2 善行ポイントの使い方
「「ありがとうございましたっ!!」」
あの後一時間かそこらで、セシルちゃんの体調は元通りになった。案内してくれた女性は「良かったわ」と一言残して家を出て行った。
そして今。リビングでセシルちゃんとそのお母さんにこれ以上ないってぐらい感謝されていた。
「まさかこの子が森の中で倒れるとは思ってませんでした……それも、水分補給していなかったのが理由で、なんて」
「いやいや、意外と水分補給って忘れがちですから。でも命に関わるんで、これからはこまめに水分補給する様にして下さい。
それと、念の為に今日一日は安静にしておいて下さい」
俺の言葉に、二人共がコクコクと頷いていた。
しかし、こっちの世界に来て右も左も分からない内に人命救助に近い事をしてしまうとは……そう言う星の元に生まれてるのか、俺?
「……あの、貴方のお名前を聞かせて貰っても良いですか?」
「あ、自分は────」
言いかけた所で、俺は気が付いた。というよりは思い出した、あのギャルお姉さんが最後の方に言ってた事を。
”あ、それと名前も変わってるから注意してね?”
(……名前聞くの忘れてたっ!! え、何待って俺自分の名前知らないじゃん!?
どうしよ!? これじゃ人助けしてもただの怪しい野郎じゃねーかっ!!)
以前の、日本での名前の”山嵐遊助”を使ってもいいかもしれないけど、もし今後それが偽名で、別に本名があるという事がバレた事を考えると、使うにはリスクが大き過ぎる。……いや待てそもそも偽名じゃないけど。
好奇的な視線二人分という超プレッシャーの中、俺は咄嗟に思い付いたベタな嘘で乗り切る事にした。
「……実は自分、今日目覚めるまでの記憶が無いんです。だから、自分の名前も……」
全力で声色を低くして言えた、よし、完璧だ……完璧だよな?
それっぽい雰囲気を演出してからの「私、記憶喪失なんです」攻撃は思いの外効いたらしく、セシルちゃんも、母親でさえも口をあんぐりさせて驚いていた。
「そ、そうだったんですか……すいません、余計な事を聞きました」
「いえいえ、謝らないで下さい。今日あの森で目が覚めたからこそ、こうしてセシルちゃんを助けられた訳ですから。これも何かの縁ですよ、きっと」
「……凄いですね。私なら他人に構っていられる余裕なんて無かったと思います」
「そんな事無いですよ。今だって結構余裕ないんですよ? 本当に一文無し、頼る伝手もない状態ですから、安全な野宿先を探さないといけませんし……」
「……それでしたら、家に泊まっていきませんか?
幸い、一部屋空いていますから」
母親の口から出たのは、今の俺にとっては泣いて喜ぶ程の申し出だった。
思わず「い、良いんですか!?」と声が裏返りそうになったが、母親は「セシルを助けてくれたお礼です」と言って首を縦に振ってくれた。二つ返事で「よろしくお願いします!!」だった。
有難い申し出に甘える事にした俺は、早速その泊まらせて貰えるという部屋に案内して貰う事になった。
場所はセシルちゃんの真向かいの扉の先で、どうやら余り使われていなかったらしく、中は少し埃を被った部屋だった。
「あ……ごめんなさい。埃被ってしまっていて」
「急な事ですから仕方ないですって。
後で自分が掃除しておきますよ、使わせて貰う身ですから」
「そ、そう? じゃあ、お願いしますね。
箒や雑巾は廊下の小棚の下の引き出しに入ってますから、自由に使って下さい。バケツは横に水を張って置いてありますので、それを使って下さい。
私は昼ご飯の用意をしてきますので、用意が出来たら呼びに来ますね」
「あ、はい分かりました」
一礼して母親が部屋を出て行った後、改めて部屋全体を見渡してみる。
窓の下にベッドが置かれ、そのすぐ傍にランプの乗った机、別の所にはクローゼットと隣接して棚が置かれていた。テーブルが無いのをみると、恐らく以前は寝室として使われていたのだろう。
