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イヴェールと話ができたことで覚悟を新たにしたエアルの行動は早かった。
早々に伯爵家に連絡を入れ叔父との約束を取り付けた。
どうしても自分でとわがままを言ったエアルに微苦笑をしながら頷いてくれたイヴェールは電話の最中ずっとそばにいてくれた。
話し合いにもイヴェールはついて来てくれる。それがとても心強かった。
当日の朝、イヴェールにエスコートされて玄関ホールに降りると龍哉が微妙な顔でこちらを見ていた。
「ねぇ、僕が行く意味はあるの?」
イヴェールがついて行く。それだけでエアルの守りは心配ない。
従者としてついて行くのならアルセの方がいいだろう。
静奈が和の国に帰って凹んではいるが全く使い物にならない訳ではない。一応。
「アイツには他の仕事を頼んだ。
それともお前が書類を片付けるか?」
「喜んでお供します」
キリッと表情を引き締めて恭しく頭を下げた龍哉にイヴェールが溜息を吐く。
その様子にエアルはクスリと笑みを零した。無意識に入っていた力が抜ける。
「行くか」
大きな手が差し出されてその上にそっと手を重ねる。
それだけで大丈夫だと思えるのだから本当に不思議だ。
仄かに笑みを浮かべながらエアルは車に乗り込んだ。
特に緊張することもなくイヴェールと取り留めのない会話を楽しんでいたエアルに龍哉が目を瞬かせる。
「貴女、ここ数日で本当に変わったよね。一体何があったの?」
「そうですか?」
助手席からかけられた言葉に自覚がないエアルはきょとんと龍哉を見た。
「うん。なんかオドオドしなくなった。前ならもっと強張った顔してただろうし」
そう言われてペタリと自分の顔を触ってみる。確かに強張ってない。
言われてみれば今までならどうしようで頭の中がいっぱいだったかもしれない。
だけど。
「イヴェール様が一緒ですから」
自然と零れた言葉にエアルはパチリと目を瞬いて納得したように微笑んだ。
そうだ。イヴェールが一緒だから安心している。
イヴェールが隣でどんな顔をしているかも知らずにふわふわ笑っているエアルに龍哉はゆるりと首を振ってゴチソウサマと呟いた。
意味が分からずコテンと首を傾げると、龍哉は呆れたような顔をしながらどことなく嬉しそうに呟いた。
「ま、仲睦まじいのは良いことだって侯爵夫人も言ってたし。
ちゃんと夜の闇が貴女の居場所になれてるならいいよ」
「龍哉」
「イヴェールを受け入れたってことは夜の闇を受け入れたのも同義だよ。
彼女は貴方の唯一の花で僕らの守るべき光。そうだろう?」
ハッキリと言い切った龍哉にイヴェールの視線がエアルに向く。
けれど、エアルはそれどころではなかった。
「エアル?」
「どうしましょう。すごく嬉しいです」
頬を真っ赤にして瞳を潤ませたエアルは震える声で呟いた。
龍哉の言葉の意味は分からない。自分が彼らの光だなんておこがましいと思う。
けれど、それでも夜の闇に、彼らに受け入れられたのならとても幸せなことだと思う。
「何を今更。僕は言ったはずだよ。イヴェールの隣は貴女がいいって。
それは侯爵家にいる人間の総意だ。」
「龍哉くん……」
真剣な声で囁いた龍哉にエアルは泣きそうになる。
ミラー越しに珍しく柔らかくエアルに笑いかけた龍哉の表情はすぐに呆れたものへと変わった。
「イヴェール。大人げない」
「あ?」
不機嫌そうなイヴェールの声に龍哉はため息一つ吐くと肩を竦めて前を向いてしまった。
「イヴェール様?」
「……やっぱり龍哉ばっかりずるい」
ぎゅうっと抱き寄せられて囁かれた言葉にエアルは目を瞬く。
そして緩む口元をそのままにそっと囁いた。
「大好きです。イヴェール様」




