絶対服従アーキデゴン
広い広い高原にある一軒の大豪邸。西園寺家のお屋敷が燃えている。
僕、中山昇が執事見習いとして西園寺家に仕えてまだ3ヶ月。やっとお仕事に慣れてきたところだと言うのに。
現当主である西園寺紗耶香お嬢様は僕の腕の中で、白目をむき泡を吹いている。ロングヘアはぐちゃぐちゃに乱れ、寝間着として使用しているピンクのネグリジェは泥だらけだった。
とても人前には晒せるような状態じゃない。でもその方がいいのかも知れない。
なぜなら放火魔はお嬢様の元婚約者なのだから。
事の発端はお嬢様のワガママだった。
『はっ! 誰がこんなブ男と結婚するもんですか!』
その言葉とともにテーブルにあったワインを相手に浴びせる。
確かに向こうの態度も悪かった。
こちらの今の状況にかこつけて一方的な婚約を取り付けようとし、あまつさえお嬢様のそのなだらかな胸に触れようとしたのだから……。
ポーカーで言えばロイヤルストレートフラッシュ。お嬢様の地雷をいとも簡単にぶち抜いていった。
ですがお嬢様。かつてエネルギー事業で隆盛を誇っていたが、前当主の西園寺雅彦様が亡くなった今じゃ西園寺家はただの没落資産家。それは紛うことなき事実なのです。
それなのに『ブ男』なんて有名政治家の箱入り息子本人の前で言ってしまったからさぁ大変。
せっかくの政界とのパイプが切れたどころか、怒りを買いその報復として10台以上の戦車群で砲撃を受ける事となった。
金を持った子供の喧嘩は恐ろしいものである。
砲撃はいつまでも鳴り止まない。もうお屋敷は跡形もないがそれでも止まらない。
ああ僕の人生はこんなところで終わってしまうのか。
[そこまでにして貰おうか。]
ふいにスピーカーから声が聞こえた。この声は……前園真蘇弥先輩?
彼は僕の他にこの家に仕えるただ一人の執事である。仕事は完璧でいつもミスのフォローをして貰っている。
……ただ一つ問題があるとすればこの人が極度のマゾである点くらいだろうか。
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先ほども述べた通り彼は完璧人間だ。しかしわざとミスをする。とくにお嬢様の指示はずらして実行する。
先日もお嬢様がどうしてもカレーが食べたいと駄々をこねたことがあった。しかもテレビで映ったとある地方の名店の物をだ。
しかし西園寺家にそんな余裕はない。雅彦様の作ったとある永久機関の特許料しか収入が無く、とてもそこまで行く余裕がない。
それに対して先輩は自分で作ると言い出した。流れるように野菜の皮むきをし、具材を炒め、煮込む。
美味し匂いが立ち込める部屋の中、ウキウキ気分で待ち望むお嬢様は本当にかわいらしかった。
出産と同時にお母様を亡くし、昨年はお父様も亡くされ意気消沈していたらしいと聞いていたがそんなことは微塵も感じられなかった。
「お嬢様、お夕食でございます。」
季節の野菜で作ったサラダとルーの布団で眠る白米。そのどれもが光り輝いていた。
執事も同じ部屋で食事をとるように命じられている為、自然と僕も一緒の食事となる。
いただきます! スプーンで掬い口に運ぶ。刹那、口に広がる濃厚な牛肉の旨味。良く煮込まれた玉ねぎは舌で押しただけで簡単に崩れた。
口内を流れるデミグラスソースの甘みがしつこくなく、隠し味のワインが味をしっかり締めて……ハッシュドビーフだこれ!?
当然お嬢様も一口で気づいたのであろう。すでにお仕置き用の鞭が手に握られている。
「なにこれ?」
「ハッシュドビーフでございます。」
「カレーは?」
「さすがにレシピが無いので作れませんでした。ですが市販のルーを買いに行くのも面倒なので似たようなものでいいかなと。」
「なら一言報告しなさいよぉぉぉ!」
もちろんすべてわざとである。その証拠に鞭で殴られている間、彼の顔は満面の笑みに包まれていた。
その後、お嬢様は文句を言いながらもハッシュドビーフとサラダをを残すことなくしっかりと完食されました。
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確かに砲撃が始まってから姿が見えないとは思っていたけれど。
「一体どこに?」
答えは足元にあった。
地面が揺れたと同時に地面が割れる。中にはアニメでしか見ないような何に使うかわからない計器やら部品で作られた大きな通路。
その中からカタパルトに乗って黒い塊がせりあがってきた。
それは人型の巨大ロボットであった。昔お台場で実物大のロボットの像を見に行ったことがあるが、あれが確か18mだったろうか。大きさとしてはそれくらいだ。
ただ見た目はお菓子の空き箱に円筒を複数組み合わせたような良く言えばシンプル、正確には雑なつくり、そして執事服まんまのカラーリング。もし創作物ならやられ役間違いなしのシルエットだ。
いやまさか嘘でしょ?
