盗賊・2
あれから旅人は森の中を歩き続けました。
ほぼ丸1日歩きましたが、まだ森からは出られそうにありません。
辺りは日が落ち始めていて、静かな森の中にゆっくりと暗闇が広がって来ていました。
「今日はここらで明かそう」
森の木々の中にあって、僅かに広いスペースを見付けた旅人がそう言って、黒猫を呼び止めました。
旅人より道の少し先を先行して歩いていた黒猫が振り返り、戻って来ます。
それから一人と一匹で手分けして小枝を拾い集めます。
適当な量が集まったところで旅人が先程のスペースにまで戻ると、黒猫が集めたらしい小枝の小山が出来ていました。
そこに自身が集めた小枝も落とした後、ついで木の根元にリュックをおろしました。
馴れた手付きで火を起こします。
火が大きくなり始めたところで、大きく広げた口いっぱいに小枝を咥えた黒猫が戻って来ました。
旅人は、リュックからカップをひとつと皿をひとつ、それからお茶の葉とヤカンを取り出しました。
カップと皿はどちらも丈夫で軽い広葉樹で作られた木製で、ヤカンは金属製です。
水筒から水を移し変えたヤカンを火にかけながら、旅人はユラユラと揺れる炎をボンヤリと眺め、黒猫は火のそばで丸くなりました。
いつもの固い干し肉を仲良く食べ終えた頃にはすっかり日が暮れて、辺りは黒い闇に包まれていました。
灯りは木々の隙間から僅かに見える星明かりと、焚き火だけです。
真っ暗な森の中にポツンと浮かんだ明かりのそばで、旅人はごく最近手に入れたお茶を楽しんでいました。
「それ美味しい?」
退屈そうに尻尾を右へ左へとぺったんぺったんと遊んでいた黒猫が尋ねました。
「うん。――飲む? コーン茶だから君も飲めるよ」
「熱いならいらない」
「冷めせば良いじゃないか」
「冷めたら美味しさも半減じゃない?」
「……難儀だね、君は」
旅人が小さく笑います。
実は黒猫は猫舌だったのです。
猫なので。
そんなやり取りをしていると、黒猫の耳がピクピクと揺れました。
丸めていた体を起こして、暗闇へと顔を向けます。
「お客さん?」
「そうみたいだ。たぶん一人」
「盗賊かな?」
「さぁね」
あまり危機感の無い空気のまま、一人と一匹は森の奥へと視線を向け続けました。
しばらくそうしていると、ガサガサと草木を掻き分ける音が、旅人の耳にも届いて来ました。
聞き分けでもするようにその音に意識を傾けていると、茂みから男が現れました。
グレーの服を着たまだ若い男でした。
男は旅人の顔を見るなり何処か安堵した表情を浮かべて、はぁと小さく息を吐き出しました。
「旅人さん?」
男が尋ねました。
「ええ、そうです」
座ったままの旅人が、やや見上げるような格好で答えました。
「助かった~」
そう言って、男は全身から力が抜けた様にその場でへなへなと座り込んでしまいました。