14 事後……?
「……ん」
眠たい目を擦りながら、無意識のうちに上半身を起こす。少しボーっとして目が覚め始めて、俺はここで寝ていたのだと自覚する。
ここは、と周囲を見渡すと、見慣れない家具が並べられていた。
誰かの部屋だという事は分かった。そしてベッドの上で、何故か裸で寝ていた事も分かった。
一体何が起きているのだろうか、と覚めない脳を動かして考えていると、ふと自分の右下の方に視線が向く。意識していなかったからか、明らか不自然な布団の膨らみがある事に今になって漸く気が付いた。
あぁ、ヤバい。もしかしたら俺、ここで死ぬのでは……?
いやだって不自然な膨らみって邦画ホラーで良くある展開だし、それに大きさ的にも人一人は入っていそうだし。これが霊的なものじゃなかったら、一体何だって言うんだよ!?
「……っ!?」
余りの恐怖に動けず仕舞いでいると、それが布団から這い出る様に動き始めていた。あぁ、俺はもうダメかもしれない。
山が徐々に布団の端に近付いて来、まるで鮮血を纏った様な赤色の髪の毛が布団の中から這い出て来た。
(前の世界ではマンホールで死んで、こっちの世界では幽霊で死ぬのかよッ!?)
布団の中から聞えてくる呻き声が更に恐怖を煽り、今にでも失神しそうになるのを必死に堪える。……いや、もうこの際だから失神してしまった方が楽なのかもしれない。というか、失神してしまいたい。
恐怖の余り金縛りにあった様に動けなくなる俺を追い詰めるかのように、布団の中からそれはゆっくりと姿を出し、俺の心音が最大まで高まったその時だった。
「……あ˝っぢ~」
どこか聞き覚えのある気怠そうな声に、無意識のうちに閉じかけていた目を見開いてしまう。声が聞こえて来たのは這い出して来た赤髪の……か、カレン!?
「……ん~、あぁ……おはようライトぉ……」
目が合うとさも当然の様に挨拶をするカレン。色々言いたい事はあるけど、取り敢えずお化けじゃなくて良かったよ。いやマジで。
「ど、どうしてカレンが……!?」
「ん~? ……昨日の事、憶えてないの?」
一体何の事だろうと首を傾げていると、顔だけ出していたカレンが上半身を起こして寝ぼけ眼を擦っていた。布団が落ちた後の彼女は、裸だった。
そう言えば何でか分からないけど、俺も裸だったんだよなぁ……はは……
「……カレン」
「ん、何?」
「な、何で俺もお前も裸なの……?」
「……本当に昨日の事憶えてないんだ? アレだけ激しかったのに」
「激しっ……!? え、う、嘘だろ……?」
一つの部屋、ベッドの上で裸の男女が激しかった……だと……!? そ、それはつまり、俺とカレンの間に男女の関係があったという事……お、俺知らない間に脱童貞になっていた!?
「あ~……それにしても昨日は疲れたな……お陰様で体が重たいよ……」
絶対やってんじゃん俺!! え、何でそんな大事な事憶えてないワケ!?
例え俺が憶えていなくても、自分がしでかした事には違いない。となれば、俺がするべき行動はたった一つ。
血の気が引いていくのを感じながらも、俺はその場で正座すると、額をベッドに擦り付ける様に下げた。
「も、申し訳ありませんでしたぁっ!!?!」
日本に生まれ育ち、社会に出てまず学んだ伝家の宝刀。その名も『DOGEZA』。過去これを受けて折れなかった者はいない。
「記憶は無いけど俺が乱暴したのは分かってるし、それが酷い事だってのも分かってる!!」
「ええっ!? い、いや何を────」
「責任は絶対に取る!! 何なら一生面倒を見るから!!」
「ちょ、ちょっと待てって!?」
「な、何か気に障るような事を言ったか……?」
顔を上げてカレンの表情を窺うと、何故か額に手を当てて溜め息をついていた。失望させるような事を言ってしまったのだろうか。
少しの間溜息を吐いたり「あぁ……そういう……」と独り言を呟いたりした後、顔を上げてまじまじと俺を見て話し始めた。
「えっと……取り敢えずアンタが盛大に勘違いをしている事は分かった」
「か、勘違い? って俺がカレンに手を出したって事が?」
「そうそれ。別にアタシは乱暴されたりして無いし、手を出された訳でもない」
「で、でも、だったらどうして二人共裸なんだよ……?」
「それは発泡酒でベロンベロンに酔ったアンタが寝苦しそうにしてたから脱がしてあげただけ。アタシは種族的に寝る時は脱ぐんだよ」
言われてみれば、彼女の体には所々に爬虫類の鱗のような模様が浮き出ていた。俺のラノベ知識的に言えば、多分だけど龍人種か何かだろう。
「……って前!! 前隠して!!」
「ん? 何だよ急に。別に見られて減るモンでもないんだし、いいじゃねーか」
「減るんだよ主に俺の精神が!!」
「……ハハ~ン。さてはアンタ童貞だろ?」
なっ、何故バレたんだ。というか、サラッとそんな事聞かないでくれよ!?
