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4 帝国兵




「何があったんですか?」


「フルテさん!!」



 外の様子の異質さに慌てて一階に向かうと、リビングでは顔面蒼白のマリアさんが座って震えていた。その様子は、まるで怪物に喰われる寸前の小鹿だった。

 一体何が彼女をそこまでさせるのかは分からなかったが、状況的に外の事と関係があるのは明白だった。



「マリアさん、一体……」


「そ、それは……と、とにかくフルテさんは隠れて下さい!!」


「えっ、ど、どうして────」


「しっ!! (……静かにこちらに来て下さい)」



 険しい表情で手招きするマリアさんに頷いて従うと、俺は窓際に隠れるようにして張り付く。

 少しだけ窓の外を覗いてみると、この村の村長夫婦だけが村の中で誰かを待つように立ち、他の村人の影は全く映らなかった。全員、自宅に避難したというのだろうか?



「(……マリアさん、これは?)」


「(見ていれば分かります。そして、出来れば何があってもこの場から動かないで下さい)」



 そう小声で伝えるマリアさんの視線は、村長夫婦に固定されていた。

 リビングに緊張感が走る中、ふとこの場に居ないセシルちゃんの事が頭に浮かんだ。しかし、その事を尋ねるよりも先に外で動きがった。



「おいおい、帝国兵である俺達のお出ましだってのに随分な待遇をしてくれるじゃないか?」

「ひひっ、俺のお気に入りのメーリちゃんが見えないなぁ」



 村の外から歩いて来たのは、『帝国兵』を名乗る下種びた笑みを浮かべた兵士二人組だった。



「……今月の分ならそこの入り口に置いてあるぞ」


「そう言う事を言ってるんじゃない、どうしてあんたら二人だけしかお出迎えしていないのかって聞いてるんだ」


「それは……納税するだけなら儂らだけでも……」


「だからその態度が気に食わないんだよ!!」


「あぁっ!?」



 村長の受け答えに逆上した兵士の平手打ちで、村長がその場に崩れ落ちてしまう。

 まるで自分が兵士である事を無視したその行いにこみ上げるモノを感じた俺は、すぐに村長の元に駆けつけようと身体を動かした。が、それをマリアさんの手が制止した。



「(お願いです、客人である貴方に迷惑を掛けたくありませんから、どうか動かないで下さい)」


「(……くそっ)」



 あくまでも俺の為に、という事を口にするマリアさんだが、実際はそうでは無いのだろう。あの会話から見て取れるこの村と兵士の上下関係的にも、俺が逆らう事は村に少なからず被害をもたらす事になるのは明らかである。


 何も出来ない歯痒さに顔を歪ませ、兵士たちの方に視線を向ける。すると、暴力を振るった方の兵士が、村に響く程の大声を張り上げた。



「おい、聞こえているんだろ!!

今から十数える内に全員出て来い!! さもないとお前達のせいでこのジジイが殴り殺される事になるぞ!!」


「(……外道なっ!!)」


「(フルテさん、落ち着いて下さい。……私は行きますから、客人のフルテさんはここに居て下さい)」


「(いえ、自分も行きます。もし家の中に自分がまだ残っている事がバレたら、更に状況が悪化しそうですし)」



 俺がそう告げると、マリアさんは仕方なしといった様子で首を縦に振っていた。ここで無駄な諍いは避けたかったからだろう。

 外を見ると村人が集い始めている。二階から降りて来たセシルちゃんと合流し三人で村人たちの所に向かった。



「……これで全員か?」


「は、はいその筈ですが……」



 奥さんに手伝って起き上がっていた村長に兵士がそう尋ねると、村長は恐る恐る頷いていた。それを一瞬怪しむように目を細めた兵士だったが、それが本当だと思ったのか視線を集まった村人達に向けて話し始めた。



「良いかお前達!! 今回のお前達の態度は、帝国の兵士である俺達を迎えようという心が全く見られなかった!!

それは余りにも不敬であり、到底許されるべきではない過ちだ!!

