たとえ全てを失うとしても
この世界は魔族と人間との争いが何百年と続いている。
数年前に魔族の王である魔王が突如出現し魔族の勢いはさらに強くなっていた。
人族はそれに抗うことができずに徐々にその領地を減らし続けていた。
しかし、それに待ったをかけた四人がいた。
誰もが魔族のことを止まることがない暴走列車と考えていたがその四人の登場により魔族を次々と押し戻していった。
そして、この四人の名は轟きいつしか勇者パーティーと呼ばれるようになっていた。
魔王討伐の前夜。
慣れない地で焚き火を囲む四人の青年たち。
一人は青い光沢を放つ鎧に身を包み腰には大きな聖剣を携えている勇者。
一人は何も装備をしていないがその筋骨隆々とした鋼にも勝る肉体を持っている戦士。
一人は薄い羽衣を身に纏い手には宝石をはめ込んでいる木でできた杖を持っている魔法使い。
一人は何を考えているか分からない無表情の顔で聖なるローブを身に纏う聖者。
「もうすぐ終わるな」
勇者であるクロウが神妙な顔をして薪をくべながら呟く。
勇者パーティーが戦線に出向いてから早二年が経とうとしていた。
魔王直属の幹部たちは既に滅ぼしついに残るは魔王だけとなった。
今、勇者たちが野営しているのは魔族が住む世界、魔界と呼ばれる世界の森の中だ。
「ええ、そうね。ようやくこの戦いも終わるわ」
魔法使いのサリュが溜め息交じりに言う。
聖者であるセリアもそれに無表情のまま頷く。
「お前ら、まだまだ油断は禁物だぜ?ここは敵地。魔王を屠るまでは緊張感を忘れたらいけねーよ」
戦士であるブコツが呆れた表情で言い放つ。
「それもそうだな」
この勇者パーティーは人族で裏に隠れていた実力者たちで結成された者たちだ。
ただ、勇者のクロウだけは違い、クロウはとある国の騎士の一人であったがその実力から勇者として抜擢されたのだ。
魔族を次々と滅ぼしていく様を見た人々がクロウのことを人類最強と呼び始めたほどだ。
サリュは魔術大国で研鑽を積み、さらにその後、自分の研究室に籠もって魔法の研究を続けてきた若くして大魔法使いとなった傑物だ。
ブコツは己の強さを磨き続けて腕試しと称し喧嘩や道場破りを続けてきた歴戦の猛者。
中でもセリアは治癒魔法と真逆の殺戮魔法も扱い幼い頃は神童と呼ばれていた。
しかし、セリアは自分の力を大っぴらにせず小さい村のシスターとしてひっそりと暮らしていた。
その者共たちは一騎当千、それ以上の猛者たちである。
それぞれの動機は様々だ。
戦争をなくすことを望み、魔王の呪いから弟を救うため、恋人の敵討ち、村の子どもたちを守るため。
たとえ動機は違えどその目的は同じ。
魔王を倒すためにここまでやってきた仲間たちにクロウは微笑む。
「それもそうだな。明日が最後の戦いだ。今日はゆっくりと休もう」
それから全員は静かに休息を取った。
翌日、早朝に野営地を払い準備を整えた勇者パーティーは出発した。
目指すは目の先に見える魔王城だ。
幹部が滅ぼされ最強と呼ばれる魔族であってもこの四人にとっては雑兵に過ぎない。
立ち塞がる魔族たちは勇者たちの相手にすらならなく次々と滅ぼされていく。
そして、魔王城に魔族の気配はなくなり残すは魔王だけとなった。
大きな扉の前で全員はお互いの顔を見渡していく。
「やっと……ここまできた。後は魔王だけ……皆生きて帰りましょう!」
サリュがそう言いブコツが答える。
「ああ、もちろんだ。幹部たちであの強さだったが…魔王、どれだけ強いか楽しみだぜ」
「うん。これで皆、笑顔になる」
セリアも頷く。
この旅で皆との結束が固くなり仲が深まった。
クロウは皆の意志の籠もった視線をこの身に受け止めて声を張り上げる。
「勝ちに行くぞ!!!」
「「おう!!!!」」
