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サディスティック★ゴースト  作者: 猫宮千世子
16/18

お別れ-1

天使のおばちゃんは「想いの強い共通点があれば、霊の姿が生きている人間にも見えることがある」と言っていた。

リカルドと私の共通の想いの強さといって思い当たることは一つだけある。もしかしたらそれを使うことで私の姿が見えるかもしれない。でも、見えない可能性もあるし渚にそれを伝えること自体が躊躇われた。それは私が死んでも唯一持っていける宝物を託すようなものだからだ。

けれども迷っている時間は残されていない。時間があっても、あればあるだけ悩むことはわかっているのでむしろ踏ん切りがつく。

私は渚に宝物を託し、そしてリカルドに本当のことを話すようにお願いした。つまり、私が死んだあと幽霊になり、昨日から渚と一緒に行動しているということをそのまま伝えてほしいということだ。渚にとってかなりリスクがあるお願いだ。頭のおかしい子と思われる可能性も大きい。

それでも渚は、私の宝物と引き換えにそれを引き受けてくれた。「誰も知らない田井君を知ることができたんだから、いいわ。」と。それは建前だと思う。彼女は超がつくお人よしには違いない。


少し早い春の夜に浮かぶ月は満月には足りない不細工なふくらみを帯びていた。

九時過ぎの住宅街には、ひんやりとした空気が漂う。時折家の中から楽しそうな笑い声が聞こえるが、ポツポツとした街灯に照らされた通りは対照的に寂し気な表情で佇んでいた。


「覚悟決めたとはいえ、こんな夜に押しかけて、おうちの方にまで嫌われるわね。」


渚はため息をついた。洋服は今朝着ていたワンピースに戻しているけれど、少し肌寒くなったので上からすっぽりと覆うキャラメル色のポンチョコートを着ている。


「本当にごめんね。迷惑ばかりかけて・・・」


「ま、死んでから今日までのモラトリアムを、何の収穫も無く過ごすのも気の毒だしね。私は多少マイナスになっても生きているから挽回できる。でも、あなたはそうじゃないし、田井君もそうじゃない。」


「ディスられてんな、私。」


「ディスるしかしてないわよ。」


まあ、そうか。でも、結局は私のために動いてくれる。私のためにしか生きなかった私とは大違いだ。

リカルドの家に着いたのは九時ちょうど。渚はためらいがちに呼び鈴を押した。招かれざる客だった私は生きている間にこの呼び鈴を押すことは一度もなかった。


「はあい。どちらさま?」


インターホンには美花子さんが応じた。


「夜分に恐れ入ります。リョウさんのクラスメイトの塩入です。リョウさんにお返ししなくちゃいけないものを忘れていて、こんな時間で申し訳ないんですけど少しお時間いただけますか?」


「あらあら、こんな時間に女の子一人で・・・わざわざありがとね。ちょっと待っててすぐ開けるから。」


すぐにパタパタと廊下を歩く音がして、渚は慌ててポンチョを脱ぎはじめた。脱ぎ終わらないないうちにドアが空き、美花子さんが顔を出す。お風呂上りのようで化粧は落ちている。すっぴんだと愛子ばあちゃんに似ていることがよくわかる。


「いらっしゃい。ああ、そんなコート脱いだら寒いんだから気にしないで。もう、女の子がこんな時間に出歩いちゃだめよ。帰りはリョウに送らせるからね。ちょっと待ってて、リョウ、塩入さんよ。」


「え?」


階段の上からリカルドの声がして、ああ、これも聞き納めだなあと変な余韻に浸る。


「委員長?こんな時間に?」


「あなたに返すものを忘れてて、わざわざ来てくださったみたいよ。もう、帰りは送ってあげなさいね。」


「俺に?」


トントンと階段を下りてきたリカルドは紺色のパーカーにグレーのスウェットというくつろぎスタイルだった。今生のお別れにふさわしい日常ファッションだ。

リカルドの目線は疑惑の念に満ちており、渚に嘘をつかせ続けることに罪悪感でいっぱいになった。リカルドも、好きな女の子にそんな目を向けちゃダメでしょう。


「どうぞ上がって、お茶出すから。」


「いいえ、こちらで結構です。」


で、いいんだよね?という目配せを渚がする。私はうなづいた。さよならの時間が長ければ長いほど、別れがたくなるような気がする。本当はまだこの世にいたいしリカルドと、そして渚とも一緒にいたいと叫びたいような気分だったけど、そうして何が変わるわけでもない。自分に嘘はつかないけれど、みっともない姿を晒したくないというのも本音だ。死んでもなお、人とはプライドが棄てられない生き物らしい。


「そう、じゃあリョウ。塩入さんをちゃんと送ってあげるのよ。」


美花子さんはリカルドに鋭い視線を送りながら念押しをした。このおばさんの絶対命令をリカルドは断ることはできない。

少し名残惜しそうな表情を浮かべつつ、美花子さんは席を外した。気まずい沈黙がしばし漂う。

それを先に破ったのはリカルドだった。


「それで、何?返すものって。」


「ごめんね、嘘をついたの。でも、用事があったのは本当。こんなこと言っても信じてもらえないだろうし、痛い人扱いされるかもしれないけれど。私が七瀬と話すようになったのって、七瀬の死後なの。」


リカルドの表情がより険しくなった。


「えっと・・・どういうこと?」


「今いるのよ、七瀬がここに。私にだけ、見えているの。」


リカルドの目線が、渚の斜め後ろにいる私の目を捉えた。と、感じたのはきっと私だけ。


「委員長は・・・そういう冗談は言わないと思うけど・・・」


「・・・リカルド。」


石化する呪文をかけられたかのように、リカルドの表情が固まった。私が、渚に最後に託した財産。


「七瀬が教えてくれたわ。田井君の本当の名前。七瀬は田井君の名前を大事にしていたし、田井君もお父様につけてもらった名前を大事にしていたのね。」


「・・・本当に、七瀬から聞いたの?」


リカルドは信じられないというようにつぶやいた。その言い方で確信する。あいつめ、やっぱり気づいていやがった。「勘のいいガキは嫌いだよ」というどこかのアニメか漫画のセリフが脳内を過る。


「七瀬はその名前を絶対に誰にも言わないと思ってた。俺たちの絆だから。」


「信じた?七瀬はあなたに失恋したから死んだって言ってたわ。」


「全くあの子は・・・あの日、キスまでしたのに全く俺を信じてくれなかったんだな。」


この期に及んで、渚にショックを与えるか。お前が彼女を傷つけるだけ自分だって傷つくくせに、マゾヒストなのかサディストなのかはっきりしろ。


「リカルドの馬鹿やろう。」


意図せず零れた言葉に、リカルドがぴくっと反応した。


「あれ、今・・・」


「聞こえてんの?」


声(厳密にいえば私のは声じゃないけれど)が被る。


「・・・七瀬?」


「はい。」


声の強弱を調整できる声帯が無いので念じるしかないのだけど、できるだけ大きく響くように神経を集中させた。


「七瀬、そこにいるの?」


「いるよ。馬鹿リカルド。」


リカルドの目が見開き、驚きの表情になる。そのまま、左目から一滴の涙が零れ落ちた。お別れの表情としては上出来だ。

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