3 スキルと不吉な響音
「名前が思い出せました」
「「ええっ!?」」
食事を終えたリビングのテーブルの上でそう親子に告げると、信じられない物を見る様な目で見られた。いや、気持ちは分かるけど。
「そ、それで一体何という名前なのですか?」
「ライト・アーマインドという名前です。なので、ライトと呼んで下さい」
「ライト・アーマインド……良い名前ですね。ライトさん、と呼ぶようにしますね」
「あ、じゃあセシルはライトお兄さんって呼びますね!!」
二人から新しい名前で呼ばれるのは、どこかムズ痒い感じがした。まだ自分自身この名前に馴染んでいないのが原因なのだろう、自分の名前に慣れるって、変な話だよな。
因みにセシルちゃんの母親の名前はマリアさんと言うらしい。これで名実ともにマリア様と呼べるようになった訳だ。良かった。良くない。
「それで……どうですか。名前以外にも何か思い出せましたか?」
「いやそれが全くで……」
俺がそう言うと、マリアさんが少し悲しげな笑顔を見せる。まぁ、思い出すも何も、そもそも今日以前にこの世界で生きていた事実が無いんだけどな。本当に申し訳ない、けどこれに関しては当分はお口チャックなんだ。
「それで……大事な話なんですけど、何か仕事を斡旋している場所って知りませんか?」
「仕事、ですか? それはまたどうして?」
「先程も言いました様に、自分、一文無しなんで。流石に長い間この家にお世話になる訳にもいかないので、早い所自分で生活は維持出来るようにしたいと言いますか」
「……そうですよね。ただで寝泊まりするってのも、ムシが良すぎる話ですからね。
それじゃあこうしましょう。ライトさんの仕事が見つかるまでの間、ここで寝泊まりして良いですよ。その代わり、私達のお仕事を手伝って下さい」
「……そんな事で寝泊まりさせて貰っても良いんですか?」
「あら、まだ私達のお仕事が何か言って無いのに、随分と強気なんですね?」
「えっ、それって……」
「ふふっ、冗談ですよ。冗談」
口元を押さえて愉快そうに笑うマリアさんに、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。マリアさん、まさか聖母要素だけでなく小悪魔要素まで兼ね備えていただなんて……恐るべし。
「基本的には家事のお手伝いだったり、家の裏の畑仕事だったり、そう言ったのを手伝って貰います。
もしかしたら村の他の人にも手伝いを頼まれるかもしれませんけど、その時は手伝ってあげて下さい」
「はい、分かりました」
「じゃあ早速なんですけど、裏庭の畑の雑草抜きをお願いしても良いですか?」
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異世界に来てから早三日が経過した。
人は一ヶ月あれば新たな環境に慣れる、と言われているけどそれはきっと仕事の話だろう。生命活動に関わる事ならば、三日もあれば十分に慣れる。というか、慣れてしまった。
「ライトお兄さん!! 朝だよ!!」
聞き慣れた少女の声が耳に響き、俺はベッドの上から体を起こす。
部屋に時計は掛けられていないので、正確な時間は分からないけど、体感としては朝の七時だろうか。ベッドの硬さの割には、かなり安眠できたと思う。
「ライトお兄さん!! セシルは先に行ってるからね!! 早く来てね!!」
「んー」
まだ頭が覚醒していないから、セシルちゃんへの返事もかなり適当な感じになってしまう。
クローゼットに掛けられた上下セットの服に手足を通し、部屋を────っと、その前にポイントカードの確認をする事にしておいた。
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所持Zp:132p
利用/ステータス変換/履歴
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この三日間で、32pも上昇していた。マリアさんの手伝いや村人の手助けをしていたら、いつの間にか貯まっていたのだ。
(一応『履歴』を見て確認したけど、畑仕事が3p、荷物運びと雑草抜きが2pだったっけ。
……そろそろ、少しだけ使ってみようかな)
この数日のうちに使う目途は少し立っていたので、それを踏まえてポイントを『利用』しようかと思う。何が起こるか分からない世界だ、少しぐらいは自分を強化しておかないとな。
一階のリビングに降りると、二人共既に食事を始めていた。今日の食事は黒パンと葛野菜のスープらしい。
「あっ、ライトお兄さん遅い!!
