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13 エンカウント





 あの後もクエストを達成するためにボア狩りや薬草採取に取り組み、余剰分も集めて街に戻った頃には正午はとっくに迎えていた。

 受付の所にクエスト完了の報告をしに行くと「ソロでこの依頼達成速度は凄い」と褒められ、悪い気はしなかった。人間、褒められたら誰だって嬉しくはなる。


 クエスト達成で手に入った額は計2000リン。ボアの魔石が二つと薬草を五本ほど残っていたので、それを買取所で換金して貰った分を合わせて2200リンが手元に入って来た。



「あ、どこか美味しくてお財布に優しい店知りませんか?」


「それなら組合を出て左側に進んだ、一番最初の左曲がりの角の店が穴場ですよ」



 いつもの職員におススメの食事処を聞き、荷物を持ってそこを訪れる事にした。朝から何も食べていない俺の腹はもう限界に近かった。

 疲れた体に鞭打って、紹介された店へと足を運ぶ。ラザニアの街は今日も通常運転、行き交う人達や露天商の人達の賑やかさで満たされていた。


 この街で一週間ほど過ごしている内に、看板の記号だけは読み取れるようになった。雑貨屋、武器防具屋、食事処の見分けがつくだけでも、街を歩く安心感が増すというものだ。


 街道の左側を歩いていると、視界の先に一つ目の曲がり角が顔を出していた。もうじき目的地に到着するその時だった。

 真横の店の扉が勢い良く開かれた事に驚いていると、中から飛び出して来た人と思いっきり衝突してしまった。



「おわっ!?」


「わっ!? ……ったた。あぁ悪い大丈夫か?」



 飛び出して来たのは、赤髪の女性だった。女性にしては高身長で目立つ彼女は私服の上から白エプロンを着けていて、飛び出して来た飲食店の従業員だと推測出来た。

 尻餅をついていた俺は差し出された手を借りて立ち上がると、目線の先、開け放たれたドアの傍に腕組みした中年の男が立っているのが見えた。それも、鬼のような形相で。



「二度と戻って来るんじゃねーぞカレン!!」


「言われなくても帰って来ねーよこのクソ店主!!」


「フンっ!!」



 彼女に店主と呼ばれた男は激しく鼻を鳴らすと、力強く扉を閉め店内に戻っていってしまった。

 何となく今の会話だけでこの女性と店主との関係性が窺えた気がする。そう思っていると彼女が「アハハ……」と苦笑いを浮かべて話し掛けて来た。



「いや~恥ずかしい所を見られた……

アンタこの後暇? もしアレだったらぶつかったお礼も兼ねてお昼でも奢らせてよ」


「いや、別に大丈夫────」


「良いから良いから。ほらっ、そこに良い店あるから行こって、な?」


「えっあっちょっと!?」



 彼女に腕を取られ半ば強引に引っ張られる俺は、そのまま当初予定していた角の店に連れて行かれた。


 店内は個人経営の居酒屋といった雰囲気で、入り口の暖簾と合わせて庶民的な味を見せていた。

 正直こういう店は大好きだ。気兼ねなく入れるし居心地は良いし、何より一般人の舌に丁度いい美味しさの料理が出される事が多い。味の濃い肉料理と合わせて飲むビールは格別だったりするからな。


 店に入る前にエプロンを脱いでいた彼女は、俺を引っ張って適当な座席へと着席する。ここまで来た以上黙って出る訳にもいかないので、仕方なく対面の椅子に腰掛ける。



「何か食べたい物はある? 無いならステーキ定食頼むけど」


「あー、それで構いませんよ」


「堅い堅い。アタシに敬語なんて使わなくていいって~。

あ、店主!! ステーキ定食と発泡酒二人前ね!!」



 彼女の注文に対し店の奥から「あいよ!!」と威勢のいい返事が聞こえて来る。それと同時にバタバタとエプロンを着けた犬耳の少女が駆けてくるのが見えた。



「す、すいませんっ!! お客様が居なかったので気を抜いていました!!」



 どうやらこの少女、この店の従業員らしく、偶々俺達以外に客が居ないからと休憩していたらしい。それで注文を取り損ねた事に申し訳なさ感じた、と。……ちゃんと仕事しようよッ!?



