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 空はどこまでも青く澄み渡り、天に浮かぶ太陽は大地を暖かく照らす。

 草木を揺らす風は柔らかく、新緑の香りを運んでくる。

 長閑な農村にある、女神を奉る神殿。そこにある鐘が鳴り響き、幾重にも木霊する。

 今日、ラミゼットの村では結婚式が執り行われていた。

 新郎も新婦もこの村で生まれた若者たちだ。

 新郎は焦げ茶の短髪に、引き締まった体躯を礼服で包んでいる青年。その表情は至福の笑みをたたえ、仕草は洗練されていて多くの婦女子たちが感嘆の吐息を漏らしていた。

 新婦は純白のウェディングドレスに身を包み、明るい茶の髪を結い上げた女性。薄いヴェールの下で目を閉じて、ただ幸せそうな笑みを浮かべている。

 式に参加するのはこの村の者の他には新郎新婦の共通の友人たちだけという、質素な結婚式。


「おめでとう!」

「おめでとうお二人さん!」

「綺麗だよミレイナ!」

「やったなユークリッドこの野郎!」


 村人たちは口々に祝福する。

 ミレイナとユークリッド。

 勇者と聖騎士。

 二人は今日、夫婦となる。


 ◇◇◇◇◇


 多くの国が連合し、魔物がひしめく魔王の所在地──広大な森だったが、暴れまわる魔物たちによって荒れ果てた場所──へと軍勢を差し向け、魔物どもを引き付けつつ、手薄になった場所から勇者とその仲間たちによる一点突破。

 それが決戦に採用された作戦だった。

 人間同士の戦に使われる戦術など意味をなさず、ただ真っ正面からぶつかって相手を殺す原始の戦い。

 広域を破壊し尽くす大火力の魔導術。

 多数の射手が放つ雨のような矢。

 それらが魔物を焼き、切り裂き、潰していく。

 ただ、それだけで終わる訳ではない。

 ただでさえ強靭で、さらに魔王の放つ黒い霧を長時間浴びたことで、決戦の地にひしめく魔物は大幅に強化されていた。

 爆炎。竜巻。大岩。濁流。人類の放つ魔導術をその身と数をもってして突破し、牙や爪を振るった。

 それに対抗するのは騎士や傭兵、武器を振るう戦士たち。

 剣と牙がぶつかり合い、怒号と咆哮が轟き、戦場には屍山が築かれ血河が流れた。

 人類連合の決死の戦いによって戦場の一部分が手薄になり、勇者たちがそこに突入した。

 勇者ミレイナ。

 聖騎士ユークリッド。

 魔導師ウェア。

 弓士アドニス。

 神官戦士ランディ。

 たった五人。これだけの人数で、まるで放たれた矢の如く突貫したのだ。

 聖騎士ユークリッドが盾と剣で魔物を潰し、弾き、前へ前へと走る。

 弓士アドニスが矢や投げナイフ、ボーラ、チャクラムといった投擲武器を目や口の中へ突き刺し、足を止めさせ、魔物が持つ巨大な体躯を逆に障害物へと変えていく。

 魔導師ウェアがその有り余る魔導力をもって、小さいが殺傷能力の高い術で弾幕を張り、同時に仲間たちへ支援強化を施す。

 神官戦士ランディはユークリッドの後ろで彼のサポートに全力を尽くした。ただただこちらを食い殺そうと突撃してくる魔物たちの迎撃優先順位を指示し、傷付けば即座に癒し、迎撃が間に合いそうになければ自らも前に出る。

