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8/9

戦闘描写あり。

1/25 誤字修正。

(む?)


 気がつけば、バルクは森の中を通る街道にいた。

 乾いた自嘲が漏れる。

 思っていた以上に自分は駄目なようだと。

 今までなら息をするように周囲を自然と警戒し、何かあればすぐさま意識が切り替わっていたはずなのに、考え事に夢中で無防備な状態を長時間晒していたのだ。

 何もなかったことに安堵し、続いて自嘲。

 ここまで堕ちるか。

 ちっともおかしくないのに、乾いた笑いが出る。酷すぎだ。

 例え人通りが多くなっているとは言え、安全とは言い難い。危険などどこにでも潜んでいる。

 それに、ここは視界の悪い森の中。襲撃にはもってこいの場所だ。

 バルクは気合いを入れ直して周囲を警戒し──。

 抜剣。

 風切り音とともに飛翔してきた矢を打ち払う。同時に矢避けの魔導術を構築してすぐさま発動。

 展開が本の少しだけ遅かった。術を掻い潜ってきた矢を上半身を仰け反らせてなんとか回避する。

 じっとりとした汗が吹き出す。

 発動した矢避けによって、何本もの矢が軌道をずらされて地面に突き立っていく。


(囲まれた)


 道の両脇にある木々の間から、途切れることもない矢の雨。

 矢避けを重ねがけして補強する。

 このままでは不利だ。バルクが馬を走らせようとしたら、投げ槍が行く手を阻むように突き刺さった。

 二本、三本と突き立つ槍。

 幸運だったのは馬がこの程度では怯むことのない軍馬だった事。

 そして、投げ槍がバルク自身を狙ってこなかった事だ。

 この馬は対魔物用の調教をされているから胆力もあり、逆に魔物を蹴り殺すこともできる。それに、攻撃に驚いて振り落とされてしまうこともない。

 バルクが展開した矢避けの魔導術は、その名の通り矢だったり、それと同程度の軽い攻撃の軌道を逸らすためのものである。投げ槍に対しては出力が足りない。


(狙いは何だ)


 射撃が止んだ。

 周囲がざわめいている。風で葉が揺れるのではなく、先程まで矢を放ってきていた襲撃者たちだ。

 これだけの人間が潜んでいるにも関わらず気づけなかったのに、バルクは内心で臍を噛む。

 自分が呆けすぎていたのか、はたまた高性能な隠蔽用魔導具を使って潜んでいたのか。


「何者だ?」

「よう、バルク・センドリーニ。久しぶりだなぁ! 俺の顔を忘れたとはいわせねぇぜ?」

「……何者だ?」


 意味がないとは思いつつも誰何すれば、木々の影から顔中が古傷だらけの粗野な男が姿を現した。

 人を見下しきった嫌な笑みを浮かべている。

 だが、バルクには見覚えがなかった。


「テメェ、フザケてんのか!? この俺様を、“闇の鎌”オーバ様を、忘れたのか!?」

「知らんな」


 オーバという男の怒声を皮切りに、仲間か手下か判別がつかないが、他の襲撃者たちもぞろぞろと姿を現し、バルクを取り囲んだ。

 総勢で三十名程。まだ森の中に数人の気配があるようだ。

 しかし……、とバルクは微かに驚いていた。

 理由は知らないが、この連中はバルクを標的に襲いかかってきた。

 敵を確実に仕留めたいなら奇襲は当たり前の話だ。そこはいい。だが何故こうも簡単に攻撃の手を止めて姿を敵に晒した挙げ句に、ベラベラと喋り始めるのか。

 確殺するのならあのまま攻撃の手を緩めずに投げ槍、投石、魔導術も用いての飽和攻撃が定石だ。

 まぁ、敵が攻撃を止めたおかげでバルクはまだ生きているのだ。

 そこには感謝していた。


「それで? 俺に何の用だ?」


 心底心当たりのないバルクは質問する。

 それに対して、オーバという男とその仲間たちは一斉にブチ切れた


「テメェ、俺ら“闇イタチ”を潰した事を忘れたのか!?」

「我ら正統魔導協会の行動を邪魔しおった愚か者め!」

「俺様はあの女を囲ってやろうとしただけなのに、お前のせいで家を追い出されたんだ! 絶対に許さねぇ!」

「お頭のカタキだ!」

「お前がいなければ!」

「ぶっ殺してやる!」


 皆が一斉に好き勝手に声を荒げる。

 だがこれでバルクはやっとこの連中が何なのか理解した。

 勇者パーティーとしてあちこちを転戦していた時、街に行くと歓迎の宴が盛大に開かれた。

 勇者とは人類の希望。魔物が凶暴化して分厚い壁に囲まれた街ですら安全とは言い難くなった昨今、どうしても活気がなくなる。そんな現状を打破し、活気を取り戻そうと勇者をダシにして騒ぎ立てるのだ。