そして、クロウたちは大扉を思い切り押す。
ギギギ……と地面と扉が擦れる音が響きゆっくりと開いていく。
クロウたちは中に勢いよく入り一直線に走る。
そして、ある程度近づくとその足を止めた。
目の前には広がるように階段がありその一番奥には玉座がある。
そしてそこに若い男が足を組み玉座に肘を付けてクロウたちを眺めていた。
一見すればただの大きなコートを羽織っている人間だ。
しかし、頭には羊のような角、闇のように沈み込まれそうな黒の髪、瞳は血のような赤をしていた。
「ククク、よくここまで来た」
魔王は笑みを零しながら言う。
「お前こそ、よく逃げなかったな!!」
ブコツが指を指して魔王に言い放つ。
「ククク、ハッハッハッハ!!!逃げる?余が?なんと面白いことか」
「お前の重臣たちはもういないわ!観念することね!!!」
次にサリュが言い放つ。
「あなたはもう終わり」
セリアも続けて魔王に告げる。
「ああ、あいつらは良き配下であった。余のために全てを投げ出し散っていった。余に過ぎた者共よ」
「配下の人たちが可哀想だわ。なぜあなたは今まで戦いもせず逃げ続け、この城に籠もっていたのか」
サリュがそう尋ねると魔王は笑いが絶えきれずに漏れている。
「ククク、阿呆どもめ。なぜ余がここに籠もっていたか疑問に思うているというのになぜのこのこときたのか」
ブコツたちは身構える。
「なぜ、誘い込まれたと考えんのだ?余に張り合える力を持つお前たちさえ屠ることができれば余の念願の世界征服も容易く叶う。これで死んでいった者も浮かばれる。ハッハッハッハ」
それに……と魔王は付け加えた。
「なぜ、配下が全て死んだと言い切れるのだ?」
「なに?」
ブコツは眉をひそめる。
そして、すぐに一笑に付した。
「ふっ。戯れ言だ。ならばなぜ今現われないんだ?王のお前を守らないんだ?」
「ククク、まぁよい、すぐに分かる」
魔王は立ち上がりコツコツと歩いて階段を下りる。
「さぁ、一つ提案があるのだが………」
「魔の者の提案に乗るわけがないじゃない!!」
サリュが大声で叫び魔王の言葉を一蹴する。
「まぁそう言うな。余の配下となればそちたちを一国の王としてやろう。少ないというのであればさらに譲歩しよう」
「なっ!?」
「どうだ?いい話だろう?」
「巫山戯るな!!!!!!!!!」
ブコツが頭に血管を浮き上がらせて叫ぶ。
「お前は自分の立場が分かっていないようだな!!」
ブコツの全身が光りだす。
「ほう、それが自身の力を何十倍に倍増するというお前の力か。確かに恐ろしいほど力が内包しておる」
ブコツは少々驚いた表情をするがすぐに平静を装う。
「なるほど、なぜ俺の力を知っているのかと思っていたがまぁ魔王だからな俺らの情報は筒抜けだろうな」
「ククク、それでお前はどうなんだ?」
魔王はブコツの次にサリュを見た。
「もちろん。お断りだわ!!あなたが征服する世界なんて死んだ方がマシよ。あの人の仇……今ここで討ち果たす!!!」
「ハッハッハッハ。そうか。死んだ方がマシか!!これは面白い!ハッハッハッハ」
手を額に付けて高笑いを続ける魔王。
「そうか、それがお前の決断なら止めん」
「私もお断り。あなたは今ここで消えるの。覚悟して」
セリアも聞かれる前にもちろん魔王の申し出を撥ねのける。
魔王は「ククク」と笑い続けているだけだ。
「クロウもきっぱりと断ってやりなさい!」
だが、三人の耳に衝撃の一言が耳に入ってきた。
「いいだろう。その申し出、受けてやる」
三人は一斉にその声の方に錆び付いた歯車のように軋む音がなっているかと錯覚しそうなぐらいゆっくりと振り向く。
「ク、クロウ………今なんて……?」
サリュの声を無視してクロウは歩き始める。
魔王は含み笑いを続けている。
