06 近侍の倦怠
なんなんだ、あいつは。
白い廊下を大股で歩いて行く青年が一人。
「確かに…!次に聖女が立てばその時お前が近侍だと言われてはいたが……!!」
あれは、ひどい。あまりにもひどい。
何も知らないことを良しとするような無垢な瞳。己の感情も管理できない力量の無さと優順不断さ。
そしてなにより………
(あれは、俺の神経を逆撫でする。)
端的に言うと、合わない。彼の主面相である今の自分に、彼女のルーズさが耐えられるとは到底思えなかった。
考えれば考えるほど苛立ちは増す。それに、問題はそれだけではないのだ。
(あいつが来てから、他の奴らがうるさい。)
他の奴らというのは、彼の別側面である残りの三面相のことだ。どうやらあの聖女のことが気に入らないのは自分だけらしく、脳内に響く楽しげな会話は耳障りでしかなかった。
(…うるせぇ)
そんな呟きが聞こえたのか、返事が返ってきた。
「…そんなに嫌いなら…僕に変わってくれればいいのに……」
「いえ、私に変わってください!私はまだあの方にあの時の謝罪が出来ていません。」
「………おれ………やる………」
はぁ…とため息を吐く。そして言い放つ。
「絶対、変わってやらねぇ。」
これは俺の体だ。お前らなんざにはやらねぇ。
そうしていつの間にか立ち止まっていた足を踏み出そうとした途端、外の世界から声をかけられた。
「やぁやぁ、今日も仲良くやってますね〜?」
手を振りながらこちらへ歩いてくる。右手には何やら分厚い冊子が抱えられていた。
嫌な予感しかしない。しないが、逃げる訳にもいかない。
「……トゥーシェ」
「おっ、私の名前を覚えていましたか〜。それは良かったです!」
ニコッという擬音語が聞こえそうなほどの表情で破顔すると、やはりというか、右手に抱えていた長方形のものを押し付けてくる。
「これ、新しい聖女様を教育するための書類です〜今回はあなたが近侍を務めるんでしたよね、どうでしたか〜新しい聖女様は?」
嫌な記憶を思い出させてくれる。
「…はっきり言って不快だ。本当に近侍は俺じゃなきゃいけないのか。」
「昔みんなで決めたじゃないですか〜順番にやるって。ルールには従ってくださ〜い。」
やれやれと大袈裟に首を振られ、無理やり冊子を持たされた。
いまにもうげ…と言いそうな顔に気づいたのか、追加で言葉を重ねてくる。
「…それにぃ〜あなたが不快だと思わない人なんているんですかねぇ〜今も私のこと不快だと思ってるくせに〜。…知ってるんですよ?」
「あぁそうだな。不快だ、消えろ。」
「はいはい消えますよ〜っと。じゃあそれ、聖女様に渡しといてくださ〜い」
トコトコと来た道を帰る姿に肩を下ろしつつも渡された冊子について考えていると、またも同じ声に呼ばれた。
「そうだフォルト。」
くるりと振り返った少女になんだ、と声を返す。
「聖女様にはや、さ、し、く、ね。」
意味ありげに口の前で人差し指を立ててウィンクをする彼女に返す言葉はただ一つ。
「…早く帰れ。」
きゃ〜と声を上げながら走り去るトゥーシェを見送り、はぁ…とまた深いため息を吐いた。