「殺した男、殺された女」
とある都内マンションの一室。
日が登りきる前に作業を終えて、帰ってこれた男は土と血と汗で汚れた身体をシャワーで流す。
マンションの一室に頭からタオルをかけてブリーフ一丁の男が入ってくる。
男はとりあえず、そのままの姿で布団に胡座をかいて座る。
しばらく瞑想したのちに、喉が乾いたのか冷蔵庫から、水を取ってくる。
そのペットボトルの水を飲み干し一息つくが・・・。
「ネズミ・・・ネズミの声がした・・・。」
男はパンツ一丁であるのにも関わらず、自分の着ている服にネズミが入り込んだと錯覚して全身を激しくまさぐっているようだ。
「ああ・・・・・・あぃぁあぁああー! 祟りだぁ! アイツの祟りだぁぁぁ! 頭の中からネズミの鳴き声がするぅぅぅー!!」
頭をかきむしりしばし、悶えた後に、男は突然高笑いを始める。
「ハッハッハッハッハッハッハ! 馬鹿らしい! 実験だろう! これは実験だろう!? 俺が、たった2ヶ月愛し合った女を殺したくらいで錯乱する男かぁー? そんなことあるわけがない! あるわけがないっ! 黙れぇ、ネズミ!」
大声を張上げ、幻聴を消す。
男が、平静を取り戻し、頭から水をかける。
そして、女物のハンドバックを押し入れから引っ張りだし、
その中から財布を見つける。
その中身を見せびらかすように、自分で設置したカメラに見せる。
「実験、一人目。報酬は・・・1万3000円。ッチ。貯金を卸して来いと伝えるのを忘れていた。
・・・馬鹿らしい。女一人を殺して埋めて。これで捕まれば刑務所から一生出てこれない。
ああ、嘆かわしい。たったの1万3000円。それだけの為に愛した女を殺して埋めて。マトモな弁護もしてもらえない。陪審員とマスコミは、大手をあげて俺の死刑を求めることか。
遺族・・・母親はまだ生きてたかな?」
1枚の万札と、3枚の千円札を何度も何度も指で数えても数が変わらない。
「・・・痴情のもつれ、突発的な殺人・・・それとも・・・」
男は女を殺した際に使った包丁を台所から持ってくる。
「心中ならば、心象も良いかもしれない。
そうだ! そうだぞ! この世でいくら泡銭を稼ごうとも! 死んだら全て泡沫となる! たった4枚の紙切れで、閻魔に減刑を求めたところで、紙切れごとに地獄の業火で灼熱だぁ・・・。いま、俺は後悔をしている。その後悔を改めるという形で。己が命を絶ったなら・・・なくはない、 なくはない!」
男は決心したように、包丁を自分の腹に向けて持ち変えて、
深く深く呼吸をしたのちに、包丁を自分の腹に刺そうとする・・・。
が、出来ない。できるはずもなく、包丁をテーブルに置く。
男は押し殺すように咽び泣く。
そこにLINEの通知が届くとビックリして画面を確認するが、なんともない只のメールマガジンだった。
怯えている。怯えている。
男は女の怨念と、これから自分に起こりうるであろう、現世の地獄とあの世の地獄を。
取り返しのつかない突発的な衝動で行ってしまった行いに対して・・・。
得られた対価は、殺した女の財布の中身。
たったの1万3000円。
どうしよう・・・どうとりかえそう・・・。
自分の人生はお先真っ暗になってしまった。
そして、男はもう一度右手でテーブルに置いた包丁を掴み、虚ろな瞳で見つめる。
そして、左手で自分の額を叩く!
「ーーーーーーっ待ーーーぁあーーてええぇぇよーーー。」
男はピョンっと立ちあがり、包丁を右手に飄々と語り出す。
「人を殺さば穴1つ。寿命を全うする前にぃ。穴に首を括られるまでぇ。されば、幾人殺せばどうか? 死んだ後にも語られる者多きこと。たった一人の女を殺し。その罪に焼かれて死ぬか。幾人もの女を殺し、黒炎赤炎青炎と、七色の極彩色の業火に焼かれて死ぬるほうが、美しきこと美しきこと! 人間わずか五十年。一人殺して溢れた銭で生き延びるか。百人殺して、千両箱を積み上げるかぁ。2つに1つぅ。選ぶ刻も、惜しいかな。百万の警邏に追われて溢れた命の金を吸って行き続ける。
悪鬼羅刹に成り下がろうかぁぁ!!」
語り終えると、男は包丁を置き、携帯を弄り出す。
濡れた髪をかき揚げて、一人の女友達に電話をかける。
「あ、おはよう。鳴見。今電話いいかな?
・・・実は、千尋と別れたんだよね・・・。」
男は口角をあげる。
通話を切り、カメラを掴む。
「一人目の記録、しゅうりょーうー。」
男は、クラシック音楽をパソコンでかけだし、踊り出す。
男は二人目の実験対象を見つけた______
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