09 ループ
「君を我々の一員に取り込む理由の一つは、起点の作成。ループの回避だ。」
[起点?ループ?]
宇宙船は、不可視のまま大気圏を抜け、信じられない速度で太陽系を離れていく。
日本は夜だが地球の暗い面に、列島の形が地上の光で浮き上がって見える。
地球を離れる際に見ていた太陽が、急激に小さくなり、他の星と区別がつかなくなっていく。
「もう、理解していると思うが、我々の肉体には寿命が無い。そして基本的に忘却も無い。」
「このまま、時間を経験してゆき、宇宙の終焉の時、過去への時間跳躍の時が来たら、我々か、その複製体が記憶を持ったまま過去へ戻る事になる。」
「それを、複数回繰り返す事は、累積的に記憶が増大するだけではなく、前回の我々と次回の我々の差異を生み出し、異なる時間の発展を生じる。」
「それは、時間の流れの変化を生み、最悪時には宇宙全ての生命体の滅亡を生む。生命体の無い宇宙の輪廻が、ひたすら続く可能性が有るのだ。直ぐにではなくとも、宇宙が数回輪廻するうちに、起こるだろう。」
ポジティブに言えば、機械歯車の様に同じ状態、同じ動きを繰り返すから、安定性と安全が確保出来る。
差異は確かに、発展を生む可能性も有るが、同時に崩壊と滅亡も産み出す可能性も内包している。
そして、物事と言うものは、たいていが悪い方へと変化する。
[だから、生命の創造をした者ではなく、新しい個体を作って、タイムトラベルさせ、タイムパラドックス崩壊を防ぐのだと?]
「この種の新個体を創る際には、あえて自分自身の原型を使わない様にしている。自分の原型の惑星には立ち寄らない様にしているのだ。」
「君を新個体に選んだのは、我々の主観としては偶然だが、宇宙の時間の流れからすれば、必然だ。君自身が成長し、過去に戻った者は、今現在は別の銀河で仕事をしているだろう。」
「新個体の君達には、我々の記憶をコピーせずに、又聞きの様な形で伝承する。」
「時間跳躍の直前に、我々は一ヶ所に集り、新世界で活動する為の情報共有を行ない、新世代の者に引き継ぐ。とは言っても、内容は更に先代から引き継いだものと、寸分違わないものだが。」
先代、更にその先代から、宇宙の輪廻と共に、脈々と受け継がれる知識と使命。
[俺達、新世代を過去に送った後に、貴方達はどうするのですか?]
「・・・・・原初の生命体が生まれた過去への時間跳躍には、高密度のエネルギーが、大量に必要となる。我々には寿命が無いが、死ねないと言う訳ではない。多くの体験をし、数多の命を産み出し守り、存在目的を完遂して、安らかな終わりを迎えられるのだ。悔いは無い。」
[・・・・・・・・・]
「気にするな。存在目的も無く彷徨い、興味を持った目標も達成出来ず、何も残せない人生も、世の中には多い。それに比べたら、有意義な終わり方だ。」
長い間、生きてきたであろう彼等の思想は、達観している。
「君も、そのうち納得するさ。これは予測ではなく必然だ。」
◆◆◆◆◆
宇宙船は、冥王星軌道の距離まで、地球から離れて止まった。
近くに、他の未来人達の宇宙船も知覚出来る。
「彼等は、地球を含む、この太陽系の常駐監視要員だ。因みに、我々は、他の銀河に生命体を産み付ける仕事があるが、時間が余っていたので、昔に関わった地球を覗きに来ただけの、本来は部外者だ。」
「それで、君を取り込めだのだから、宇宙の必然は恐ろしい。」
「いいか?この出逢いの情報は、極秘だぞ。私達のオリジナルになる存在に知られたら、差異が生じてしまう。」
[共有して良い情報は、生命体の入植に関する情報に限定した方が良いと言う訳ですね?]
「その方が安全だな!ところで、我々のチームには、まだ時間がある。あと数十年間、ここで地球を見守っていても、問題ない。その方が、君も安心だろう?」
そんな話をしながら、遥か彼方に地球を知覚して、ふと、気が付いた。
地球を出てから、数分しか経っていない。
[ちょっと、聞いていいですか?地球から冥王星軌道まで、光でも5時間以上かかると聞いていましたが、自覚時間は10分も経っていない。これは、亜光速移動による内部時間の遅延と言う奴ですか?地球では5時間以上経過しているんですよね?]
その様に思ったのは、地球を離れてから、宇宙船内部の重力がブラックホール並みに高くなり、明確に時間の遅延が起きていたからだ。
「いや、地球時間でも数分しか経っていない。」
[話に有った超空間航法みたいのもしてないし、まさか超光速?]
「いや、超光速にならなくても、光より速く移動は出来るよ。」
[超光速でないのに、光より速い?すみません。意味がわかりません。]