 そうすると、この機会に勇者と縁を結びたいと願う輩が大量に現れる。

 上は王公貴族、下は浮浪者まで。

 勇者の肩書きが持つ影響力は世界で最大最強だ。これを利用すれば、出来ないことなど何もないだろう。

 しかも今代の勇者は少女だ。

 下衆な男たちが別方向でやる気に満ち溢れていた。

 下手に手を出せば逆に返り討ちにされるほどの実力差があるのだが。

 王公貴族相手なら神殿の者たちに任せておける。というより率先して牽制や妨害工作をしていた。

 平民相手には勇者パーティーの厳つい猛者たちがミレイナに着いていればそうそうおかしな事にはならない。なったとしてもすぐさま制圧される。

 そうして勇者ミレイナは守られてきた。

 話を戻して、今バルクを取り囲んでいる者達は何なのかと言えば、裏社会の組織の構成員や狂った主義主張を盲信している狂信者たちだ。

 正確に言えば、その残党だ。

 全てバルクが壊滅させてきた。

 裏社会の者たちが生きていく上で必要とするのは暴力だ。欲しいものは暴力で奪い取ればいい。

 その考えで行けば、勇者の武威は喉から手が出るほど欲しい。何せ世界最強なのだから。

 勇者の力を自分達の意のままに操ろう。大丈夫。人質、クスリ、小娘一人言うことを聞かせる手段ならいくらでもある。

 ギラついた目で勇者を見据え、涎を垂らしながら動き出す前に、その都度バルクが強襲して徹底的に壊滅させてきた。

 狂信者たちは、言い方を変えれば選民主義者だ。凄いのも偉いのも自分達。他はゴミ。そう信じこんでいる。

 連中の言い分では勇者は女神に選ばれた尊い存在。自分達も尊い存在(と思い込んでいる)。ならば勇者は自分達と共にいるのが当たり前ではないか。そうに違いない。そうであるべきだ。

 さあ勇者よ、我らのもとへ来るのだ。

 さあ勇者を迎えに行こう。

 そんな事をアジトで話し合っていたので問答無用で爆破した。

 他には貴族の頭の足りない子息や、チンピラたち。

 どいつもこいつも、ミレイナを利用しようとする者ばかり。


(しかし、何故俺だとバレた?)


 バルクは騎士の身分だが、やっている事は裏社会の人間とそう変わらない。邪魔な人間を暗殺する。命令に従って何人も殺して来た。

 故に、正体がバレないように細心の注意を払ってきた。

 ならば、何故。

 バルクの裏の行動を知っている者からの情報漏洩。


(神殿の……そうか)


 彼の行動を知っているのは神殿の関係者でも一握り。その中でも最も有力な男の顔を思い浮かべる。

 そこからの流れで、簡易砦で馬を用意して待っていたあの男も共犯だと思い至る。

 別に神殿へバルクを送り届けるだけなら、続々と物資を運んできていた荷馬車が戻る時に同乗すればいいだけの話だ。それが馬一頭で帰れなどと。

 そちらの方が気が楽だからと受け入れたが、こうして一人で森の中に入り、荷馬車の往来が途絶えた所で、これだけの人間が準備万端でバルクを取り囲むなど、偶然などとは口が裂けても言えはしない。

 神殿側にもそれなりにバルクを消したい人間がいるのだ。


 ──勇者を支える誉れ高き偉業に、このような薄汚い駄犬を参加させる訳にはいかん! 即刻除名を!


 自分の配下が勇者パーティーに選ばれなかったのが気に入らず、バルクを排除しようとして失敗した、大神官補佐。

 神殿では憎悪のこもった眼差しでいつもバルクを睨み続ける老人。


(これは、調査が必要か)


 バルクの根底には、生きるという執念がある。

 むざむざ死にたくはない。


(ああ、そうか。そうだな。うん。そうしよう)


 ふいに、笑いが込み上げてきた。


「あんだぁ!? 怖すぎて気でも触れたか!」


 凄む襲撃者たちだが、バルクは笑った。

 押さえきれない。

 笑った。

 大声で笑った。

 腹を押さえて笑った。

 仰け反って笑った。

 むせた。


「ごふ、えほ……ふはっ」

「おい、あいつおかしくなっちまったぞ?」

「構うことねぇ。殴って切り刻んで嬲り殺してやる」

「コイツ殺せば、後はおっさん一人とガキばっかりだ」

「ひへへ、股ぐらがいきりたつぜぇ」


 襲撃者たちは引けた腰を戻しつつ武器を構えた。

 剣、槍、斧、ナタ、弓矢、ナイフ、魔導術の炎や雷。


「ククク、はぁ。礼を、言うぜ。はぁ。ふぅ。お前らのおかげで、この後の目標が出来た」


 笑いがおさまったバルクの目が、襲撃者たちを居抜く。

 その眼光の鋭さは、先程まで呆けていた男のものではない。戦士のそれだ。

 バルクは、力が漲っているのを自覚した。全身にあった倦怠感や違和感がどこかに消えている。

 首、肩、背中、腰。動かせばゴキゴキと音が鳴り、コリが解れていく。

 今までの空虚さは何だったのかと思えるほどに、今、バルクは滾っていた。

 彼は勇者パーティーでだんだん通用しなくなっていく事で、日々無力感に苛まれていた。それを払拭するべく必死に動いて、それが空回りして、また無力感が増大する。その悪循環。

