彼女の恋バナ
「自己陶酔し過ぎて気持ち悪い。」
塩入渚は死者に容赦なく鞭打つ女の子だった。
「あのさー、わかってるから言わないでよー。もう生き返れないんだし、後悔しても仕方ないとこまで来ちゃってるんだからできるだけ考えないようにしてるんだよう。」
「それで、これからどうするの?」
「ええっと、決まってないんだよね・・・」
「まさかここにずっといるとか言わないよね?」
知人レベルの幽霊に懐かれても、困るのはわかる。
ここでうるさーい祟るぞーとか言えたら強いんだろうけど、幽霊とはなんとも非力な存在である。警戒心を解くためとはいえ、最初に手の内を明かし過ぎたし、この肝っ玉の据わった女には脅しは通じないだろう。
「でも、塩入さんはあいつのこと好きなんでしょ?二人が上手くいくよう協力するし、しばらくここにいてもいいかな?お願い!」
手を合わせる、イメージ。
あれ、手を合わせるのって神様に対してとか死んだ人に対してだよね?幽霊が生者に手を合わせるっておかしくない?
「・・・そりゃ、好きな人の幼馴染が協力してくれるなら心強いけど。でも、死んでるし。」
「じょ、情報とかならいくらでもあるから!それにほら、私が成仏しないと唯一の話し相手としてつきまとうよ?多分、あいつのことが心残りで留まってるんだと思うし。無害とはいえ、私なんかにつきまとわれるって気持ちのいいものじゃないでしょ?」
なんで私が成仏できないのかよくわからないけど、出まかせでしかないこの理由に塩入渚は反応した。
「たしかに、つきまとわれるのは嫌ね。」
ストーカーはストーカーが嫌いなようだ。
「じゃあ、恋バナしよ!恋バナ。あいつと塩入さんて同じクラスなのは知ってるけど、なんで好きになったの?」
今度は私が塩入渚に話をせがむ番だった。
「えっ・・・あんなヘビーな生い立ち聞いた後にする話じゃないんだけど・・・めちゃくちゃ軽いというか・・・」
「そーゆーのがいいんだよ!何気ない日常から生まれる恋。それに、二人の間に接点とかわかんないと協力しづらいし。」
「・・・えーと。それなら話すけどね?」
話は短かった。
高校最後の文化祭。
クラスの出し物でカフェをやることが決まったのは良いのだけど、店名がなかなか決まらずホームルームの時間が押してしまいそうになっていた。
大半が、店名なんてなんでもよくない?という日和見ばかりのクラスメートたちで、ちょっと泣きそうになる議長こと新米委員長の塩入渚。
すると一人の男子が、
「カフェにするって決めたの委員長だし、『海の家』でいいんじゃね?」
と言い出してクラスが爆笑の渦に包まれた。
名前にコンプレックスがあった塩入渚(確かに塩分高そうな名前)は前に出て仕切っていたこともあって、晒し者状態となり恥ずかしくて居たたまれなくなった。
そこに別の男子が、
「『海の家』にするなら、隣のクラスの磯野連れてきて、お前が野球のお誘いをしないといけないな。」
と海の家の名付け親に言ったらしい。
「その、最初に『海の家』って言った奴、中島って名前だったのよ・・・」
「はぁ・・・」
磯野連れて来い発言のおかげで今度は中島君がいじられることになり、塩入渚が嘲笑の対象になったのは一瞬で済んだ。
その、磯野連れて来い発言をしたのが、
「田井君だったという・・・」
「え、きっかけそれ?」
「だから言ったじゃない!でも、でも、わからない?助け方スマート過ぎるでしょ!」
「う、うん。」
否定できない空気だった。
「ち、ちなみに最終的にそれどこに着地したの?」
他のクラスの文化祭の出し物の店名まではさすがに覚えていない。
「店名のこと?それなら『海の家』だと直接的すぎるから、『シーハウス』になったわよ。」
落とし所、そこでいいんだ。
