00 女王の死
「白薔薇の女王」
私にはそんな異名がある。
容姿や育ちを表しているのではない。私はれっきとした日本人だ。髪は黒、染めてなどいない。日本人はせっかく黒く美しい髪を持つのに何故染めてしまうのかと海外の友人は嘆いていた。まったくもってその通りだ。
家柄もお嬢様と呼ばれるようなそんな大層なものでは無い。ごく普通の家庭である。
そんな私は現在一人暮らし、大学生ライフを満喫中。暇さえあればゲームの日々を送っていた。
私が主にプレイしているのはスマホゲーム。
「Rose Chess」
このゲームは、名前に「Chess」と入っているが普通のチェスとは全く違う。
プレイヤーは1人につき1つの駒しか使用できず、それぞれの駒の持つスキルを使い対戦する。
どの駒を使用するのかはマッチング時にランダムで決定、いわば16対16のキングもポーンも関係なく自分が有利になるよう動きつつ味方も勝利に導かねばならない、課せられる制限の厳しい新感覚MMOなのだ。
そして薔薇とつく由縁。
それは駒によって所持している薔薇の数が違うところにある。キングなら12、クイーンなら11、ビショップなら10といった具合だ。
要は駒を使用した薔薇戦争なのである。
ちなみに薔薇争奪戦なのに何故白薔薇と紅薔薇ではないのかというと、単純にチェスの色が白と黒だからだ。
作品の設定では黒薔薇のキャッチフレーズに、「血を流した果てに黒く染った薔薇に復習を誓う」というものがある。
ただこれだけだとどう考えてもキングやクイーンなどの薔薇を多く持ち動きやすい駒が有利になってしまうので、他にもスキルやオプション、そして課金による制度がある。
「最大の敵は味方。白なら白、黒なら黒、どれだけ味方を騙し多くバラを奪い取ることが出来るか。」
話は戻るが白薔薇の女王ことこの私はRose Chess、白薔薇鯖の古参プレイヤーなのである。
黒薔薇鯖を選べば問答無用で黒髪となったであろうキャラメイクは、白薔薇鯖を選んだことで銀髪のショートボブに蒼い瞳の聖騎士となっていた。
日本人は黒髪であるべきだと言ったがそれはあくまでリアルの話であってゲーム内では適用されない。リアルとネットは違うのだ。ネット世界であればどんな髪色だって愛せてしまう。
それにしても…
「聖騎士なのにどうして女王なのよ。」
どこかその異名を気に入っている自分もいるらしく、それに合わせて課金装備であるドレスとアイマスクを買ってしまったのはもはや病気と言えるだろう。
期待を裏切りたくない、裏切らせるつもりは無いというほどにかなりの自信があった。
そう、昨日までは。
長年人気を誇ってきたゲームだけあってプレイヤー数は多く、白薔薇の女王の失脚は直ぐに話題になった。と思う。思うというのはそれから怖くてスマホを開けていないから実際には知らないのだ。
はぁぁ…と震える息を吐く。押し寄せる虚無感に胸が押しつぶされそうだった。
相手は黒薔薇のキング、黒薔薇鯖上位プレイヤー。「暗炎の王」。
片や水や氷を媒介としたスキルを故する白薔薇と片や炎を媒介としたスキルを有する黒薔薇。
油断していた訳では無い。それでも、手も足も出なかったというのが事実だった。
うずくまっても仕方がない。所詮はゲームなのだ。何度だってやり直せる。
そう思っても、積み上げた経歴と信頼を一度に切り崩された喪失感は簡単にぬぐえるものではなかった。
「私は…負けたんだ」
たった一度の負け。たったの一度。次は勝てばいい。それだけなのに、どうして立ち直れないんだろう。
今まで数々の失敗を繰り返してきた。一度目の失敗はかなり落ち込んだ。それでも繰り返し失敗を重ねることで得た経験などなく、ぬるま湯に使ったようにその温度に慣れていった。
今回もそうなるのか。
自分の愛したゲームでそうなるのは絶対に嫌だった。そうなってしまうのが怖かった。だから日付が変わってからもログインすることが出来なかった。数多のSNSで書き込まれたであろう囁きも、自分のアカウントに届いてあるであろうリプライも、見ることが出来なかった。
全く、情けない話だ。
昨日をもって、白薔薇の女王と謳われた私は死んだ。
初めまして。紫暮りらと申します。
ゲームが大好きで、ゲームの世界に憧れる人が書く物語を、お楽しみください。