 バルクは勇者パーティーに参加するまでほぼ一人で戦い続けてきた。協力者はいたこともあったが、肩を並べて戦うことはなかった。

 仲間と協力して戦う経験が皆無なのだ。本来ならば若い頃に経験する集団戦闘のアレコレを、彼は知らない。

 壮年になってようやく経験したのだ。

 一人で試行錯誤して最悪の状況を打破してきた自負があるせいで、どんな事が起こっても対処できるという驕りがあった。

 人間、初めての事態には割りと余裕が無くなる。

 悪い事が重なり、思考の袋小路にはまり、弱気になって、諦念に身を任せてしまった。

 それが今、自分の本領が発揮できると分かった瞬間に気力体力ともに充実した。


「お前らは勇者とその仲間を害そうとする。ならば、俺はそれを阻止しよう。いくらでも手を汚そう。今まで通りにな」

「なにワケわかんねぇことを──」


 剣を突きつけて喋る男の額に穴が開き、脱力して倒れる。

 周囲の者達は何が起こったのか理解できず、倒れた男に視線が集まった。

 その隙を見逃さず、バルクは自身の近くにいる敵の頭を次々に撃ち抜いていく。

 魔導術【穿つ針】。

 バルクが最も多用する、射程は短いが低コストで使える術だ。本来は指弾程度の威力しかない魔導術をバルクが改造して貫通力に特化させたものだ。


「な──!」


 前方の敵が混乱している隙にバルクは馬から飛び降り、後方にいる者達へ一気に肉薄する。

 周囲を取り囲んでいる者たちの中に脅威は存在しない。

 元々が街の中で燻っているような連中だ。精々が喧嘩くらいしかしてこなかったのに、人も魔物も殺し続けてきたバルクの相手にはならない。

 次々と斬り倒していく。

 殺る気に満ちたバルクを止めるのは至難の技だ。

 たった数分で、襲撃者たちは物言わぬ骸へ姿を変えた。森の中で息を潜めていた連中も始末するのを忘れない。

 魔導術で穴を掘り、死体を蹴り落として埋める。流れ出た血も土を耕すように掘り返して埋めておく。後は小規模の竜巻を起こして臭いを散らし、地面を固めておく。

 こうしておかないと血の臭いに誘われて野性動物や魔物が寄ってきてしまう。

 それに街道を掘り返したままにしておけば荷馬車が通れなくなってしまう。

 後始末を終えたバルクは、未だに怯えもせずに待っていた馬に再び騎乗する。


(ミレイナを狙う者はまだまだ存在する、か)


 壊滅させたとは言え、残党がこうもいると見過ごす訳にはいかない。

 ただの村娘であったが、勇者として戦うことになった少女。

 魔王討伐などという大役を任せられ、懸命にそれを達成しようとしている。

 それが終われば、彼女はただの村娘に戻りたいと語った。

 恥ずかしそうに笑って、母親のように、好きな男と結婚して、平和に過ごしたいと願っていた。

 バルクにそれを叶える程の力はない。

 ただ、出来ることは最大限してやりたいと思った。


(まずは神殿の上層部にいる連中。それと、今まで潰してきた奴ら。手を組んでいると見て間違いはない。下手をすれば異端審問官も動かすだろうな)


 勇者を狙う連中は、魔王討伐よりも勇者の身柄確保に躍起になっている。

 これからミレイナたちは本格的に魔王討伐のために行動する。

 その邪魔は、させない。


(ふむ。そうすると俺が自由に動き回れるこの状況はとてもいいのだな)


 バルクは馬を走らせる。


(派手に動き、己の欲望を優先する輩の目を俺に向けさせる。俺を最優先で止めなければならないように仕向けて、ミレイナたちは魔王に集中してもらう)


 彼はそう思考するが、それは最悪、世界中から敵視されるかもしれない修羅の道だ。


(まぁ構わんか。もう血にまみれている。恨みも多い)


 バルクは街道を行く。

 時間は思ったよりも経っていたようで、夕日が山の向こうに沈もうとしていた。

 今日の夕日は、いつもより赤黒いようにも見えた。


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