[アーキデゴン…ただいま参上いたしました。]
残念ながら声はロボットから聞こえた。勘弁して欲しい。非日常は戦車から砲撃を受けるだけで十分だ。これ以上ややこしくしないでいただきたい。
[下がってろ中山。後は俺がやる。]
ボーとしていて気づかなかったが僕とお嬢様はロボットの足元にいた。
つまり何かあれば二人纏めて押し花になってしまう。
それは勘弁願いたいのでまだ燃えていない庭のラウンジまで非難する。
[さぁ! 俺を快楽ばせろ!]
言いながらロボは前に進もうとして足をあげるのだが……遅い! なんで一歩進むのに一分以上かかっているんだ。
もちろんそんなでくの坊に弾はどんどん浴びせられる。
弾丸の雨とでもいうのだろうか。しかしそれでもひるまない。止まることなく歩みを続けている。
その鋼の肉体も傷ひとつつく様子はない。
[足りん! もっと、もっとだ! もっと俺に刺激をよこせぇぇぇ!]
本当に何を言っているんだろう先輩。
しかし巨大ロボットはその歩みを止めることなく戦車の群れへと歩を進めていく。
一歩、また一歩と着実に距離をつめている。
……あれ? スピードが上がっている?
最初は見間違いかと思った。しかし間違いない。砲撃を受けるたびに少しずつ足の回転が上がっている。今では人間が歩く程度のスピードはあるはずだ。
[その程度か。足りない!足りないぞぉ!!!
仕方ない、こちらから行かせてもらおう! バトラーアームズ!]
そう言ってロボはその手を天にかかげ、地面へと振り落とす。その振動でお嬢様が手から滑り落ち、地面にしこたま頭を打ち付けてしまった。……起きたらあの人のせいにしよう。
そんな地に落ちたお嬢様と裏腹に叩いた地面がせり出し、そこから何かを取り出した。
[バトラーアームズ001! デザートナイフ!]
……単なる果物包丁が右手に握られていた。完全に名前負けしている。もっとカッコいい武器が出るのかと思っていた。なんだかんだ言ってもロボは男の子のロマンなのだ。その期待を裏切らないでほしい!
まぁそんな僕の思いが通るはずもなく、ロボは手にした包丁を持ってそのまま最も近くの戦車まで近づき、膝をつき左手でつかんだ後
[ふん!]
ためらいもなく突き刺した。燃料タンクを寸分たがわず狙ったため、たちまち引火し大爆発を起こす。
幸い振りかぶってからの時間が長かったため被害者はいない。
ただ刺した本人はもろに爆風を食らっていたが。
[あはぁ♡……なんて気持ちい風だ。]
何言ってるんだよこの人……。というかこれ以上屋敷を破壊しないでください。
なお戸惑っているのは向こうも同じだったのだろう。戦車の破壊で一度は止まっていた砲撃が再開されるようだ。
まずは様子見で一発撃ち込まれる。それは先ほどと同じくロボの体に
[ふんっ!]
当たることはなかった。なぜならデザートナイフが一閃したかと思うと弾は真っ二つになってしまったのだから。
そこからはずっと巨大ロボのターンだった。
さすがにすべての弾をさばけはしなかったが、少しずつ少しずつ戦車を破壊していく。その動きは鋭さを増していき、今では人間がそのまま入っていると言っても遜色がない状態、いやまるでアニメのロボアニメさながらのスタイリッシュな動きを持って戦車を一台、また一台と沈めていく。
これを見た政治家一家が戦車隊を残し、長い長いリムジンで逃げ帰るのが見えた。
[逃がさん! バトラーアームズ003! ティーポットシューター!]
今度は噴水を叩くと噴水が割れ、何か丸いものが飛び出しその手に収まる。丸いものの正体は巨大な真っ白な陶器製のお茶器だった。
持ち手をしっかり持ち、注ぎ口をリムジンへと向ける。
[ファイア!]
