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ー45ー

 凄絶な笑みを浮かべたイヴェールにその場の空気が変わる。

 支配者が一瞬にして入れ替わった。

 屈強な男たちを笑みだけで怯ませたイヴェールが悠然と歩いてくる。

 エアルのもとに来たイヴェールは痛ましげにエアルの頬に触れてその頬を伝う涙を拭う。


「……るな」


 遠くで低い声がした気がした。

 けれどイヴェールはものともせずにいつかのようにジャケットをエアルにかぶせて抱きしめた。


「遅くなって悪かった。

 もう大丈夫だ」


 そう囁いたイヴェールにエアルの体から力が抜ける。


「触るな!!エアルに、私のエアルに触るな!!!」


 おぞましい声だった。

 ビクリと震えるエアルを宥めるようにイヴェールの腕の力が強くなる。


「しばらくこうさせてくれ。その間に片付けるから」


 目と耳を塞ぎ、エアルに安心を与えるように抱き締める腕。

 その温もりに、優しさに、甘えたくなった。

 けれど、それではだめだと思った。

 命がけで龍哉は守ってくれた。

 今、ここに駆けつけてくれた人たちだって命をかけて戦ってくれている。

 それなのに怖いからと言って目と耳を塞いで守られているなんて許されない。


「大丈夫です。お仕事をなさってください」


 きっと不格好な笑みだろう。

 それでも、イヴェールが来てくれただけでもう怖くなんてないから。

 本当に、本当に、大丈夫だから。


「……すぐ終わらせる」


 そこからは本当にあっという間だった。イヴェールにとびかかってきた従兄はイヴェールに触れることもできずに龍哉に沈められ、他の男たちもいつの間にか地に這いつくばっていた。

 その様子を無感動な目で静かに眺めていた姉は特に抵抗することもなく拘束され、妹は拘束されることで現実に戻ってきたのか怯えをいっぱいその瞳に宿して震えている。


「どうして……」

「どうして?それをお前が言うの?」


 思わずこぼれた言葉に嘲る姉の声がした。


「お前のせいよ。お前が身の程を弁えないからこうなったの。

 そこは私の場所だったの。私の為の場所だったのよ!!」


 憎悪を孕んだその声に、視線に、もう怯えることはなかった。

 湧き上がるのは怒り。自分でも驚くほどに冷たい声が出た。


「だから、何をしても許されると?

 ご自分がなさったことがお分かりですか?」

「偉そうな口を利かないで!」


 エアルの言葉は届かない。

 醜いものから遠ざけるようにかけられたイヴェールのジャケットを握りしめて一歩姉に近づく。


「ご自分の居場所がもうないことにお気づきですか?」

「なにを、」

「当然でしょう?今こうして命があるのが不思議ではありませんか」


 許嫁を攫った賊としてその命が刈り取られていても不思議ではなかった。

 事実、彼女たちがしようとしたことのおぞましさは龍哉も知っている。

 その上、乗り込んできたイヴェールたちに抵抗した。

 それがどんな意味をもたらすかも知らずに。


「く、来るな!」


 怯えが混じり始めた姉のもとにエアルはゆっくりと近づく。


「お父様とお母様、叔父様がどうなるか考えましたか?」


 妹と従兄の目に衝撃が走る。その反応にエアルは思い知った。

 心のどこかでまだ彼女たちに期待していた事実を。

 失望が広がる。エアルの知る姉は、妹は、従兄は本当にもうどこにもいない。

 そう思い知らされると不思議と心が穏やかになるのを感じた。


「まって、ねえさま。エアルねえさま、たすけて。ごめんなさい。あやまるわ」


 だから助けて……。そう喘ぐように縋りつく妹を見ても心は動かなかった。


「私は忠告したはずです。

 今まで通りの生活が出来るだなんて間違っても思わないことです」


 静かにそう言い放ってエアルは三人に背を向ける。


「そ、んな……。ミーシャ姉様!どうにかしてよ!姉さまのせいよ!私、わたし」

「うるさいわね!この役立たず!」


 背後から姉妹で罵り合う声が聞こえたけれど、もう振り向くことはなかった。



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