「良いって良いって。ミスなんて誰にでもあるってもんよ」


「すいませんっ。急いでお冷やを持ってきますねっ」



 そう言って少女はまた慌てた感じで店の奥の暖簾をくぐっていった。愛嬌というかマスコット的要素はあるから俺としては全然許すけど、もし日本なら間違いなく相当のクレームが投下されるだろうなぁ。



「そういや自己紹介がまだだったね。

アタシの名前はカレン。一人前の料理人を目指して修行中なんだ」


「えっと……敬語じゃなくていいんだっけ。

俺の名前はライト。駆け出しの冒険者って所かな」


「冒険者!! いいねぇ~若いねぇ~。もうモンスターとは戦ったの?」


「まぁ、何度かは。といっても殆どボアだけど」


「良いじゃん良いじゃん。ボアだって一般市民からすりゃあ脅威なんだから、狩ってくれるだけ有難いってもんよ?」



 なるほど、そう言った考え方も可能なのか。そう言われるとボア狩りも悪い気はしないな。


 カレンの愚痴を聞きながら料理を待っていると、先に水と木製のジョッキが運ばれてきた。ジョッキの中では透明な飲み物が炭酸を噴き出していて、余り見た事の無い種類の酒だった。



「さ、飯まだだけど乾杯しようぜ?」


「乾杯って……一体何に?」


「ん? そうだな……アタシとアンタの出会いに、ってのはどうだ?」


「まぁ、それで良いのなら」


「じゃっそれで!! 二人の出会いにカンパーイッ!!」


「か、カンパーイ」



 彼女のノリに流されるままに乾杯をし、ジョッキの中の酒を呷る。

 口の中にジワリと広がるほんのりとした甘みと苦み、喉を通る強炭酸。チューハイ系に近いのだろうけど、甘さが控えられているお陰ですんなりと飲めてしまう。気が付けば一口で半分ぐらい無くなってしまっていた。



「おっ良い飲みっぷりじゃん!!」



 俺が飲むのがそんなに嬉しいのか、カレンが満面の笑みを咲かせてこちらを見つめてくる。だが言わせて欲しい、一口で飲み切っているアンタには言われたくねぇよ!!


 空になったジョッキを掲げて彼女がお代わりを注文すると、先に定食の方が運ばれてきた。鉄板の上で厚く切られたステーキ肉がイイ音を鳴らしていた。胡椒の匂いや肉の焼ける音が食欲を限界まで刺激してきた。

 正直、我慢の限界だった。フォークとナイフを受け取ると、目の前に置かれた肉に無我夢中で齧りついた。



「あっつ……う、美味いッ!!」



 齧った肉から染み出る濃厚な肉汁が香辛料と混ざり合い、口の中で特別なスープが出来上がってしまう。それをホロホロと食べやすい大きさに崩れてくれる肉と一緒に飲み込むと、口内の物寂しさに襲われ再び肉に嚙り付いてしまう。

 ここまで食が進んだのはいつ以来だろうか。そんな事を考える時間も惜しい位に、俺の口は目の前の肉を欲してしまっていたのだ。



「だろ? この店のステーキ定食は本ッ当に美味いんだよ!!

いや~共感してくれる人がいて嬉しいよ~!!」


「あぁ!! ここまで美味いと思って無かったよ!!」


「本当に惚れ惚れする食べっぷりだねぇ。ここはアタシの奢りなんだ、存分に食え食え!!」



 分厚い肉を頬張り、喉が渇けば発泡酒を一気に呷る。空になってもカレンが追加で頼むためにジョッキは常に酒が入っている状態。

 パンやスープ、サラダは気が付けば無くなっていて、出された物を全て食べ終えてもまだ空腹感が残っていた。



「あっという間に食べ終わったじゃん~。どうする? まだ食べる?」


「……お代わり」


「そう来なくっちゃ!! ステーキ定食と発泡酒を追加で!!」



 抑えきれない食欲に身を任せる俺は、何となく意識が遠のいていく気がしていた。その心地よい感じに、次第に身を預けていった。




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