「言っただろう?配下が全て死んだわけではないと」
そして、クロウは魔王を後ろにブコツたちに向かい合って立った。
「お、お前………どういうことだ!!!!!まさか!!裏切ったのか!!!!俺たちを!!!!」
クロウは見えないように伏せていた顔をあげると狂気染みた笑みを浮かべていた。
「そうか…………俺の力の情報を流したのはお前か!!!!!!!!」
見下すような目付きに苛立ったブコツは殴りかかる。
だが…………
ブコツの動きは途中で不自然に止まる。
「せっかくのショータイムなんだ。はやるな」
魔王が魔法を使いブコツの動きを止めた。
ブコツは力を込めるがビクともしない。
全力で抵抗しているが解除するまでにしばらく時間が掛かるだろう。
「嘘よね……?クロウ?嘘って言いなさいよ!!!!!」
サリュは大粒の涙を零しながら大声で叫ぶ。
「クロウ……冗談でもしていいことと悪いことある」
そんなサリュとセリアの言葉を聞き言葉で返さず大笑いをし続けるクロウ。
「もういい!!………それがあなたの本性なのね………。もう!!!許さない!!!!私たちを裏切ったこと!!!絶対に許さない!!!!!!!」
サリュは杖を構える。
それに合わせてセリアも杖を構えた。
完全に敵意を剥き出しにしてクロウを睨み付けている。
その目尻には微かに雫が浮かび上がっていた。
「形勢逆転だな。ククク、先程の威勢の良さが弱まっているぞ?」
歪んだ笑みを見せて笑う魔王。
「ふん!!」
魔王の束縛から抜け出したブコツも拳を強く握り構えを取る。
「何も変わらねぇ!!敵が一人増えただけだ!!!!あいつらぶっ殺したら全てが終わる!!!!!」
「本当にそうなるか?」
そこでクロウが口を開いた。
「うるせぇ!!!!!!!黙ってろ!!!もうお前の顔も見たくねぇんだよ!!!!!!」
「私たちを馬鹿にした罰をその身で受けなさい!!!!裏切り者のあなたもあの人の仇よ!!!!!!!!」
「私は皆に無事に帰ると約束した。あの子たちのためにもあなたたちを好きにさせない」
一斉にクロウに目掛けて向かってくる三人。
「魔王、手を貸せ」
「ククク、いいだろう」
魔王がクロウの横に並びクロウに強化の魔法を次々とかけていく。
「あんたたちなんかに私たちが負けるはずがない!!!!!!!!」
サリュの大魔法、セリアの殺戮魔法を放つがそれを相殺する魔王、ブコツの攻撃をいとも容易くいなすクロウ。
戦いは苛烈を帯びていたが決着は訪れる。
クロウは倒れているかつての仲間たちを見下ろす。
三人は魔力も底をついており身体を僅かでも動かす体力も残っていない。
「フハハハハハハ!!!!余の勝利だ!!!!」
魔王は倒れている三人に近づいていく。
魔王自体も無傷というわけではなく満身創痍で所々に深い傷も見られる。
クロウは剣を振って血を落とした後、鞘に戻し魔王の動作を呆れた表情で見ている。
「ふ、フハハハハハハ。さらば、我が宿敵たちよ!!!!」
魔王は倒れている三人の前に立つと大声で叫ぶ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。あなた………仇…取れなかったよ……………」
身体は動かないが涙は無情にも流れ落ち地面を濡らしていく。
「なんで……なんで身体が動かねぇんだ!!なんであいつを一発も殴れないんだ!!!なんで負けるんだ!!!!!」
歯を食いしばり軋む音を立てるがもう立ち上がることさえ叶わない。
「ううう、約束、守れない……。ごめん……皆………」
無表情を貫いていた顔が初めて悲しみに歪んだ。
そして、魔王は三人を残りの魔力を全て使い完全に消し去った。
塵さえも残らない魔法の衝撃波は凄まじく辺りの瓦礫を吹き飛ばしていく。
