あま〜いおつかい
『可愛い赤ずきんちゃん。 どこへ行くんだい?』
『おばあちゃんのお家へお見舞いに行くの!』
『そうかそうか、いい子だね。
あっちにお花畑があるよ?
おばあさんにお花を摘んでいったらどうだい?』
◇∞━***━***━***━***━***━***━∞◇
赤ずきんの掟。
それは昔からこの村にある教育のようなもの。
村のはずれにある、みんなに親しまれているおばあさんの家まで、パンとワインを届けに行く。
その途中で、狼さんにお花を摘んでいったら? と寄り道を誘われる。
そのまま寄り道をしたら負け。
おばあさんの家に行ってみれば、おばあさんはいなくて、狼さんがいる。
おばあさんを食べられたくなければ、寄り道なんてするな、と言われ、おばあさんは戻ってきてめでだしめでたし。
つまり、知らない人のいうことを聞いてはいけないよ、寄り道もしてはいけないよ、という教育。
そんな教育を受けるのは、村にいる5歳、10歳、15歳の少女。
赤いずきんを被せられて、パンとワインの入ったかごを渡されて、おつかいを頼まれる。
◇∞━***━***━***━***━***━***━∞◇
そして今日は、10歳の誕生日。
つまり、おつかいを頼まれる日だ。
「おつかいよろしくね、最強の赤ずきんちゃん?」
「......お母さんまでそんな呼び方しなくっても...」
はぁ...そりゃ5歳の時は、狼さんにびっくりして思わず攻撃しちゃったけど......村の人たち全員にそんな風に呼ばれるのもなぁ...
とりあえず、狼さんのターゲットの目印、赤いずきんを被って、持っていくパンとワインの入ったかごも持つ。
正直、もう2回目ともなれば面倒だし、さっさと行ってさっさと帰りたいくらい...というわけにもいかないわけだから、大人しくのんびり歩いていこう。
あ、でも早足ね? 面倒だから。
◇∞━***━***━***━***━***━***━∞◇
「可愛い赤ずきんちゃ...」
「おばあちゃん家へパンとワインを持ってお見舞いに行くところよ。」
早足はやめつつも、そのまま歩きながら、狼さんの言葉を遮る。
「そ、そうか。 いい子だね...
えーっと、確かあっちにお花畑があるよ?
おばあちゃんにお花を摘んでいってあげたら?」
.........?
5歳の時とは反対方向を指さす狼さん。
お花畑ってあっちだったっけ...
微かに香るのは、お花とは全く違う匂い。
これは......
「そう、教えてくれてありがとう。
少し寄ってくわ。」
また早足に、というより、駆け足で狼さんの指さした方へと向かう。
この甘い匂いは、どう考えても花なんてものじゃない。
もっと香ばしくて...紅茶でも飲みたくなるような...
◇∞━***━***━***━***━***━***━∞◇
お花畑どころか、少し森になっていて、その奥に匂いの正体はあった。
甘いどころか甘ったるいほどの匂いを放っていたのは...クッキーでできた壁やドア、水飴でできた窓、板チョコでできた屋根、飾りにはホイップクリームやマカロン......そう、お菓子の家。
そりゃ甘ったるくもなる。
なにせ鼻が利くから余計に、ね。
ちょっと文句言ってこよう。
こんな迷惑な家、すぐに取り壊してもらおう。
窓から中を覗かせてもらいますよっと...
うわぁー、バームロールのタンスとかプリンの椅子とか見えるよ。
甘ったるすぎて吐きそう...
「悪趣味な住人はどこかな...って、あらら?」
あれって確か、3日前に赤ずきんになった5歳のグレーテルちゃん...と、付き添いのヘンゼルくん。
行方不明って言われてたけど...あれれ、この家の住民って悪い人?
『コンコンっ!』
勢いよく水飴が固まってできた窓を叩く。
硬すぎてむしろ叩くのも痛い。
てか絶対開けられないでしょこれ...
「......おね...ちゃん....?!」
開けられないんだね、うんわかった。
会話までしづらいし。
「あんたたち、なんでこんなとこに?」
なるべく大声で、窓の向こうにいるグレーテルちゃんたちに話しかける。
壁に穴をあけた方が早いけど、手に甘ったるい匂いつくだろうし、後住人に文句言う前にこっちが文句言われたら面倒。
「魔女...閉じ込められ...!」
魔女に閉じ込められた、ってとこか...魔女って誰。
知らないんだけどそんな人。
「逃げればいいじゃない。
見張られてるわけじゃないみたいだし。」
妥当である策をとりあえず言ってみる。
なんなら穴あけてやるわよ、あんたたちのために。
「馬鹿言うな! 魔法がかかってるんだよ!
外から食べることはできても、中から出られはしねーんだよ!」
うわぁ...怒ってるせいかよく聞こえて助かるわ。
ヘンゼルくんの声。
にしても魔法ねぇ.....よし、決めた。
「わたしが助けてあげる。」
2人をまっすぐ見つめ、わたしは大きな声でそう伝えた。
グレーテルちゃんは可愛い目で見てくるのに、ヘンゼルくんはまるで生意気な態度だ。
「何言ってんだ、無理しねーで逃げろ!
