござらんか!」
ぶらぶらされながら陽平が叫ぶ。と、急に一郎の身体から力が抜けた。同時に陽平の身体も床に落ち、しりもちをついた。
「あ、そうか、サボりゃいいんじゃねェか」
急に、にこやかな顔になって一郎はつぶやく。すると明郎も、
「そのアイディアいいなあ・・・よし、決まった!」
がしっ! 一郎と明郎はがっちり腕を組んだ。そして、じろりと陽平をにらみつける。 陽平は教科書と二人の顔を見比べて、
「判ったでござるよ!オレもつき合うでござる!」
がしっ と三人は手を取り合った。その瞬間、彼らの間には完璧なるチームワークが誕生したのだった。
「よし、エスケープだっ!」
「おおっ!」
その時、
「あーら三人とも、どちらへお出かけかしら?」
こそこそと、教室から脱出しようとしていた三人を呼び止めた少女がいた。
「げっ、弥生か!てめえには関係ないだろ」
「あら、そうなの、あたしにそんな事言っていいの?」
わざとらしく前髪をかき上げながら、少女・・・島村弥生は、ちらりと三人を見た。
ぞっ と陽平と明郎が身をすくませた。こういう目つきをするときの弥生に逆らってはいけない、というのがこの学園のルールだ。
なにしろこの島村弥生、色々な武道に秀でていて、特に剣術となると恐るべき強さを発揮する。段位こそ持っていないが、その腕前は五段以上ともいわれている。
彼女が愛用の木刀「修羅王」を持ち出した時には、血を見なければおさまらない、とも言われている。
斎木学園のことわざ、「キチガイに刃物」ではなく「弥生に木刀」。
これは、ぜひとも覚えておきたい。
しかし、一郎は、そんな弥生に対し、真正面から立ち向かえる数少ない男であった。
たじろぐことなく弥生につっかかっていく。
「ほーう、てめえに何ができるってんだ?」
「学校新聞にあんたの寮での生活ぶり、・・・特にタバコと飲酒の件ね・・・をレポートして職員室に提出してあげる」
「ばば・・・バカヤロウ!そんなことされてたまるかっ!」
ぐぎぎ、と一郎が歯ぎしりする。
それを見て、にっこり笑いながら弥生は手を出した。
「何だ?」
「口止め料。そーね、今回はサーティワンの三段重ねでいいわ」
「ぐぎぎぐぎり・・・・」
弱みを握られた一郎は、歯がみしつつうなずいた。
「おほほほ、じゃあね」
と、走り去る弥生に一郎はあかんべーをして、すぐさま飛んできた上履きを軽くかわした「と・・・とにかくっ邪魔者は消えたぞ、みんな」
「おおっ!」
そう言うと、また三人の男たちは、こそこそ教室を抜け出していった。
その様子を、少し離れた所で見ていた弥生は、
「いつ見ても、こーいうことだけはチームワーク抜群ね。・・・ん?」
ふと、自分と同じく三人組を見つめている少女に気がついた。
あれ?
弥生は首をかしげた。学校新聞部部長という肩書きのため、いつも学校中をネタ集めでうろついている弥生。すでに全校生徒の顔を覚えたはずだったのだが・・・その少女は、名前どころか、見た覚えすらない。
セミ・ロングのふわっとした髪を、横でちょっと結んでいる。くりっとした目の、おとなしそうな女の子・・・・
「ああ、ひょっとすると転入生かな?ねえ、ちょっと あなた」
弥生はその少女に声をかけ、近づいていった。
威勢のいい声をかけられて、少女は多少びっくりしたようだ。目をぱちくりさせて弥生を見る。
「あ・・・はい、何でしょうか?」
オドオドするかと思ったが、意外としっかりした声だった。何となく声をかけた弥生は一瞬、何と話しかけようか迷ったが、そこはそれ、
「あなた一年生?何、あの三人のコト見てたけど、何かされたの?」
「あ・・・いいえ、別にそういう訳じゃないんです・・・・」
「ふうん、それじゃあいつらの誰かに、▽なのかな?」
あまりにズバリと言い切るので、この少女は赤くなってうつむいてしまった。
「いえ・・・あの・・・」
と言うと、耳まで真っ赤な少女は、くるりと振り向いて逃げ出した。
「あ!ごめんごめん!それじゃこれだけ教えて、あなたの名前は?」
たたた、と走っていた少女は、ちょっと立ち止まり、
「相沢 和美です」
そう言って、また走り出した。