衝撃波が収まったとき残ったのは高らかな魔王の笑い声だけだった。
「ハッハッハッハ。ハッハッハッハ。終わった!ついに終わったぞ!!!これで…これで余の時代が!!!!………が?ガハッ!」
魔王は蹌踉めく。
今にも倒れそうになっている魔王はおぼつかない足取りで前に進むことにより倒れることを遅らせている。
魔王にも何が起きているかさっぱり理解ができていない。
自分の腹部を手で触れると血でべったりと濡れた。
「なっ………」
この場には魔王と勇者しかいない。
誰の仕業かそれは自明の理だ。
「勇者!!!!!何の真似だ!!!!!!!!」
魔王が後ろを振り向くと血で濡れた聖剣を片手で握りしめているクロウの姿があった。
その顔には笑みが零れている。
「魔王、一つお前は勘違いしている」
「なに?」
「俺はお前の配下になった覚えはない」
そこでクロウは地面を蹴る。
魔力と体力を失っている魔王に避ける術はない。
一太刀、また一太刀と次々と剣線を浴びていく魔王。
「が、がは!!この力……貴様…」
「俺の力は魔族にしか通じない。魔王お前だけならば俺の勝利は間違いない。利用されていたのはお前のようだな」
クロウは聖剣を鞘にしまう。
「貴様、一体、何が目的だ……。何がしたいんだ……」
クロウは全てを悟った瞳をして微笑む。
「争いをなくすこと。その種を摘むなら俺はどんなことでもするさ。それがかつての仲間を欺き、葬り去ることでもな」
魔王はその言葉を聞くと濁流のような吐血をしてその場に倒れた。
汚物を見るような目で見届けた後、クロウは魔法を使い魔王を塵へと変えた。
クロウは静かに玉座へと歩き始める。
「この世界の争いの種は魔族だけではない。人間同士であっても争いは起こる。いや、起こっていたというべきか」
クロウは誰もいなくなった部屋の中で説明をし始めた。
傍から見れば狂っている独り言だ。
だが、それはまるで自分に言い聞かせているように見えた。
「俺の力は魔族には有力だが、人間にはなんの効力も発揮しない。勇者と呼ばれているがパーティーの中では俺が一番弱い」
クロウは階段をゆっくり一つ一つ踏みしめて上がり始める。
「魔王の出現で一つにまとまっていた国々はまたも亀裂が生まれる。魔王が滅べばパーティーの面々はそれぞれの国に担ぎ出されまた次の争いの種になるだろう。そうなれば俺ではもう止めることができない。もちろん、そうならない可能性もある。だが、争いの種になる可能性がたとえ一%でもあれば無視はできない!!!」
クロウの顔は狂気染みた笑みで歪んでいる。
「魔王の力がなければあいつらを倒すことはできなかった……ハッハッハッハ!!!!!!こうすることが一番の最適解なんだ!!!!俺は間違っていない!」
玉座の前にまで来たクロウは聖剣を抜き始める。
「魔族に悉く破壊された国々は復興に力を注ぐだろう。新に始めるには一回壊す方が早い。そして、その世界に一騎当千の兵など無用の長物」
クロウは抜いた聖剣を掲げてゆっくりと自分の首下に近づける。
「そして、それは俺も含まれ……る!!!」
歯を食いしばり首下に押し当てた聖剣を思い切り引き抜く。
切り裂かれた首から血が噴出し辺りが血で塗りつぶされる。
身体の力が徐々に抜けていきまずは聖剣を落とし、そして立つ力もなくなりクロウは仰向けに倒れる。
この世界の争いがなくなることを祈って………
倒れた勇者の顔は満足そうに微笑んでいた。
そして、その後、国々に勇者パーティーと魔王の相打ちの知らせが流れた。
魔王がいなくなり世界に平和が訪れたと全員が確信した。
しかし、その平和がいつまで続くのかはまだ誰も分からない。
また、いつどこで争いの火種が生まれるか………そうならないことを祈り続けるだけだ。