俺がどうにかしてここからグレーテルと逃げる!
って、おい! 聞きやがれ!」
反抗期はほっておいて、わたしはさっさと走り始めた。
お菓子の家から少し離れたら、本気で走り始める。
さてと、狼さんに、おつかいを頼まなきゃね?
◇∞━***━***━***━***━***━***━∞◇
「はい、おばあちゃん。 お見舞いに来たよ。
入れてくれる?」
息を整えて、これまた決まり文句のようなことを言う。
もちろん開けてくれるのは、狼さんだけど。
「残念だな、ばあさんはもうくっちm...」
「そんなことはどうでもいいわ。
緊急事態よ、狼をみんな集めて。」
どうせ食べてないくせに...というか、5年前わたしが攻撃したせいか、別の狼さんになってるし。
「は? え、いや、だからばあさん...」
あぁもう、うっとうしい。
「娘の頼みも聞けないの?
それならもう大好物の赤ワインあげないわ。」
......驚いた?
そう、最強の赤ずきん、ってのはね、狼と人間のハーフのわたしが、狼さんに爪で引っ掻いたり噛み付いたりしたから。
まぁ家を壊しかけたのは反省してるけど...
「わかった! わかったよ!
で、緊急事態ってのはどうしたんだい?」
さてと、おつかいを頼む時間ね。
甘い、甘い、おつかいを....ね?
◇∞━***━***━***━***━***━***━∞◇
30分ほどして、狼たちは全員、あのお菓子の家へと集結していた。
みんな、うえぇ...って感じの顔。
これだけ甘ったるい匂いに、わたしからのおつかいがあるせいだろうけどね。
「なぁ...ほんとに言ってるのか?」
もう3度目くらいだろうか。
よほどいやなんだろう、わたしもいやだ。
まぁわたしは見てるだけなんだけどね?
「ほんとよ、覚悟してやりなさい。
さぁ......お菓子の家を食べ尽くすのよ!」
気だるそうに、でもヘンゼルくんとグレーテルちゃんのため、勢いよく駆け出す。
壁やドアのクッキーを、窓の水飴を、屋根の板チョコを食べていく。
...いや待て、窓は時間かかるだろそれ。
食べ尽くせって言ったけど、先にヘンゼルくんとグレーテルちゃん出してやれよ。
◇∞━***━***━***━***━***━***━∞◇
人数? が多いおかげか、頑張ってくれたおかげか、15分程度でお菓子の家はなくなった。
よく頑張ったな......特にあの窓。
ヘンゼルくんとグレーテルちゃんも無事外に出て、わたしの後ろに立っている。
それから少しして、魔女とやらが帰ってきた。
思ったより若い女性だけど、悪趣味を持つ人には変わりない。
「あぁ! わたしのお菓子の家が!!」
さっそく嘆き悲しんでるけれど、正直まだ甘ったるい匂いは残ってて、すごく気持ち悪いよこの場所...
って、そんなことはさておき。
「ねぇ、魔女さんとやら?
なんでこんなことしたのか教えてくれる?」
わたしに気付いて、後ろのヘンゼルくんとグレーテルちゃんにも目を向ける。
申し訳なさそうに俯いたまま、魔女は口を開いた。
「その...前にお菓子を持って行ったんだ。
でも、知らない人だから怖いって...お菓子を食べてくれなかったんだ!
だから、この村の掟を利用して、お菓子を食べてもらおうとしたんだ!」
これもう呆れて何も言えない。
まずやりすぎでしょこれ...
「普通にお菓子屋さんでも開きなさい。
甘ったるくて気持ち悪い匂いが...じゃなくて、その方が喜ばれるでしょうよ。
子どもたちも普通にくるわ。」
一瞬え?って顔したけど、気にするなって目をしておく。
とりあえず反省もしてくれたし、今度お菓子屋さん開くでしょうね。
◇∞━***━***━***━***━***━***━∞◇
「あら、正義の赤ずきんちゃんじゃない?」
「......もうなんでもいいです。」
帰ってくれば、今度は正義の赤ずきんちゃんか...
もはやわたしが特殊なことはわかった。
そうそう、お菓子屋さんも無事開かれましたよ、っと。
しかもすごい人気で、こないだお母さんまで買ってきてたよ。
お菓子が嫌いなわけではないから、バレンタイン? とやらで期間限定のチョコを食べたよ。
しかも開店セールも重なって半額。
味? 普通に美味しかったわ。
この世に『ビター』なんてものがあるとはな...
そうそう、掟も変わったんだっけ?
◇∞━***━***━***━***━***━***━∞◇
「赤ずきんちゃん、おつかいを頼むよ。
このパンとワインの入ったかごを、おばあさんのお家に持っていってね。
お見舞いと、今日5歳になったご挨拶ね。」
「うん、わかった!」
「寄り道をしたらだめよ。
知らない人の言うことも聞いちゃだめよ。
お約束、守れるね?」
「約束守るよ!」
「ちゃんと約束守ったら、おばあさんがあのお店の美味しいお菓子をくれるからね?」
「ほんと?! じゃぁ急いで行ってくるね!」
今日の赤ずきんも、寄り道をしない、いい子です。