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1 転生先の少女




 光に包まれ、静寂に包まれてから少しの時が経過した。

 気が付けは俺は森の中に立たされていた。それも、少しの違和感を持たせた状態で。



(……目線が少し高い?)



 視界を埋め尽くす木々や茂みが、普段よりも低く見て取れていた。木や茂みそのものに異常な感じは無い、という事はやはり、俺の身長が伸びているのだろう。

 成長期はとっくに終わったはずなのに、何ていうボケは要らないか。ギャルお姉さんが言ってたもんな、『見た目はそっちの世界に合わせるから~』的な事を。



(……しかし、本当に異世界に来たんだな、俺)



 目に映る木々や茂み、鼻孔をくすぐる森林独特の匂いは日本で体感出来るそれと何ら変わりはないのだが、視界の一端に映り込む虹色の植物が、現実世界から一気に引き剥がしてくる。


 それだけじゃない。今自分が踏みしめている地面が、地球の土より明らかに硬かったのだ。

 土はその土地の気候に合わせて変化する、って確か高校か中学で習った気がするけど、それに基づくならここが日本で無いことだけは確実だろう。地質学に詳しくなくても、それぐらいは判断出来る。


 ふと気が付くと、自分の背後を小川が流れていた。底が綺麗に映し出されるぐらいには水質は澄んでいて、覗き込む俺の姿を映していた。



(……って金髪かよ、俺。ありがちな設定ではあるけど。それに、意外とイケメン顔なのでは……?)



 世の腐女子が好き好みそうな顔の整い方だな、と思いながら俺は水面を利用しながら自分の全身を映し出した。

 長袖の白シャツに茶色の長ズボン、革製のブーツという、如何にも村人ですよといった具合の格好で、和顔よりは西洋に近い顔立ち。それが今の俺の姿だった。


 自身の見た目の確認は終わったので、取り敢えずこの森を出るべく歩き始める事にした。まずは村か街かを見つけて、そこで一旦落ち着きたい。色々考えるのはそれからでも遅く無いだろう。



(……しかし、異世界の森の中だって言うのに、殆ど何も出てこないな……)



 道なき道を掻き分け進みながら、ふとそんな事を思ってしまう。

 こんな薄暗い森の中なら、今にもスライムとか狼とかゴブリンとか飛び出して来てもいいのに、まるでそんな気配が感じられなかった。……本当に異世界の森なんだよな、ここ?


 妙に静けさを保っている周囲に不安感を憶えていたその時だった。茂みを超えた先で、一人の少女が倒れているのが見えた。



「なっ……お、おいっ大丈夫か!?」


「う……」



 脇に駆け寄り仰向けにして抱き上げると、僅かに呻き声をあげていた。良かった、まだ息はあるらしい。

 ぱっと見目立った外傷は見当たらず、布で覆われていない部分に擦り傷がついている程度なので何者かに襲われた、とかでは無いのだろう。



「どうした、何があったんだ? どこが痛む?」


「み……」


「み? みって何だ?」


「み……水を……」


「水? 水が欲しいのか?」



 俺がそう尋ねると、少女はこくりと頷いた。

 水、となると俺が一番最初に居たあの小川にこの子を連れて行くのが良いだろう。汲みに行く容器も無いし、そもそもこんな場所に女の子一人を置いてなんて行けないからな。



「おし、今すぐ水辺に連れてってやるからな!! ちょっと動かすけど我慢してくれ」


「んっ……」



 殆ど気力が無いのか、されるがままの少女を両手で抱えた俺は、急いで元居た水辺に向かって駆けて行く。

 腕を通して感じる少女の体温の低さが、身体の底から逸らせていく。何より、この歳の子供にしては異常な程に体重が軽い。普段から食事を口にしているとは思えない様な痩せ方だった。



(……まさか孤児なのか?)



