ー9ー 龍哉
更新が遅くなってしまって申し訳ありません><。
楽しんでいただけると幸いです。
エアルが帰ってからもずっと上機嫌なイヴェールに龍哉は眉を寄せて苦言を呈す。
「ねぇ、気持ち悪いんだけど」
けれど、その言葉は綺麗に黙殺される。
龍哉は口をへの字に曲げて匙を投げた。
そして今日、初めて会った、イヴェールに目を付けられてしまった哀れな少女を思い出す。
まぁ、確かに悪くはなかった。
今までイヴェールがその時限りで側にあることを許していた女たちに比べれば。
否、あんな女共と比べるのは失礼だと思うくらいには良かった。
美人のくせに自分に自信がなくて、か弱そうに見えるくせに芯がしっかりしている。
イヴェールの側で彼に愛されることによって彼女が自信を取り戻した時、きっと彼女はすごく化けるだろう。
言うなれば彼女は原石だ。
それを上手く磨き上げられるかは気持ち悪いくらいに上機嫌なイヴェールにかかっている。
少しだけ、それが楽しみだったりする。
「それで、お前はどうするんだ?」
不意にかけられた声に龍哉は目を瞬いた。
そしてニッと唇を歪める。
「しょうがないから引き受けてあげるよ」
「ハッ、お前も十分気に入ってるじゃねぇか」
どこか嬉しそうなイヴェールの声に龍哉はツンとそっぽを向く。
その様子にクツクツと笑うイヴェールにムッとしながら龍哉はずっと気になっていたことを訊ねた。
「あの人はいつからこの屋敷に移るの?」
苦々しく顔を歪めたイヴェールに龍哉は首を傾げる。
侯爵家の人間は見染めた相手は即自分の手元に置いておきたいという者が多い。
現侯爵―――ボスもそうだし、歴代の右腕が残したなんとも言えない記録にも彼らの愚痴―――切々と訴えてくる苦労話と共にそのような内容が語られている。
特に6代目の夫への執着というか執念というかはいっそ清々しいほどだ。
それは代を重ねるごとに酷くなっていると龍哉は思っている。
もちろん、中には上手く隠し通して穏便に人生を終える者たちもいたようだけれど。
しかし、龍哉が見る限りイヴェールにはその傾向はある。
そうでなければ自分はここにはいないし、下手をしたら生きてさえいないかもしれない。
そのくらいにイヴェールとの出会いは最悪で圧倒的だった。
彼がもし自分を気に入らなければこんな平穏は訪れていなかっただろう。
それからは龍哉が呆れるくらいに裏から手をまわし、龍哉が夜の闇で、この国で生きていけるようにしてくれた。
要は自分が気に入った人間には心を砕き、庇護を与える。
その上で、手放したくないと思ったらありとあらゆる手段を使って手元に置く。
しかも質の悪いことに最初どれほど彼らを拒んでいても最終的には絆されて頷いてしまう―――言い換えれば、最終的には必ず自らの意思で自分を選ばせているということだ。
横暴で理不尽でそれなのに何故か憎めない、トンデモナイ人たらし。
それがイヴェールを含める侯爵家の人間の本質だ。
だから、イヴェールが素直に彼女を家に帰したことが龍哉は不思議でならなかった。
ただでさえ、仕事に追われ会える時間が少ないのに彼女を家に帰してしまえば彼女との時間はぐっと減るだろう。イヴェールがそんなに我慢強い性格だとは思えないし、彼女だってイヴェールが願えば否とは言わないだろう。さんざん悩んで困り顔をしながら、それでも最終的にきっと頷く。
「……これ以上、無理強いはしたくない。
できる限り、彼女のペースに合わせてやりたい」
絞りだされた答えに龍哉は目を瞬いた。
そして真剣な顔でイヴェールの額に手を当てる。
「熱はないね」
「おい」
「だって貴方がらしくないことを言うから」
「……」
らしくないことを言った自覚はあるらしい。
龍哉は苦虫を噛み潰したような顔をするイヴェールをじっと見つめる。
けれど彼はそれ以上口を開こうとはしなかった。
あのイヴェールが自分の為ではなく誰かのために我慢をするなんて。
それだけ彼女がイヴェールにとって特別で大切な存在ということか。
本気だとは聞いていたけれど、まさかこれほどとは。
なるほど、恋というやつは恐ろしい。
彼女も面倒な相手に惚れられたものだ。
彼女にはもう逃げ場はない。
イヴェールにこれだけ想われている上にあのボス夫婦にまで気に入られているのだから。
自分のことは綺麗に棚に上げて、龍哉は小さく笑った。
「まぁ、いいよ。
少し面倒だけど貴方の目が届かない時は僕が守ってあげる」
「……悪いな」
小さく呟かれた言葉にまた笑みを零して龍哉はこれからの計画を立てた。
エアルの護衛という大義名分もできたことだし、しばらく学校はサボろう。
あんなところに通うよりも彼らを見ている方がずっと楽しい。
そして彼女にはできるだけ早く諦めて侯爵家に来てもらおう。
そっちのほうが仕事が楽だし、何よりも絶対に面白い。