平原のドラゴン・5
「どう思う?」
巨体を揺らし、ズンズンとこちらに歩み寄って来るドラゴンを眺めながら旅人は尋ねました。
「御愁傷様」
黒猫はそれだけ言うと、旅人から離れて行きました。
とても早い見切りと、それ以上に早い逃げ足でした。
そうやって、黒猫は旅人を置き去りにしてスタコラと逃げ出しました。
黒猫は薄情者だったのです。
薄情者が逃げるのを見送ったあと、旅人はリュックを背中からおろすとポイっと草原に放り投げました。
同じように、脱いだマントも丸めてリュックの近くに投げます。
最後にナイフをケースごと外してから、ドラゴンをチラリと見、どうしようかとちょっとだけ迷って、結局ナイフも放り投げました。
旅人がそれらを素早く行った時には、ドラゴンは旅人のすぐそばまで距離を詰めていました。
ちょっと首を伸ばせば旅人に噛み付けるほどの距離です。
「#@△□&*◇§♯○」
旅人を前にしたドラゴンが、口を開いて何かを言いましたが、旅人にはドラゴンがなんと言ったかなんて分かりませんでした。
旅人はドラゴンではないからです。
「こんにちは、ドラゴンさん」
旅人が挨拶しました。
ドラゴンが旅人の言葉を理解出来たのかは分かりません。
それでも一応の意志疎通を図ってみようと思ったのです。
「僕に何かご用でしょうか? と言っても、僕は見ての通りしがない旅人です。お役に立てるかは分かりませんが」
諭すような口調で旅人は言いました。
三十メートルはあろうかという巨大なドラゴンを前にしても、旅人から怯えのようなものは見えませんでした。
代わりに、旅人は落ち着いた微笑みをドラゴンに向けていました。
「♯○@△□&♯」
ドラゴンがまた何か言葉らしきものを発しましたが、やっぱり旅人にはドラゴンの言葉は分かりませんでした。
それでも柔らかな笑みを浮かべて、旅人が言葉を返そうと口を開きかけた時でした。
大口を開けて素早く首を伸ばしたドラゴンが、そのままガブリと旅人の頭に噛み付きました。
一瞬の早業でした。
バリバリと骨の砕ける音が、平原に響きます。
その音を聞くための耳は、旅人にはもうありません。頭ごとドラゴンに食べられてしまったからです。
首から上を失くした旅人の体は、立ったまま噴水みたいに血を吹き出させたあと、パタリと平原に倒れました。
血溜まりが平原の土と草を赤くします。
「あ~あ」
その様子を遠くから見ていた黒猫が、残念そうな声で鳴きました。