よってこの村全体に罰を与える事にする!! 納税とは別に作物を台車一台分、それと村娘全員を差し出せ!!」


「なっ」


「ひひっ、男達はもういないのだから、次は女なのは当然だよなぁ?」



 無茶苦茶な何癖を付けた挙句、悪辣非道な要求が突き出される。さすがにこれには反論する声が上がるだろうと思っていたが、驚く事に村人達は誰も声を上げなかった。


 この時、漸くにして俺はこの村の惨状の全てを理解することが出来た。


 村人の食事が質素極まりないのは帝国兵達によって過ぎた搾取を行われるから。村の男手が殆どないのは帝国兵達によって連れて行かれたから。村人達が逆らえないのは、男手のいないこの村を未曽有のモンスターから守っているのが恐らく帝国側の人間だから。



「さぁ村娘は全員俺の方へ来い。なに、必死に懇願すれば優しく相手してやる。俺は紳士だからな!!」


「ひひっ、メーリちゃんは僕の方においで。タップリと可愛がってあげるからさ~」



 品定めする様に村の女性達を眺め見る二人の兵士に、村の女性達は身を震わせていた。中には抗えないこの状況に嗚咽を漏らす者、幼いが故に兵士の発言が理解出来ていない者もいた。



「ま、待ってくれ!! そんな事したら村が崩か────」


「うるせぇジジイは黙ってろっ!!」


「うぐぅっ!!」



 我慢できなかったのだろう、村長が一歩前に出て異議を唱えようとするも、兵士の理不尽な暴力によりまたしても地面に倒されてしまう。慌てて奥さんが駆け寄るが、腹に貰った一撃が重かったのか、蹲ったまま動けそうになかった。



「いいか、お前達はただの家畜だ。何も考えず、帝国の利益の為に生産し続ければ良いんだ。

帝国側の人間の俺達に楯突いて良いと思うなよ!! 不敬罪で打ち首にするぞ!!」


「うぅっ……」「あ、あなた……」



 散々暴言を吐き散らかした兵士は、口内に溜まった唾を村長に吐き捨て、そして一人の若い女性を指差して荒々しい口調でとんでもない事を口にしていた。



「おいお前。このクソジジイが余計な事をしようとした罰だ、今すぐその場で脱げ(・・)


「えっ……」


「聞こえなかったのか? 早く脱げと言ってるんだ!!

三度目は無いからな?」


「っ……は、はい……」



 指差された女性は震える手で自分の衣服を掴み、一枚一枚を身から剥がしていく。しゅるり、と布と肌とが擦れる音は、兵士達の口角をどんどんと吊り上げていく。


 羞恥や絶望に涙で顔がグシャグシャの女性を、周囲の者は助けようとはしない。皆自分が可愛いのだ。この状況ではそれを悪い事だと言えないが。

 それに、俺だって助けようと動けていない時点で同罪だろう。それがマリアさんに制止されているからだとしても。



「おい何ちんたらと脱いでやがる!! それじゃ罰にならないだろ、さっさとその二枚も脱ぎやがれ!!」


「うぅっ……ぐずっ……」



 兵士の怒声を受け、下着しか身に纏っていない女性が上の布から外そうと手を回す。彼女の嗚咽が、毒の様に全身を駆け回った感じがした。


……流石にこれ以上は見過ごす訳にはいかない。今ここで見逃せば、明日の俺は絶対に後悔する。

 俺は無理矢理マリアさんの手を押しのけて彼女の元まで駆け寄っていく。



「マリアさん、ごめんなさいっ」


「あっ……」



 背中まで伸びた手を掴み、落ちていた衣類で彼女を包んでやる。糸が切れたようにへたり込んだ彼女は、少女の様に泣き喚いていた。



「おい、何冷めた事してるんだ?

……いや、待て。見た事が無い顔だな、お前一体何者だ?」


「ただの旅人だよ。この村には少し世話になってたんだ」


「そうか、帝国領外から来た人間か。なら悪い事は言わない、とっとと失せろ。

そうすれば今の不敬行為は見逃してやる」


「……人を物のように扱ってるお前の方がよっぽど不敬だけどな」


「……何だと?」



 俺の返答が予想外だったのか、兵士が眉を顰めて聞き返してくる。それを無視して、俺は足元で泣き続ける彼女に尋ねた。



「この理不尽な暴力から助けて欲しいか?」


「ぐずっ……助けて、欲しい、です……」


「……俺も助けたい。よし、ならこれは”人助け”だな」


「? お前、何を言っている?」


「いや、何。今からお前達をぶっ飛ばしても、”人助け”なら問題ないだろ?」


「なっ────不敬極まりないぞ!! 今すぐこの場で断頭してやる!!」



 安易な挑発に乗りいきり立つ兵士は、腰に差していた剣を抜き構えていた。

 大して俺は丸腰で、身体を守るのは布だけという、傍から見れば絶望的な状況。なのに、この時の俺はまるで負ける気がしなかった。




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