セシルもママももう食べ始めちゃったよ?」
「はは、ごめんごめん」
むーっ、っと頬を膨らませて怒っているのをアピールするセシルちゃんを軽くいなしながら、自分の席に着く。この短期間で随分と懐かれたものだ。会ったその日なんて敬語が抜けなかったのに。
改めて自分の前に並べられた朝食を見て、俺は心の中で苦笑いを浮かべる。
決してマリアさんやセシルちゃん、その他同じ食事をしている村人を悪く言うつもりは無いけど、それでも言わせて欲しい。この朝食は余りにもひもじ過ぎる。食べるのがしんどい。
まずこの黒パンなのだが、とにかく硬い。噛むときに「ガリッ」という音が出る程、と言えば想像がつくだろうか。噛めど噛めどパンの味など全く感じられず、口に広がるのは小麦の粉っぽい風味だけ。お世辞にも美味しいとは言えない味わいである。
そしてこの葛野菜のスープ。こちらは黒パンに比べれば味付けはまだされているが、それでも使用されている調味料は塩のみで、出汁なんてものは存在しない。中に入っている野菜は基本的に捨てられる葉っぱの部分だけで、最早野菜スープはネーム詐欺である。
(……食うか)
黒パンは硬い。なのでスープと合わせて無理矢理胃に押し込んでいくのが普段の食べ方だ。
そうやって朝食を手早く済ませ、食器を一つにまとめて台所へと持って行く。
「じゃあ自分は部屋に戻っていますから、何かあったら呼んで下さい」
「あ、はい分かりました」
親子仲良く編み物をしていたマリアさん達に声を掛け、俺は自分の部屋へと戻っていく。
部屋に戻って早速、ポイントカードの『利用』の画面を開いた。
(身を守るっていう事を考えれば、武器や防具を見るべきかな)
複数ある項目の中で、まず最初に『武器』の項目を開いてみる事にした。すると縦一列に文字の羅列が見切れる程ズラリと書き綴られ、各列の左端には『No.』で番号付けされていた。
武器の王道『アイアンソード』だったり、『アイスソード』なんていう見ずとも効果が分かりそうな名前があったり、『愛されし者の剣』なんていう如何にもネタ武器があったり……取り敢えず、ア行が多い事から五十音順で並んでいる事だけは良く分かった。
試しに『アイアンソード』に触れてみると、別の画面が開いて詳細情報が表示された。そこには武器の説明、重さや特殊能力について、そして何より入手に必要なZpが書かれていた。
因みにこの『アイアンソード』は一つ50pするらしく、今の俺からすれば超高額商品である。
(恐らく初心者用武器のアイアンソードでこのポイント量なら、他の武器なんか到底買えないだろうな)
苦笑を浮かべながら武器の画面を閉じ、防具も同じ項目だろうと開くのをやめる事にした。
もう一つ、木になっていた項目があった。右下の方に書かれていた『スキル』という項目である。
「……おぉ」
画面に表示されたのは先程と同じ縦一列の文字の羅列だったが、その中身────スキル名が、どれも目を見張るモノばかりだった。
『愛嬌』や『握撃』といった漢字二字で表示されたモノもあれば、『アシスト能力向上』であったり『雨乞い』といった様な、文字からスキルが想像出来そうなものまで、それこそ多種多様なスキルが書かれていたのだ。
正直、この量を全て閲覧して把握するのは一日では無理な気がする。そう思った俺は日常生活や身を守るのに必要なスキルを選ぶ事にした。
出来るだけ素早く見ていき、最後のワ行まで見終えた所で幾つかのスキルを習得する事にした。
・体術Lv4 ・身体能力向上Lv4
・頑丈Lv4 ・交渉術Lv4
だいたいどれも名前を見ればその効果が分かるようなスキルばかりを選んだ。その結果、どのスキルの説明欄に『基本スキル』と書かれていた。
どうやらスキルの中でも大きく分けて『基本スキル』と『特殊スキル』の二つに分類されるらしく、その違いで明確なのが習得に必要なポイント量である。
基本スキルは一律Lv1習得に2p必要で、そこからレベルを上げるには『二のレベル乗』のポイントが必要になるらしい。よって、俺の場合だとLv4(2+4+8+16)×4つなので計120pを消費する事になった。
興味本位で『特殊スキル』の必要pも確認してみたが、『竜操術』というスキルがLv1で200pも必要らしい。……うん、当分は考えないようにしよう
残りポイントは12pだけど、他の『魔法書』や『召喚獣』とかも一応確認していこうと思った矢先。家の外から村全体に響き渡るような大声が聞こえてきた。
「帝国兵だ!! 帝国兵が来たぞ!!」