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サディスティック★ゴースト  作者: 猫宮千世子
10/18

彼女の恋バナ2

子供のころから理不尽な大人の暴力に遭っていた「彼」は、基本的に必要とされることを喜ぶ傾向があった。目立つことは嫌なようだけど、クラス対抗のリレーの選手だとか、クラスの雑用だとか、そういったことは喜んで引き受ける性質だった。

ただ、一人の異性として告白されたときはなし崩し的に付き合うことは無く、きっぱりと断っていた。その上執着されないよう持っていくことが天才的に上手かった。

一言でいえば「懐柔」だ。

告白してきた中には、渚タイプのような押しの強い子も前にいた。まずとりあえずは友達になる。だけど「彼」はいつも私を優先する。気の強い子ほどプライドが刺激され、怒りを溜めることになる。そうなれば後は、「今後もこういう付き合い方になるけれどそれでいいの?」と背中を押す。それでいいわけなんかないので、自分に望みが無いことに絶望するか、「彼」の紳士的とは言い難い対応に呆れるか、ともかくたいていはこれで離れていく。

ストーカー気質の粘着タイプには、幻滅させるような「彼」を見せていく。世渡り上手で人当りもよく、見た目も良いといういわゆるスキのない優等生タイプな「彼」が、できないことや私に甘えているところなんかを目の当たりにすると、これもたいてい幻滅して離れているのか。

渚はこのハイブリッドタイプな上「諦めたら負け、自分がやり切ったと思うところまではやる!」というガッツまでついているので、相当手ごわい相手ではあるけれど、「彼」が手玉に取れない相手ではない。

粘着されたくない理由がある、と思う。

私を失ったショックでそっとしておいてほしい、というのは一見もっともそうな理由ではあるけれど、それだけでは腑に落ちない頑なさを感じていた。


「文化祭の準備のとき、二人で買い出ししたエピソードって無いの。」


渚は帰り道、終始むくれた顔をしていた。私が思ったより役立たずであったのが気に入らないのだろう。こういうとき、空気を読んではいけないと思う。天気の話をするように何気なく、私は切り出した。

早めのランチを終えたばかりで日はまだ高く、まっすぐ帰るにはもったいないくらい天気が良い。青空のキャンバスには二、三箇所、乱暴に筆をし押し当てたような雲がたなびいている。私は歩いて行ける距離にある、大きめの公園に渚を誘った。小さな池で数羽の鳥が水浴びを楽しんでいて、その向こうにある小さなテニスコートからは歓声が聞こえる。声の大学生のサークルかもしれない。

渚は日当たりの良いベンチを選んで腰かけた。私なら日焼けが気になるが、ここなら三月の陽気でも暖かいのは確かだ。


「二人で?ああ、あるけど、本当に業務的で特にこれって思い出は無いわね。」


「結構大事だから。どんな些細なことでも構わないから思い出せる?」


「うーん・・・あのときは・・・ポスターの正書をしている最中にマーカーがいくつかインク切れして、生徒会から支給されてた予備も無くなって、仕方なく坂の上にある文房具屋に行くことになったのよね。『マーカー買ってくる』って言ったら、『ハレパネもお願い』ってだれかに言われて、結構大きなものだから男子がついて行った方ががいいだろうってことで、田井君が行くことになったんだけど・・・ちょうど彼がやってた作業がひと段落して手が空いたところだったから、そこに大きな理由は無かったと思うよ。」


「うんうん、それで?」


「お店に着くまでは、会話はあったけど何話したかあんまり覚えてないわ。たぶん、作業の進捗の確認とか、そういう事務連絡みたいなものだったと思う。田井君は造作やってて私はポスターを手伝ってて、作業自体にあまり絡みがなかったしね。それでお店で買い物済ませて、普通に帰った・・・と思うんだけど・・・」


そこで渚は言いよどんだ。


「・・・そうだ、犬だ。犬が飛び出してきたんだ。」


「犬?」


「うん、普通に散歩されてた犬。それが、私に向かって急に突進してきて。結構大きなゴールデンレトリバー?だったと思うんだけど、昔飼ってた犬に似ていて。思わず、買い物袋放り投げて抱きとめちゃったんだよね。」


「へえ、そのときあいつは?」


「そうね、びっくりして笑ってたわ。『すげーな!普通逃げない?』って。飼い主さんからは平謝りされたけど、制服がちょっと汚れたくらいでがっちり受け止めたから尻もちついたりとかもしなかったし、マーカーも無事だったし。言われるまですっかり忘れてたけど、そんなこともあったわ。」


渚はそのときのことを思い出したように、ふっと笑った。眉間のしわがとれ、あっという間に恋する女の子の顔になる。


「あのときの笑顔はよかったな。なんで、今まで忘れていたんだろう。」


このエピソードから、「彼」が渚を嫌うような要素は一つもない。もちろん、渚視点なので別の見方もできるけど。

私の仮説を裏付けるには弱いので、一つ渚にお願いをすることにした。


「話、聞かせてくれてありがとう。そして厚かましいとは思うんだけど、このまま私の家に行ってくれない?」


渚は、わけがわからない、という顔をした。先ほどの実りの無いランチ会といい、そろそろ渚に説明責任を問われても避けられないな、とは思う。


「一通り終わったら絶対に全部説明する。渚の恋に不利益になるようなことはしない!だからお願い!」


再び、生者に手を合わせる死者。お願いに対する見返りを何も返せないのが死者の辛いところ。


「一応、自殺した友人の家を訪ねるのに相応しい格好はさせて?」


渚は自慢のワンピースの裾をつまみんでみせた。せっかくお洒落してるところ、大変な気遣いをさせてしまい申し訳無い。

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