 不意に思ってしまった直感は、少女が背負うには余りにも酷なものだった。そうでない事を願いながら、茂みの中を無理矢理進んで行く。

 袖やら裾やらが枝に引っかかり裂けるが、そんな事を気にしている余裕は俺には全く無かった。それよりも、茂みの先に小川が見えた事への安堵が勝っていた。


 小川の辺に少女を下ろし、俺に凭れ掛かる様に上半身を少し起こさせた後、片手で少女を支え、もう片手で水を掬い取って口に運んでやる。



「ほら……飲めるか?」


「ん……み、水……」



 片手で掬える水の量などたかが知れているけど、それでもお構いなしに少女は手の中の水を口に含んでいく。

 水が無くなれば片手で掬い与え、また水が無くなれば片手で掬い与え……そんな事を何度も何度も繰り返していると、少女の顔色が随分と良くなったように思えた。



「どうだ? 少しは楽になったか?」


「んんっ……は、はい……」


「それは良かった。急に動くと身体に悪いから、この体制のまま話を聞かせてくれないか?」


「は、はい……」



 凭れ掛からせたまま少女に事の詳細を尋ねると、少女はこの森の近くの村で暮らしていて、今日は食材確保の為に森に来ていたらしい。その食材を探し回っている内に気分が優れなくなり、気が付けばその場に倒れてしまって意識が朦朧としてしまったという。



(……恐らく、軽めの脱水症状か、それに似た何かだろうな。だとしたら水分とは別に、塩分を取らせるべきか)


「君、名前は?」


「あ、セシルです……」


「そっか、じゃあセシルちゃん。君の住んでいる村に案内して貰っても良いかな?」


「は、はい……」



 セシルちゃんの案内の元、取り敢えず村へと向かう事にした。

 さっきと同じ様にセシルちゃんを抱えて、今度は身体の負担も考慮して歩いて森の中を進んで行く。この状況で襲われでもしたら、間違いなく絶体絶命の大ピンチだな。


 周辺の茂みや木々に注意を払いながら森を歩いていると、生き物の気配を全く感じさせないまま森の外に出る事が出来た。何事も無くて一安心だな。



「あ、あれです……」



 セシルちゃんが指差した先には、お世辞にも発展したとは言えない、小寂びれた民家の密集する場所があった。

 密集地全体を手製の柵が囲っているのを見ると、かなり原始的なやり方で作られた村なのが分かる。建物の隙間から垣間見える畑では、皺を刻み始めた老人たちが懸命に畑作業に従事しているのが窺えた。


 柵が途切れた所がこの村の入り口らしく、そこから中に入るとすぐ傍の家から出て来た女性と目が合った。良いタイミングで家から出て来てくれたものだ。



「せ、セシルちゃん!?」


「奥さん、この子の家まで案内して貰っても良いですか?

早い内に処置しないと、症状が悪化するかもしれないので」


「症状!? セシルちゃんの家はこっちです!!」



 女性に案内された方にセシルちゃんを運んで行く。入り口から近かったのが幸いして、すぐにこの子の家の玄関扉を叩くことが出来た。実際叩いたのは、案内してくれた女性だけど。



「ルー!! セシルちゃんが!!」


「はいはーい、どうしたの────ってセシルッ!!」



 家から出て来た女性は、俺の腕の中に居るセシルちゃんを見るや否や、顔を真っ青にして駆け寄って来た。



「セシル、セシルは!?」


「落ち着いて下さいっ。今はとにかく安静に出来る場所へ!!」


「だったらこの子の部屋のベッドに寝かせてください!! こっちです!!」



 慌てふためく反応からして、この女性がセシルちゃんの母親なのは間違いなかった。

 母親の先導で、二階の一角にある部屋までセシルちゃんを抱え連れて行く。窓際のベッドに少女を寝かせ、毛布を掛けてあげた俺は、母親と案内してくれた女性に脱水症状かもしれない事と、塩分の摂取が必要だという事を説明した。



「塩分……それに脱水症状、でしたっけ? そんな病気、初めて聞きました……」


「そ、そうでしたか。それで、塩を取れる食べ物って何かないですか?

何でしたら、塩水でも構いません」


「ええっと……塩水ならすぐ用意出来ますけど」


「ならそれを持って来て、セシルちゃんに飲ませてあげて下さい」


「分かりました、すぐ持ってきますね!!」




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