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サディスティック★ゴースト  作者: 猫宮千世子
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ストーカー・ミーツ・ストーカー1

私の葬式は、死んでから一週間後に執り行われた。 警察の検死をうける必要があったとかで、体をなかなか家に戻してもらえなかったのだ。

葬式で仲の良い友人はもちろん、さして仲の良くないクラスメートたちまで泣いているのには閉口した。受験シーズン真っ只中に彼ら彼女らに与えてしまったショックを考えると非常に申し訳ない気持ちになった。

もちろん、最大限に迷惑をかけることになった両親については言うまでもない。育ててもらった恩を最低最悪な仇で返したのだから。

残された人たちにとって私の死は不可解なものでしか無かったと思う。志望校の判定結果が微妙なものだったとはいえ、入試前日まで勉強して進学の意欲を持っていただけに、自殺の動機は薄かった。遺書もなかったので殺人や事故の可能性も調べられたようだけど、目撃者がいたこともあり私の自殺は証明され、新聞とテレビに小さく登場してひとまず私の死因探しについては落ち着いたように見えた。

とはいえ自殺の理由がわからないので、両親を始め周りの人たちにとって、私の死はそう簡単に割り切れるものではなかった。私は文字通り死ぬほどの馬鹿ではあり、残された人たちを見て死ぬほど後悔した。

全く無関係な正義感を翳した暴力者たちが、我が家に押しかけ子供を自殺に追いやった親だと怒鳴り込んできたときには正直奴らを蹴飛ばしたかった。親がマトモでも、おかしい人間は山ほどいる。最も腹立たしかったのは、私が親を庇うことができない立場であるということだ。死んでしまったら元も子もないというのはよく言ったものだと思う。


「彼」は私が死ぬ前と相変わらず、腑抜けた笑顔を浮かべながら毎日を過ごしていた。入試当日は私のニュースを見ずに試験会場入りできたようで、難なく試験を突破していてあとは花の大学生になるのみになっていた。ショックを受けたのかどうかは、外からではよくわからなかった。


私は幽霊になってしまった。多分。


幽霊は足が無いと聞いたことはあったが、そもそも体と認識できるものが無かった。いわゆる「魂」だけが存在しているという感じで、目ではない何かから私は世間を見ていた。目を使って見ているわけではないので、三百六十度見渡せる。耳も鼻も無いのだけど、音も匂いも認識できるようだった。ただ、触ることができないので触覚は失われているようだ。舌も無いので味覚も無理そうだけど、お腹も空かず眠くもならないこの形状では、見えて聞こえて嗅げるという機能だけでも十分だった。

そして私が私の姿を見ることができないよう、周りも私を見ることができないようだった。死んだのに成仏できないとはこれは困ったと、ここ数日私は自分の部屋にいる。死神だか天使だかわからないが、お迎えに来てはくれないのだろうか。魂だけ存在していても他の人とコミュニケーションが取れない以上、私がここに居たいと思える理由は一つもない。何やら立派な戒名をつけていただいたようだが、私がここにいるということは坊さん仕事しろと思わざるを得ない。

もしお迎えがないのなら、自分と似たような存在がその辺に居そうなのに見かけない。そもそも声も出ないし相手の姿もきっと見えないだろうから、魂同士でコミュニケーションが取れるのか?という疑問はあるのだけど。

やることがなくて暇なので、死んでから数日は家の周りをふよふよと飛んでいたが(飛んでいるという意識は無く、自由に目線の高さが移動できる感じだ)家の前に心無い人間が子殺しと両親が罵倒しに来るのを何度か見かけると気が滅入って外出したくなくなってしまった。

まあ、それでも何かしらにお迎えに来てもらわないと困るし、一人ではやることもない。人通りの多いところに行けばお迎えさんたちはいるのかしらと、近隣のターミナル駅に行ってみたりもしたのだが、自分に添えられた花束を見かけたくらいの発見しか無く、ずっしりとした気持ちにさせられただけだった。いかにも幽霊が居そうな廃屋を巡ったりもしたのだが、お仲間を見つけることはできなかった。ここ数日間、私はひたすらに困っていた。

仕方ないので、暇つぶしに「彼」をストーキングすることにした。受験も終わり、あとは卒業を待つだけになっている「彼」はそれほど外出しない。ストーキングの対象としてはあまり面白くなかった。受験も終わったんだし遊びにいけばいいのに、と思わずお母さんのような心境になる。

それでも一つ、面白い出来事があった。「彼」に告白した同級生、塩入渚が「彼」を訪ねてきたのだ。自分を振った男の家に押しかけるとは、暇つぶしにストーカーしている私からすれば眩しいほどのガッツのある行動力である。

