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ー8ー


 侯爵の執務室を後にして、エアルはイヴェールに侯爵家の中を案内してもらっていた。

 すれ違う人々はイヴェールとエアルを見てギョッととした顔をして何か言いかけるがイヴェールに睨まれて生暖かい視線を向けて黙ってすれ違っていく。

 その視線たちは決して不快なものではなく、この人は此処でとても愛されて、大切にされているんだなと実感できるものだった。

 自然と口元が緩んだ。


「とっても素敵なお屋敷ですね」

「そう、ですか?」


 特に気にしたことがなかったと戸惑うイヴェールにエアルは言葉を続ける。


「侯爵様と奥様もそうですが、すれ違う方々もとってもあたたかくて優しい方々だと思います」


 言葉こそ交わしていないけれど、それでも皆、イヴェールを見る瞳に敬意と愛情がある。

 そういう関係を築くのはとても難しいことだとエアルは知っている。

 大好きだった母方の祖父の教えに従って、自分もそうあろうとはしてきたけれど上手くできている自信はない。だからイヴェールが少し羨ましい。


「皆、自慢の家族です」


 ハッキリとそういったイヴェールにエアルは眩しいものを見るように目を細めた。

 素でそう言ってしまえるのはそういう教育を受けてきたからなのだろうか。

 もし、本当に自分が彼に嫁ぎこの家に来た時、彼と同じように彼らを大切にできるだろうか。

 自分に流れている父の血をこんなに恐れたのは初めてだった。


「他の誰でもなく、貴女にそう思っていただけるのはとても嬉しい」


 柔らかく、けれど、どこか誇らしそうに笑うイヴェールにエアルはぎこちない笑みを返した。

不安は、憂いは尽きない。





 一通りエアルに案内できる場所を見せてもらった後、紹介したい者がいると言われエアルは談話室でその人を呼びに行ったイヴェールを待っていた。

 応接室のようにも思えるその部屋は、屋敷の者たちがくつろぐ場所なのだという。

 メイドや執事といった使用人たちは流石に使わないが、夜の闇の関係者たちが憩うためのスペースだと教えて貰った。


「貴女があの人の華?」


 ソファーに腰掛けてぼんやりしていたところに急に見知らぬ声に話しかけられてエアルは慌てて視線を声がした方に向ける。

 妹と同じ年頃の少年がじっとこちらを見ていた。

 黒髪に黒い瞳に綺麗な顔立ちの少年。


「あの?」

「僕は龍哉。好きに呼んでくれていいよ。姉さん」


 戸惑いを含んだエアルの声なんてお構いなしに少年は上から下までエアルを眺めてふぅん?と呟くとこの国では聞きなれない名前を紡いでニヤリと笑った。


「え?え?」


 混乱するエアルに気付かずに少年は笑う。

 否、もしかしたら知ったうえで愉しそうな笑みを浮かべているのかもしれない。

 どうすればいいのか分からずに困惑の表情で龍哉と名乗った少年を見つめていると不意に小気味のいい音が響いた。


ゴツン


「挨拶もまともにできねぇのか。お前は。

 それからエアル嬢を困らせてんじゃねぇ」


 目の前で容赦なく落とされたげんこつと普段とは違い粗野な印象を与えるイヴェールにエアルは目を瞬く。


「困らせてるのは貴方もみたいだよ?

 お貴族様仕様が剥がれていて彼女、すごく驚いてる」

「……」


罰が悪そうな顔で誰のせいだと少年を睨みつけるイヴェールにエアルは堪えきれずに噴き出した。


「ふふふ!おふたりは仲良しなんですね」

「やっと笑った……」

「え?」

「いや、なんでもない」

「……僕がいること忘れないでよね」

「お前、こういう時は空気読め」

「ヤダ。どうして僕が貴方に気を遣わないといけないわけ?」

「はぁ………」


 こめかみを抑えて深いため息を吐くイヴェールにエアルはまたくすりと笑みを零した。

 いつも完璧に見える彼の新たな一面をみられた気がしてなんだか胸がじんわりあたたかくなる。


「イヴェール様、よろしければ私にも普段の言葉遣いをしていただけませんか」

「よろしいのですか。俺――私は相当粗野な言葉遣いをしますが」

「はい。もっとあなたのことを教えてください」


 エアルの意思でイヴェールに歩み寄った初めての瞬間だった。


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