「磯野君は?」
「隣のクラスだから無理よ。単に海の家をコンセプトにした焼きそばとジュースとお茶を提供するカフェになったわ。」
ついつい恋愛要素と関連の薄いところにばかり気を取られてしまった。もう少し、二人の接点を聞き出さねば。
「それで、文化祭を通じて仲良くなったりしなかったの?」
「うーん、同じ買い出し班にはなったんだけど、特に話すことも無くて・・・」
「文化祭の準備のときから好きだったなら、かなり前から好きだよね?告白までかなり時間かかってるけど、その間なんかアプローチしたの?」
ちなみに私はそういうアプローチを受けたという話は「彼」からは聞いていない。
「えっと・・・好きだって自覚したのはわりと最近で。文化祭終わってもなんとなく田井君が目につくなあとか思ってはいたんだけど。自分の気持ちに気付いたきっかけは・・・」
塩入渚は上目づかいで私をじっと見て、軽くため息をついた。
「何?」
「・・・友達のことだし、言い広めたくはなかったけど。死人相手だからノーカンだよね。」
「内緒話?大丈夫、誰にも言わないし言えないから。」
今なら国家レベルの機密を愚痴りたい人にぴったりの存在になれるのではないか。
「私の友達が、日本史の山岡先生が好きで、卒業前に気持ちだけでも伝えたいって告白したのよ。うまくいきっこないからってずっと悩んでて、でも気持ちを伝えれば少なくとも先生の心の中にはちょっとは残れるじゃん!って言ってね。」
山岡先生は今年二十五歳。童顔でメガネをかけていて、ぱっと見大学生でも通じそうな外見をしているからか、生徒からは先生というより「頼れるお兄さん」的な立ち位置だった先生だ。
まだまだ若いから流れるような授業進行というわけにはいってなかったけれど、生徒たちの興味を引くような努力を惜しまない人だった。
「そしたら、ダメ元だったのにOKもらったのよ。」
「え、それ淫行。」
私の中の山岡先生株がストップ安突き抜ける勢いで下落した。
「卒業までは先生と生徒のお付き合い。卒業したら、きちんとお付き合いしようって話だからセーフじゃない?」
「あー、そこはちゃんとしてんだ…それでも、生徒のことそーゆー目で見てたってことでしょ?キモい。」
「一般的にはそーだよね。一応、同じ部の部長と顧問の立場で他の子たちより協力して色々やることあったってきっかけはあったからっていうのは大きいんだけど。」
冷静を装って話してはいるけど、友達とその恋人(先生だけど)を悪く言われて少し頭にきているようだ。せっかく伏せた個人情報、部活まで言っちゃったらバレバレでしょう。
「それで、友達がうまくいきそうに無い恋をしていて、盛り上がったところで触発されたの?」
「そうだね、そんなところ。普通すぎて意外性もないつまんない話で悪いけど。」
平凡には平凡の良さがある。突拍子もなく命を捨てる馬鹿より、よっぽど人生を謳歌できるというものだ。先生と付き合ってる友達を持つことが、平凡と言うかどうかは定かでないけど。
それにしても、今の話は「友達がうまくいきそうにない恋をしていたが成就したのでそれに触発された」だけで済む内容だと思うのだけど。わざわざ先生の実名まで出して話すってことは、誰かに話したくてたまらなかったんだろうな。まあ、幽霊だし私が話す相手もいないしいいんだけど。
「きっかけは平凡なことだけど。それでも、私は田井君のことが好きだと思ったし、たまたま同じ大学に進学することにもなってるし。大学は去年まで別のところを志望してたから、本当に偶然も必然だよ!私、運命的なこのチャンス逃したくないんだ。」
塩入渚は目をキラキラさせながら、ジャスラックに訴えられそうな歌詞みたいなことを言って恋バナを締めくくった。