塩入渚と私は一度同じクラスになっただけの薄い関係だったので、彼女のことはよくわからない。明るくてよく笑う子だけど、クラスの中心にいるというタイプではなく、仲の良い友達数人でいつも楽しそうにしていたと、そのくらいの印象しか無い。彼女のグループは女の子ばかりだった。話題のスイーツやネットの動画の話でよく盛り上がっていて、色気のあるグループではなかった。それゆえ、あんまり恋愛に執着するタイプにも見えなかったのでこのガッツはひたすら意外だった。

当初「彼」はけんもほろろに追い返していたけれど、塩入渚は三日連続で突撃してきた。四日目にして、ついに彼女は「彼」を家から出すことに成功していた。


「委員長。迷惑なんだ。」


迷惑なら迷惑って顔で言えよ。とツッコミを入れたくなるほど平和な笑顔で、「彼」は塩入渚と向かい合っていた。

場所は家の近所のカフェ。どこにでもあるチェーンの安い方で、サラリーマンと主婦と勉強する学生という三種類の人種であふれかえっていた。


「迷惑でも結構。知らないだろうけど、私も田井君と一緒の大学に行くんだよ。四月からまた同級生。よろしくね。」


「俺は迷惑結構じゃないんだけどなあ。」


「だって放っておいたら家から出ずに卒業式どころか大学まで行かなさそうなんだもん。みんな心配してるんだよ?佐々木君や山本君の誘いも断り続けてるんでしょ。」


佐々木君と山本君は、「彼」の仲の良い友人だ。「彼」をいじめる私を虫けらみたいな目で見ていた、「彼」思いの友人たち。私の葬式にも来てくれていたが、なんとも言えない表情をしていたっけ。


「ああ、ササとヤマちゃんに頼まれて来てるのか。委員長も卒業なんだから、もうそこまで頑張らなくていいんじゃない?」


「それだけで来ているわけじゃないわよ。」


「うん、だから迷惑なんだよ。俺、君の気持ちに応えられないから。」


「応える気がないんでしょ。死んだ人のことすぐ忘れろなんて言えないけど、あの子異常だよ。何が原因でじ・・・自殺、なんかしたのかわからないけど、絶対田井君が傷つくことわかってやったと思う。」


関係の薄い元クラスメートの行動を、ここまで的確に分析できるとは。アグレッシブなストーカーだけあって、「彼」の行動理念や私の考え方までよく把握していらっしゃる。私は感心しながら彼らのやり取りを見守っていた。


「お付き合いできなくてもいい。でも、自分が好きな人が自宅でふさぎ込んでいるのを見過ごすのは嫌。」


「それは委員長の自己満足でしょ。」


「そうよ。でも、やらなきゃ後悔することはやってみるって決めたのよ。」


「彼」は少し困ったような顔をして、カフェラテに口をつけた。私も久しぶりに飲みたいなあ、と思いながら「彼」の手元にあるカフェラテをのぞき込んだ。あたたかな湯気が出ていて、ふわんと優しいコーヒーの香りがする。

その時だった。


「ひゃあっ!」


突如、塩入渚が悲鳴を上げた。小さな声だったが、周りの何人かは彼女の方を見た。


「どうしたの?」


さすがに笑顔が引っ込み、「彼」は怪訝な顔をした。塩入渚の目線は、彼の隣りにある。あれ、もしかして今、目が合ってる?なんとなくそう思って、私は塩入渚に向って微笑みかけ、手をふるようなイメージをした。すると、彼女の顔がますますこわばった。

これ、確定なやつじゃん。

ここにきて、初めて私を認識できる人に会ったと思ったらその人物が「彼」を好きな女の子だとは。

塩入渚に何の恨みもないし、ここで騒ぎを大きくすることは本意ではない。私は唇に指を押し当て「しっ」となるようなイメージをすると、彼女は少し目を見開き、彼の方を見てぎこちなく微笑んだ。


「ごめんなさい。ちょっと、大きな虫がいるように見えたんだけど見間違いだったわ。」


苦しい言い訳ではあるけど、幽霊とエンカウントした若い女の子の対応としては、なかなか肝が据わっているように思う。


「ちょっと疲れてるのかもね。私、今日は帰る。」


「あ、うん。」


アグレッシブなストーカーの突然の退場に「彼」は戸惑ったようだけど、同時に安堵も垣間見えた。私はと言えば、する行動は一択。自分が見える人間に初めて会ったのだから、追いかける対象を変えるしかないでしょう。

久しぶりにまともにコミュニケーションとれそうな人を見つけて、私は完全に舞い上がってしまっていた。彼女を見失わないよう、でも彼女に見つからないよう、少し距離を取って後をつけることにした。

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