 勇者ミレイナはただそれに着いていく。

 彼女は力を高めている。己の身に宿る力を全身を使って加速させ、回転させ、さらに加速させていく。

 今はまだ力を振るう時ではない。

 仲間を信じ、その時が来れば仕損じないように。

 だから今は仲間たちに任せる。

 言葉はない。合図もない。

 それぞれがまるで最初から決めていたように、停滞も遅滞もなく、スムーズに、一個の生命体のように動く。

 本来ならばここにもう一人いた。

 でも、もういない。

 皆で話し合い、パーティーから外したのだから。

 それから、二年。彼のいない穴を塞ぐために彼女らは訓練を積んだ。それこそ血反吐を吐き、一歩間違えれば死ぬかもしれぬ状況に自分達を追い込んで。

 彼には恩がある。いてくれればそれだけで安心して戦える信頼がある。

 それでも、戦いに着いてこれない。

 このまま戦いがより激化すれば死ぬかもしれない。そんなことは絶対に嫌だ。

 彼が去って、自分達だけになって、粗が目立った。

 彼には大丈夫だと約束した。だから本当に大丈夫にしなければならないのだ。

 彼がやっていたこと。彼に教えられたこと。そして自分達が身につけたこと。

 全てを使って、仲間全員で協力して、ここまで来た。

 不安も、恐れも、ない。

 あるのはただ、生きてまた彼に会いに行くという目標だ。

 魔王討伐などその途中にある障害に過ぎない。


 ──生きて、おじさんに。

 ──生きて、師匠に。

 ──生きて、おじさまに。

 ──生きて、おやっさんに。

 ──生きて、我が友に。


『また会うんだっ!』


 魔物の壁を抜け、ぽっかりと空いた広い空間にでる。

 その中心には、黒い人の形をした霧の集合体。

 魔王。

 人類の敵。魔物の王。


「しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!」


 勇者の全力の一撃が、魔王を穿った。


 ◇◇◇◇◇


 ──魔王、討伐される。


 その報せは瞬く間に世界中を駆け巡り、人々を絶望の底から救った。

 魔物の被害はまだ各地で相次ぐ。だが、魔王が消えたことでその影響力は徐々に消えていく。

 まだ予断は許されないが、魔王という大きな障害が取り除かれたことで、各国はようやく自国の安定に全力を注ぐことができる。


 ──世界は救われた。

 ──おお、女神様。勇者様、ありがとう。

 ──これであの子も報われる。

 ──よかった。よかったぁ。


 人々は安堵した。

 失われた命を想って。これから生まれる命を想って。涙を流す。

 人々を見守る女神に。女神に遣わされ、魔王を倒した勇者に。感謝した。

 各国は被害も甚大だったが、笑顔を浮かべて決戦の地から帰国していった。

 そして勇者パーティーは神殿の総本山へ戻った。

 誰一人欠けることなく。

 帰りの馬車では誰もが疲れきって泥のように眠った。

 そして、目が覚めてすぐに彼の姿を探した。

 彼女たちは神殿に、彼が不自由なく暮らしていける手厚い配慮をするように手配した。だから神殿に戻れば彼が出迎えてくれると思っていた。

 なのに、姿はなかった。

 聞けば、戻っていないという。さらに彼が出ていったあの日、街道で戦闘の痕跡が見つかった。神殿の者が調べた結果、多くの死体が発見されたという。

 彼の死は確認されていないが、それ以降の足取りが掴めていない。それらしい姿を見たという情報もない。

 完全に、二年前のあの日から彼の消息は途絶えてしまっていた。

 皆、意気消沈してしまった。

 魔王を倒して喜びに沸く気持ちは一瞬にして消えた。


「……そっか」


 そんな中、ミレイナだけは苦笑した。

 しょうがないなぁ、といった感じだ。

 勇者パーティーとともに旅をして、街に立ち寄って大歓迎を受けているとき、決まって彼は姿を消していた。

 そして夜になり、ミレイナは静かに一人で夜空を見るのが好きだったから庭やベランダに出て、静かな時間を楽しむ。

 するとどこからか風が吹き、薄汚れた格好の彼が現れて、


「あまり体を冷やすなよ?」

「おじさん、どうしたのその格好」

「ゴタゴタに巻き込まれてな」


 そういうやりとりをする事が多かった。

 きっと、またどこかで「ゴタゴタ」に巻き込まれているのだろう。

 そして、また風とともに、きっと戻ってくる。

 そう信じて、彼女は勇者として最後の仕上げを行う。

 女神の祭壇へ赴き、女神の加護の返納だ。

 歴代の勇者たちも祭壇で力を覚醒させられ、魔王討伐が終われば祭壇にて力を女神に返し、ただの人間に戻るのだ。

 力が失われたミレイナは、体が重く感じたが心は軽やかだった。常にのし掛かる勇者としての重圧。容易く命を奪える力。それらすべてが、もうないのだ。

 もう、勇者の力に怯えなくて済むのだ。

 晴れやかな笑顔で、嬉しくて思わずユークリッドに抱きつき、彼を慌てさせる一幕もあった。

 しばしの休息の後、各国の代表者を招いての勇者たちへの慰労と報奨を決める会議が始まった。

 とは言っても、それは勇者の望みを聞いてそれぞれの国に通達するだけだ。

 ミレイナは穏やかに笑って、


「爵位も、領地も、お金もいりません。たたの村娘に戻って……大切な人と一緒に生きていきたい」


 隣に立つユークリッドと手を繋いだ。

 二人とも、耳まで真っ赤になっていた。

 その要求は満場一致で受理され、以降、ミレイナはどのようなことがあっても勇者としての権威を用いない事を誓約して、解放された。

 ランディはその時、すんなりとミレイナの要求が通った事に驚いた。

 何せ魔王を倒した勇者だ。その身柄を押さえれば政治的に有利になると考える者は多い。絶対にゴネられて難航すると考えていた。

 しかし、各国の使者や神殿の大神官たちは妙に顔色が悪く、どこか怯えていたように見えて……すぐに納得した。

 そして、大神官にミレイナとともに村へ行き、余生を過ごすことを要求した。

 それも通った。

 ユークリッドも村へ帰る。ウェアもいく場所がないからと村に行くと言い出し、アドニスも軽い口調で追従した。

 結局、勇者パーティー全員が長閑な農村に引っ込むことになり、各国の使者はそれぞれの国へ報告し、各国の王を始めとした重鎮たちは歯を食い縛って悶え、やがて深いため息を吐いて、仕事に戻っていった。


