幽霊と彼女の朝
成仏までの暇つぶしと、彼の幸せを願う私の未練?から塩入渚の恋を応援することになったものの、さてどうしたもんか。睡眠の必要のない私には、考える時間だけはたっぷりある。
「彼」と塩入渚の接点は同じクラスであることだけど、「彼」が塩入渚の話をしているところを今まで聞いたことが無い。あの、告白されたのをからかった命日の会話はノーカンとして。
文化祭で一緒に買い出しをした仲なら一度くらい名前を聞いたかもしれないけど、全く記憶に残っていない。単なるクラスメート以上となるよう、「彼」に塩入渚を恋愛対象として意識させる必要がある。卒業までとなると厳しいけれど、大学が一緒のようだし、時間に制限が無いのは幸いだ。
「まあ、当たって砕けるしかないと思うのよ。」
塩入渚は涼しい顔をしながらそう言った。
壁にかけられたカントリー調の時計はようやく八時を回るところでだった。彼女は自由登校になっても規則正しく早起きするタイプらしい。
幸い私の姿は朝昼晩いつでも彼女に見えることが証明された。幽霊って夜出るイメージだったけど、もしかして一般的な幽霊って夜行性なのだろうか?真昼間から繁華街をうろついてお仲間やお迎えさんを探してはいたけど、行くべき時間を間違えていたのかも。
「今日もあいつのとこ行くの?そのワンピかわいい。」
彼女が手に取ったワンピースは、アイボリーのシフォン素材で春先にぴったりだった。ふわっとした女の子らしさ満載のワンピースは、元気で明るい彼女が着ると健康的でとてもよく似合っている。
「ありがとう。とっておきの勝負服なの。私のイメージじゃないけど。」
「そんなことない。お世辞抜きに似合ってると思うよ。いいなあ、私もうおしゃれできないし。」
塩入渚には見えている、制服姿らしい私の姿が見えないか彼女を至近距離でのぞき込んだけど、残念ながら彼女の瞳に私は映っていなかった。
「なあに?」
「いや、自分で自分の姿が見えないのって結構不便だなって思ってさ。私、髪の毛ぼさぼさだったりしない?当然お風呂にも何日も入ってないんだけど。」
「特に変わりはないし、臭いも無いから安心して。って幽霊でしょ。」
ふふっと笑って彼女は靴下を履いた。順応性の高さには自分が幽霊ながら驚くもので、たった一晩一緒にいただけで彼女はすっかりリラックスしているように見えた。
「あのさ…こういう服って・・・田井君の好みだったりする・・・?」
出たー!恋バナ。
うれしくなって口にしようとした(口無いけど)途端、何も情報が無いことに気づいた。そもそも、「彼」は私が好きだと公言するような男なのだ。ほかの女の子の話題があっても、それが好みだとかそういう話になるわけがない。
なんでもいい、芸能人とか話題にしてた女の子いなかったっけ。あ、苦手だっていうタイプの子はいたな。えーと、名前は思い出せないけど・・・
「ツンデレ暴力系ヒロインは苦手だって言ってた。」
「なんの話?」
怪訝そうに首を傾げられてしまった。そりゃそうだ、答えになっていない。
まずい、このままでは「彼」をよく知る恋愛アドバイザー幽霊としての立ち位置が崩壊し、追い出されてしまう。私は必死になった。
そもそも、「彼」は私の恰好についてすら何か口を出したことはない。かわいいとか似あうとか言われたことはあるけれど、それは私に合っているかどうかという感じで「彼」の好みではないと思うのだ。
「・・・塩入さんはいつも元気なイメージだから、そーゆー女の子っぽい格好しているとギャップがあっていいんじゃないかな。昨日のスカートもかわいかったけど、今日は昨日よりもっとガーリーでいいと思う。」
当たり障りのない回答しかできなかった。それでも、彼女は嬉しそうだ。
「実はちゃんと恋バナしたのって初めてなんだよね。田井君人気あるし、友達に言ったらあー、あんたも?的な反応されそうで。」
「人気が集中する人はいるだろうけど、その人のどこを見て好きになるかは人それぞれじゃない?」
「うん、そうだね、ありがとう。昨日話して思ったんだけどさ、穂積さんて話しやすいし田井くんがらみじゃないといい人だよね。」
「よく言われます。」
とりあえず、恋愛アドバイザーとして今すぐ解雇は無いようでほっとした。情報がないなら集めればいいし、これから挽回できるだろう。
私のことなど全く気にもせず、塩入渚はマスカラを入念に塗り始めた。
改めて、「彼」に恋する女の子がどんな女の子なのかをチェックする。
塩入渚、十八歳。
私が行きたかった、そして「彼」が合格した大学への進学が決まっており、今ノリにのってる女子高生である。
友達も多く、明るくて元気だがうるさくはない。笑顔も可愛くて軽めのボブカットがよく似合っている。中肉中背でスタイルも悪くない。シフォンワンピースからのぞく脚は適度な肉付きでなかなかの美脚と言えよう。
だが彼女の最大の売りは、なんといっても肝の座りっぷりだろう。いくら呪わないと自己申告があったとはいえ、知人レベルの幽霊と一晩平気で過ごせる肝の座り方は肝っ玉かあさんも裸足で逃げ出すレベルじゃないかと思う。
欠点をあげるとすれば、猪突猛進で相手の気持ちを考えて行動することが苦手そうなところか。個人的には行動力のある女の子は嫌いじゃないけど。
総じて、塩入渚は私の好きなタイプだった。同じクラスになったとき、もう少し積極的に話しかけていれば彼女の友達の一人になれていたかもしれない。
私も積極的に「彼」をいじめていたが、彼女も連日執拗に「彼」にアプローチをかけている。昨日は私という邪魔が入ってしまい途中退席してしまったが、初めて外に連れ出すことに成功している。今日はもう一歩踏み込みたいところだ。私という守護霊?も手に入れたことだし。
「そうだ、聞くの忘れてたんだけど塩入さんて霊感あるの?」
「渚でいいよ。あるかどうかは知らないけど、少なくとも幽霊見たのは穂積さんが初めて。」
よろしければ知り合いの幽霊さんを紹介して欲しかったんだけど、それは残念。
「私も七瀬でいいわ。そっかーいないのかあ、幽霊の知り合い。幽霊慣れしてるからもしかしたらって思ったんだけど。」
「幽霊慣れ?何それ、たまたま出会った幽霊が七瀬だったから警戒することがなかっただけだよ。これが知らない人とか血みどろの幽霊だったらさすがに逃げるって。」
「その肝の座り方普通じゃないって。悪いけど、私が生きてて渚の幽霊がきたら逃げるもん。」
十メートルごとに後ろ振り返りながらできるだけ全力疾走で逃げるね。
名前呼びの照れ隠しにそう付け加えたら、そういえば七瀬は陸上部だったから逃げ切れるかもね、と渚が笑った。
「あれ、そういえばなんで私の部活知ってるの?」
渚も、心当たりが無いように首を捻った。
「うーん、田井君が好きだって意識したのは最近だけど、無意識に目で追いかけてたのかなあ。そしたら、嫌でも目に入るじゃん、七瀬。」
ああ、「彼」のオマケね。
「そういえば、渚、家の人は?」
昨日私と一緒に帰ってきてから、他の家族らしい気配がまるで無い。
「うち、共働きで両親どっちも忙しいんだ。今は二人とも出張。玄関に散らばってたヒールは、出張に持っていくのを悩んで落選したやつみたいよ。」
なるほど、このアグレッシブなストーカーを止める人間は不在がちなのね。