「……さて、掃除頑張るかな」
さっき教えて貰った情報を頼りに箒と雑巾と水入りバケツを部屋に運び、掃き掃除、拭き掃除と順番にこなしていく。
一人暮らしが長かったお陰か、こういった身の回りの掃除は結構効率よく出来たりする。無駄に女子力が鍛えられている為、家事雑事は得意だ。
部屋の隅から順番に埃を掃き、拭き取っていく事およそニ十分程。予定よりも早く掃除を終えることが出来た。
「……流石にまだご飯作り終えていないよな」
早く終わったが為に中途半端に余ってしまった時間をどうしようかとベッドに座って考えていると、ふとあのポイントカードが気になったので取り出してみる事にした。
──────────────────
所持Zp:100p
利用/ステータス変換/履歴
──────────────────
「……あっ、100ポイント貯まってる」
画面上に現われた『所持Zp:100p』に目が奪われてしまう。セシルちゃんを助けたからなのだろうか、意外とすぐにポイントが貯まった事に嬉しさ半分、驚き半分といった所だ。
ポイントが貯まったので、取り敢えず『履歴』から触ってみる事にした。この履歴が『ポイントを貯めた履歴』なのか『ポイントを使用した履歴』なのかは、先に知っておいて損は無いと考えたからだ。
実際、『履歴』に触れてみると新たな画面が現れ、そこには『ポイント獲得履歴/ポイント使用履歴』の二つが表示された。つまりどっちも見れるという事らしい。
画面を消す時は、右上のバツ印を触ればいいらしい。うっかり触らないようにしないとな。
次に、『利用』の項目を出してみる事にした。
「……うわ」
画面に最初に表示されたのは、『武器/防具/日用品/魔法書/召喚獣/……』と、六列五行の計三十項目ものジャンルだった。あぁ……情報過多だ。
取り敢えず消費ポイントの少なそうな『日用品』の項目を開いてみる。すると、ハンドタオルやら歯ブラシやら、生活に必須な物の名称がずらりと並んでいた。
ここで大事なのはそのポイントである。例えばタオル一枚ならポイントは3p必要らしく、これがバスタオルになるとポイントは5p必要になる。高級タオルだと一枚30pだとか。……高級タオル、絶対買う機会無いだろ。
そして最後に、『ステータス変換』に触れてみた。すると先程の『利用』とは打って変わって、たったの二行だけが表示されていた。
『善行ポイント1p消費して、”ライト・アーマインド”の全ステータスを5上昇させますか?
────はい/いいえ』
これは……お得なんだろうか。そもそも、ステータスってあのゲームとかでよくあるアレだよな。俺にもあるのか、というか、この世界にステータスなんて概念が存在したのか。
しかし、ステータスの確認方法が分からない今は下手に触らない方が得策だと思う。それに、最も重要な情報が手に入ったのだから、そちらについて考えるべきだ。
「……ライト・アーマインド」
この画面に黄色の文字で表示された”ライト・アーマインド”。恐らくこれが、俺のこの世界での名前なのだろう。この画面が表示できるのは、この世界では俺だけだからな。
これで嘘偽りなく自己紹介が出来る、そう思ったタイミングで部屋の扉がノックされた。
「昼食の用意が出来ましたけど、掃除は終わりましたか?」
「あ、はい終わりましたよ」
慌てて全ての画面を閉じ、カードを自分の中に入れてから部屋の扉を引き開く。
「まぁ、随分ときれいに掃除して下さったみたいですね。有難うございます」
「いえいえ。こんな立派な部屋を使わせて頂くんですから、これぐらいは当然ですよ」
「ふふっ。随分と謙遜される方ですね。さ、お昼にしましょう?」
「……自分も頂いて良いんですか?」
「勿論ですよ。ご飯は、皆で食べた方が美味しいですから」
そう言って微笑むセシルちゃんの母親は、眩しい程に聖母だった。マリア様だ。
心の中では毎日祈りを捧げよう、俺はその時胸に誓ったのだった。