 ミレイナとユークリッドが三人を連れて村に戻ったことで、村にはいいこと尽くしだった。

 アドニスはその卓越した技能で魔物や害獣から畑を守り、日々狩りをして村の食料事情を支えている。

 元々いた狩人たちが魔物によって負傷し、狩りができなくなっていたので大変重宝された。

 ウェアは魔導術を活用して村の生活環境をほどほどに改善した。井戸を新しく近場に掘ったり、治水工事をしたり、道を平らに馴らしたり。

 また様々な学問の知識も豊富なこともあり、子供たちに読み書きを教える教師としても働き始めもした。

 ランディは村の小さな神殿に赴任し、治癒や村人の話し相手など、穏やかな生活を手に入れた。

 神官戦士として戦っていたが、彼も寄る年波には勝てず、武器を置いて神官としての職務のみに邁進した。

 ユークリッドは鍛え上げた肉体で村の貴重な働きとして、また自警団のリーダーとして近隣の安定のために尽力した。

 そしてミレイナは、長い間会えなかった両親にたっぷりと甘え、それからはウェアも巻き込んで花嫁修行を頑張った。


 ◇◇◇◇◇


「では、女神の前にて、終生お互いを愛し、共に支え会うことを誓いますか?」

「誓います!」

「誓います」

「ここに婚姻の誓いは成りました。皆様、盛大な拍手を!」


 ミレイナとユークリッド、二人が誓いの言葉を告げ、二人の婚姻の儀を取り持つランディが村人たちに声をかければ、皆心からの祝福の言葉を投げ掛ける。

 堅苦しい儀式が終われば、後は無礼講だ。

 皆が好きなように行動し出す。

 女性陣はミレイナを取り囲み、楽しく姦しくお喋りを楽しむ。

 男性陣はまだ日も高いうちからすでに酒樽に群がり、飲み比べ大会が開催されてしまった。

 子供たちは今日のために用意された料理の数々に目を輝かせ、貪り尽くす勢いで口に入れていく。

 夢見た平和がここにあった。

 楽しくお喋りするミレイナ。

 酒を強制的に飲まされるユークリッド。

 子供たちに混じって料理を食い散らかすアドニス。

 ちゃっかり料理と酒を自分用に確保して楽しむウェア。

 その光景を満足そうに眺めているランディ。

 これこそが、求めた光景だった。

 ただ、願わくば──。


 風が、吹いた。


 弱く、特に気にするようなものではない。

 けれど、ミレイナは劇的に反応した。

 皆が不思議に思って声をかけても、彼女は周囲を見渡すだけ。

 女性陣の様子がおかしいことに気付いたパーティーメンバーもミレイナが何かを探しているような姿に首を傾げた。

 急にミレイナがドレスのスカートを持ち上げて走り出した。

 慌ててユークリッドはそれを追いかける。続けてアドニス、ウェア、ランディも。

 ランディは村人たちに気にせず続けてくれと告げるのを忘れない。

 走るミレイナ。

 追う仲間たち。

 やがてミレイナは村の外れにある大木の所にたどり着いた。

 太い幹を持つ、村の象徴たる大木。

 ミレイナは荒くなった呼吸を整える。

 そして、胸元に手を当て、治まらない鼓動を感じる。

 背後から、四人が駆けてくる。


「……おじ、さん。どう、したの? そ……その、格好」


 声が、震える。

 背後からも、息を飲む気配がする。

 それでも、ミレイナは振り返らず、大木の方をじっと見つめる。


 ──お願い。


 果たして、彼女の願いは。


「ちょっとな。ゴタゴタに巻き込まれてた」


 果たされた。

 大木の幹の裏側から、薄汚れた、ボロボロの男が、姿を現す。


「おじ、おじさん、わたし、がんばったよ」

「ああ」

「ゆうしゃ、やりとげたよ」

「ああ」

「およめさん、なれたよ」

「ああ」

「どう? きれい?」


「ああ、良く似合ってる」


 涙が溢れ、衝動のままにミレイナは駆け出し、もう一人の父親と思っている彼──バルクに飛び付いた。


「おじさぁん」

「よく、がんばったな」

「うん……うん!」

「師匠!」

「おじさま!」

「おやっさん!」

「バルク!」


 名を呼ばれ、勇者パーティーを外された騎士は、


「よう」


 柔らかく笑った。


これにて完結。

無能だと追い出される話があるなら、皆から信頼される話があってもいいよね?

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ちょっと世界を影で動かしてきた。
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