かといってすぐに否定すれば、それはそれで肯定しているようなものなので、返答に困っているとカレンが獲物を見るような目で見つめてきた。
「その反応だけでも十分だよ。……アタシが食ってやろうか?」
「余計なお世話だっ!!」
「ハハッ、冗談だよ冗談」
あ、冗談なんだ……いや別に期待してた訳じゃないけど。
流石にお互い裸のままだと風邪を引いてしまうので、一旦服を着てから改めて状況を整理することにした。
何でも昨日、飲みすぎで酔い潰していた俺をカレンはアパートの自室へと運び、そこで介抱する事にしたらしい。
カレンの自室に着くなり「カレンの料理が食いたい!!」と俺が言い出したので、カレンが手料理を振舞った所、「不味いけどお代わりしたくなる味だ」と言ったのだとか。全く以て失礼な奴だな、俺。
「……でさ、料理が下手だからあの店も追い出されたんだ、って話をしたら、アンタが『料理は味じゃねぇ!! 真心だ!!』って言いだして、それからバカみたいにアタシの料理を食べまくってさ」
「そんなこと言ってたのか……本当にスマン」
「あぁいや、別に怒ってる訳じゃないんだ。それよりか寧ろ、嬉しかったんだ。
……アタシ、ずっと前から料理人になるのが夢で、里の皆に手料理を食べて貰ってたんだ。そしたら皆『お前の飯は飯じゃねぇ』って。
その時にすっごい腹が立ってさ、『いつか絶対後悔させてやる!!』って啖呵切って里を出てきてるんだ。
それで色んな飲食店で働きながら自分の料理の腕を磨いているんだけど、中々人を納得させられるような料理を作れなくてさ。それで昨日も店主と言い合いになって、まぁその後はライトも知ってる通りだよ。
……ライトだけだったよ。『不味い』って言いながらもアタシの料理を完食してくれたのは」
しみじみと語るカレンのその目は、少しだけ揺らいでいた。
彼女は彼女なりに相当多くの苦労をしてきたんだろう。だからこそ大抵のことは笑ったり怒ったりして水に流せるし、そうして生きてきたのだと思う。少しだけ、彼女をカッコいいと思ってしまっている自分がいた。
少し変な感じになってしまった雰囲気の中、「それで」と恥ずかしそうに頬を書きながら笑いかけてきた。
「その、もしライトさえ良かったら、またアタシの料理を食べてくれないか?」
「あぁいいぞ」
「そうだよねダメだよ────い、いいの!?」
「いや、別段断る理由なんてないしな。カレンは料理の研究ができて、俺は腹の足しに出来てお互い様だろ?」
好き嫌いのない俺からすれば食べれれば何でもオッケーだったりするので、カレンの提案は正直かなり有り難かったりする。一日に稼げる額を考えれば、宿泊代だけで底をつきそうだからな。
「そ、そっか……そうだな」
俺の提案がそんなに良かったのか、カレンは口元を緩めて喜びを露にする。
部屋の時計を見ると朝の七時を回っていた。そろそろお暇して冒険者稼業に戻らなければ。
「じゃあまた会った時にでも手料理を食べさせてくれ。俺はもう冒険者の仕事があるから」
「あ、ならちょっと待ってくれ」
待てって、何か他の用件でもあるのだろうか。服は全部畳んで置いてあったし、荷物はベッドの傍に置かれていた。これと言って忘れ物はないはずなんだけど……
壁際の机の引き出しから何かを漁るように探し物をするカレンは、探し物を見つけるとそれを持って俺のほうに駆け寄ってきた。
「はいこれ。ライトの分のスペアキー」
「あぁありが……今何て? スペアキー?」
手渡されたものを見ると、それは金色に輝く鍵だった。
「いやいや、待って。なにこれ。一体何を開ける鍵なんだ?」
「ハハッ。ライトは冗談が好きだなぁ。
スペアキーなんて言葉、家の鍵ぐらいにしか使わないだろ?」
「だよな!? やっぱこれ家の鍵だよな!?
ダメだろそんなの俺に渡したら!!」
「? 何言ってるんだよ。鍵ないのにどうやってうちに帰ってくるんだよ」
一体彼女は何の話をしているのだろう。まず俺がここに帰ってくるっていう前提がおかしい。そして赤の他人である俺に、まるで忘れ物を渡すかのようにスペアキーを渡すカレンもおかしい。
彼女の意図を汲めずに戸惑っていると、何かを理解したらしくカレンが「あー」と納得したような声を漏らしていた。
「ライトは覚えてないんだろうけど、昨日あの店で食べてる時に『宿を探してる』って言ってたから、『だったらうちで居候するか?』って言ったら全力で喜んでたぞ?」
「そ、そんな事言ってたのか……」
「んで、どうするのさ?
アタシはライトが居候するつもりでいたからその鍵を渡したんだけど」
「い、いやいや。流石に見ず知らずの男が女の家に居候するのは不味いだろ……」
「お堅いお堅い。そうじゃなくて、泊まりたいか泊まりたくないかを聞いてるんだよ。ほらさっさと答える。さーん、にー……」
「うえぇっ!? そ、そりゃ泊まれるなら泊まりたいけど……」
「じゃあ決まりだ。これからよろしくな、ライトっ」
半ば強引な決定をして朗らかな笑顔を見せるカレン。そんな彼女の家に居候する事が決まってしまった俺は、彼女のペースに巻き込まれる事に案外悪い気がしなかった。