ー42ー イヴェール
メイドらしき女の訴えを聞き入れて車を降りたイヴェールが連れてこられたのは品の良い喫茶店だった。
暴漢に襲われていたはずのマリアベルは傷一つなく甘い笑みでイヴェールを迎えている。
イヴェールは苛立ちを隠しもせずにマリアベルを睨みつけた。
「どういうつもりだ」
その鋭い眼光をものともせずにマリアベルはにっこりと笑った。
「あら、どういう意味かしら?」
「……大切な用事があるので私はこれで失礼する」
「ふふふ、良いのかしら?あなたの大切なお姫様どうなっても知らないわよ?」
「生憎守りは固めてある。貴女に心配される必要はない」
吐き捨てたイヴェールにマリアベルはコロコロ笑う。
「そう、そうね。龍哉殿がついているのだもの。
ふふふ、でも、伯爵家まで無事に辿りつけるといいわね?」
「どういう意味だ」
「さぁ?エアル嬢の無事を祈ってみただけよ」
「……」
「私は何もしていないわ。本当よ?
でもそうね、イヴェールが私のお願いを聞いてくれるなら小耳にはさんだ話を教えてあげても良くてよ?」
「冗談じゃない。悪いが失礼する」
そう吐き捨てて背を向けたイヴェールのもとに慌てた部下が駆け寄ってくる。
「イヴェール様!大変です」
部下の言葉にイヴェールは目を見開いた。
ギリギリ燃え滾る怒りを宿した瞳で射貫かれてマリアベルはうっとりと微笑む。
だが、それも一瞬だった。
「アルセに情報を集めさせておけ。屋敷に戻る」
「あらあら、聞かなくてもいいの?」
「それも拘束しておけ。責任は俺が持つ」
「は?ちょ、イヴェール?待ちなさい!
わたくしは公爵令嬢よ!!お前たちのような者が触れていい存在ではないの!」
ギャーギャー騒ぐ声を背後にイヴェールはギリと奥歯を噛みしめる。
部下がもたらした知らせは、エアルたちが時間になっても伯爵家についていないというものだった。
事故の知らせはない。
なら、なぜまだ伯爵家についていない。
冷静になれ。見落としがあるはずだ。伯爵家につくまでにマリアベルが関与出来るだけ何かが必ずあるはずだ。
「イヴェール」
屋敷に戻ったイヴェールを待っていたのは仕事用の顔をしたアルセだった。
「お前らを乗せてった運転手、公爵家の紹介でうちに来たやつだった」
「……」
「それからエアル嬢の姉妹と従兄殿も行方知れずだ」
「……場所の特定は?」
「あくまでも候補だ。確定じゃない」
あげられた候補たちにイヴェールの口の端が釣りあがる。
上等じゃねぇか。誰に喧嘩を売ったのか。誰のものに手を出したのか。
その身をもって分からせてやる。




