平原のドラゴン・3
次の日の朝。
旅人は夜明けと共に起きました。
横で寝ている黒猫を踏まないようにベッドから降ります。踏むと朝から引っ掻き傷を作る羽目になるからです。
カーテンと窓を開けます。
部屋の窓からは街の通りと、畑を霞ませる霧が僅かに出ていて、朝日は既に顔を出し始めていたもののまだ薄暗いです。
少しだけ目を細めて、霧の向こうに視線を向けました。
うっすらと陰影ののぞく家々からは灯りらしい灯りは見えません。
旅人は、ベッドの脇に置かれたリュックから水筒を取り出すと、窓を開けたまま部屋を出て、通りにあった井戸まで足を運びました。
使い古された桶で水を汲み、顔を洗います。
それが済むと一旦水を捨てて、再度汲みなおし、持って来た水筒に水を補給しました。
宿に戻った旅人は、まだ寝ていた黒猫を叩き起こすと、リュックから携帯用の朝食を取り出しました。
固い干し肉を二人でモチャモチャと食べました。
「宿まで来て塩漬けの肉を食べるとは思わなかったよ」
肉切れをかじりながら、旅人が不服そうに言いました。
「炊事場は? 何かあるだろ?」
「勝手に宿の食料に手を出したら怒られるじゃないか」
「……いまさらそれを気にするのか?」
「食べ物の怨みは恐ろしいよ」
ふむ――と呟き、黒猫は肉を噛む作業に戻りました。
朝食か終わると、旅人は腰にナイフをさげ、マントを羽織り、リュックを担いで宿を出ました。
先程よりは薄くなった霧が、まだ立ち込めていました。
「いらない物を売ろうと思ってたけど、人っ子ひとりいないね」
「ほんと街の人は何処に行ったんだろうな?」
そんな事を話しながら一人と一匹は通りを進んでいきます。
人を探すついでに街の中を練り歩く。
街は奥に行くほど建物が増えてきて、代わりに畑が少なくなりましたが、変わらず人の気配はありませんでした。
目につく建物の数が増えるほど、閑散とした街の人気の無さが際立ちました。
昼過ぎ。
街を一通り歩いた旅人は、また宿に戻ってきていました。
ベッドの上に畳まれたマントとナイフ、脇にはリュックが置かれていました。
「どうするんだ?」
黒猫が尋ねます。
「得る物もないし、もう一晩ゆっくりしたら出発しようか」
「街を出る前に、適当に回って旅に必要な物も持って行くか?」
「そんなの泥棒じゃないか」
「いつもやってるだろ」
「人聞きの悪い。僕が取るのは行き倒れた人の遺品とか、そういう物だけだよ」
「似た様なもんだと思うがね」
「全然違うよ。土に埋もれるくらいなら再利用しようっていう話さ。なにより、取っても追い掛けて来る人がいない。そこが一番の違いかな」
少し得意そうに言った旅人の話に、黒猫は、ふ~んとあまり興味も無さそうに返し、大きなあくびをかいたのでした。