掛け声とともに注ぎ口からはお茶の代わりに鉛玉が出てくる。弧を描いたそれは寸分たがわずリムジンをとらえ見事命中する。
気づけば戦闘は終わっていた。残されたのは灰になったお屋敷と巨大ロボットと戦車の残骸、そして綺麗な朝焼けだけだった。
[たりないなぁ。やはり俺を満足させられるのはお嬢様だけか……。]
最期まで先輩は気持ち悪かった。
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M-ドライブ。それは今から10年前、エネルギー研究の第一人者である西園寺雅彦が開発した発電機の名前だ。
外部からの衝撃を吸収しそれを100%コアに伝え発電する。そして一度火が付けば止まることなく動き続けるそれはまさに夢の機械であった。
M-ドライブの開発は電気が無くとも押す、殴る、踏む、落とすと言った行動で使えるため、主に災害用の家電として瞬く間に全世界に広がっていった。
問題点があるとすれば乱暴に扱う事が多い為すぐに壊れる事である点と、大きさが大きくなればなるほど制御が難しくなるため小型の懐中電灯やラジオ、携帯用非常用バッテリーなどにしか転用が出来なかった。
それでも今、M-ドライブの需要は未だ伸び続けている。
そしてノーベル物理学賞を受賞した西園寺雅彦はスピーチの中である宣言をする。
「理論上壊れなければ刺激を与え続ける限り永遠に活動を続けることが可能となる。私はそれを利用した災害用救助ロボット完成を目指す! そして全世界に配備して見せよう!」
その発言の後、西園寺雅彦は自宅から遠く離れた研究所に引きこもり、48歳の生涯を終える事になる。
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「そのM-ドライブが搭載された唯一のロボットが……。」
「そう! アーキデゴンだ。」
敗戦処理をしながら先輩からそんな話を聞く。
アーキデゴン、箱舟の執事と名づけられたその巨体は当初災害用として開発されていた。しかし長い開発期間は徐々に前代当主の体を蝕み、この一体しか開発できなかった。
先輩は当時、13歳ながら助手兼テストパイロットとして開発に携わっていたらしい。
「でも何で先輩が?」
パイロットならもっと適任がいてもおかしくない。わざわざ幼い人間を乗せる理由は無い。
それを聞いた先輩は遠い目をして空を見上げた。
数時間前まで硝煙に包まれていた空は、今真っ青に輝いている。しかし彼の目にはそれは移っていない。
濁った瞳だけがそこに収まっている。
「……笑顔のためさ。」
そう言って先輩は空を見上げる
笑顔?確かにいつも先輩は笑っているがそれとロボットの操縦となんの関係があるんだろうか
どうしても腑に落ちない僕がどういう意味か尋ねようとするが、お嬢様の怒声がそれを阻んだ。
慌てて仕事に戻るときに横顔をもう一度だけ見てみる。先輩の目は光り輝いていた。あぁ、これはまたどうすればお仕置きを貰えるか考えている時の顔だ。
「ほら、きびきび働きなさい! 今日はせめて野宿は避けるわよ!」
椅子にふんぞり返り、焦げたドレスを羽織り、すすだらけのティーカップでお茶を嗜みながら檄を飛ばす御姿に昨夜の無様な様子は見られない。ある意味昨日よりも無様かもしれないが自身の高いプライドだけは捨てていなかったようだ。
お茶を飲みきったお嬢様が無言でカップを振っている。
そこに先輩がお茶のお代わりを注ぎにはせ参じる。
鮮やかな手付きで注がれたお茶を見てお嬢様は満足そうな笑顔の後角砂糖やミルクを入れ、一口啜り、吐き出し、先輩にアッパーカットをたたき込む。綺麗なコンボだ。あの様子だと多分角砂糖では無く塩を固めた物を出されたに違いない。
肝心の先輩は……笑ってる。かなり嬉しそうに。
あぁこんな騒がしい日常が戻って来た事がなにより嬉しいと感じる僕は、昨日の出来事ですっかりおかしくなってしまったかもしれない。
でも……
「家は無いけど、みんな無事だからいいんだよね。……いいんだよね」
人々に忘れられそうなほど広い広い廃墟の中、誰かに聞かせるつもりもなくそして言い聞かせるようにつぶやく。
これが戦いの始まりで、それにいやがおうにも巻き込まれることになると知るのはまた別の話である。