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サディスティック★ゴースト  作者: 猫宮千世子
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お別れ-2

どうやら私の姿は見えておらず、声だけがかろうじて届いているようだった。というのも、あいつの目は全く私の方をみていなかったのだ。

そもそも声で話しかけているわけではないので、どういう風に届いているのか非常に興味深い。渚は私の姿まで見えるのでこちらを見て話してくれるが、声の届き方については死ぬ前に確認しておけばよかった。これからあの世に行くのに幽霊豆知識を増やしても仕方ないことかもしれないけれど。


「今さらどうしたの?もう死んでから半月以上経つんだよ?」


鋭く尖った、糾弾する声色。ここまで感情的なリカルドはだった。せいぜい「泣かせる」が精いっぱいだった私は、ついに彼を怒らせることに成功したようだった。


「わかってる。一応死んですぐにあんたに話しかけたのよ?でも全然気づかないんだもん。気づいてくれたのは渚だけ。」


「なんで、委員長だけ?委員長、霊感あるの?」


「・・・今のところ、見えた幽霊は七瀬だけね。それで霊感があると言えるかはわからないけれど。」


初めて三人での会話が成立した。幽霊と人間が二人だけで会話していれば見えない人には不気味だけれど、生きている人間が二人いれば会話しているように見えるだろう。美花子さんに怪しまれて会話を中断されるようなことが無ければ問題ない。


「声は聞こえるってことは、今まで話しかけてすらくれなかったの?ひどいなあ。」


「話しかけたわよ。でもあんたは反応しなかったの。で、もう質問はおしまい。時間が無いのよ。渚も早く家に帰らせなきゃいけないしね。」


何かを言いたそうにするリカルドを遮り、私は呼吸を整えた。不思議なことに、深呼吸なんてできないはずなのに心が落ち着く感覚がある。


「私、あんたのこと好きだったのよ。恋愛の方の意味で。」


もう会えないとなれば、恥も外聞も関係ない。私なりの、覚悟を決めた告白。


「じゃあなんで死んだの?」


とぼけた質問に、今度は私が感情的になる番だった。


「その愚問、今すぐ撤回しなさいよ。私にも渚にも失礼だから。」


自分でもびっくりするほど怒気が籠る。対照的に、リカルドの表情が悪い方向へ崩れた。いつもの、へらへらとした笑顔になる。片頬に残った一筋の涙の跡が、まるで口だけ笑って涙を流すピエロのようで不気味だった。


「やだなあ。そんなことまで、わかってたの?」


「死んでからよ、色々わかったのも、整理がついたのも。馬鹿だと思うけど、私らしいといえばそうだとも思う。死んだことは後悔しているけれど、結果として良かったんじゃないかと思ってたりもするわ。」


渚が困惑した表情を浮かべ、私とリカルドを交互に目線で追った。失礼ながら彼女を置いてけぼりにしているが、種明かしをするのは私の仕事ではない。


「ひどいなあ、委員長に俺の名前教えるなんて。大事にしてくれていたと思ったのに。」


「大事にしていたわよ。でも、私はあんたのことも大事にしていたのよ。」


「あんなに毎日、俺を貶したりモノを壊したりしておいて?」


「お互いそんな形でしか、お互いをつなぎ留められなかったのよ。最初から関係は破綻していたの。あんたはとっくに気づいていたんでしょう。いつよ、ほかに好きな子ができたのは。」


「ほかに好きな子なんていないよ。俺には七瀬ちゃんしかいない。」


「あんた嘘つくときや事実を誤魔化すときに私の名前に『ちゃん』付けする癖あるわよ。見苦しいからやめて。もう時間が無いのよ、私。本当にいなくなるの。」


いなくなる、と断言するとリカルドの表情が再び崩れた。今度は幼い日に、父親からプレゼントされたミニ四駆を破壊したあのとき見た、あの表情と同じだった。

私は彼の大切なものを破壊し、そして自分がそれに成り代わることで生きてきた。周りの顔色ばかりを窺って、素直に生きない彼が嫌いだった。でも、そんな彼に私にしか引き出せない表情があることが私の悦びだった。彼よりも、私の方が歪んでいた。私は私が彼を幸せにできないことに絶望して死んだ。だから、彼には幸せになってもらわないといけない。それが最後の私のエゴ。


「お願い。幸せになって。相手が私じゃないことは残念だけど、もうそんなことはどうでもいいの。私は、あんたに笑って泣いて怒って楽しく生きてほしかっただけなのよ。」


渚なら、それができる。超お人よしでよく笑うし、怒るし、間違ったことは嫌いだし、まっすぐで素直ないい子だ。幽霊を見て逃げ出さない肝の据わり方もたくましくて良いところだ。


「あんたが不幸せなら、私も不幸せなのよ。じゃあ、そろそろ行くね。」


言いたいことはすべて言った。あとは、生きている人間が決めることだ。


「それは俺も一緒だってこと、死ぬ前にわかってほしかったな。俺も七瀬と一緒に、ずっと一緒に生きたかったよ。ねえ、最後に名前を呼んでくれる?」


リカルドは、渚の耳を両手でふさいだ。渚はびっくりして肩を震わせたが、意図がわかったらしく黙って私を見つめていた。目にいっぱい、涙をためて。恋愛の障害物がやっといなくなるっていうのに、そういう表情はやめてほしい。幽霊と一緒に寝泊まりできるほど肝が据わっている上、何度拒否されても同級生の男の子の家に押しかけるガッツがあるのだから、邪魔な同級生の幽霊なんて万歳三唱で送り出せるくらい図々しく構えていてほしいわ。


「バイバイ、リカルド。」


結局、私の姿が彼に見えたのかどうかはわからない。けれども、私の言葉に顔を上げた彼と最後に目があったような気がした。それだけで十分だ。

渚にもお別れを伝えたかったけれど、別れの言葉がきっかけのように吸い込まれるような感覚があり、目の前がホワイトアウトした。そのまま私はどこかに引っ張られていった。

今日中ってまだ時間あるじゃん、と思ったら、耳元でおばちゃん天使のささやきが聞こえた。高校生は二十二時までよ、と。

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