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イヴェールの姿がなくなった応接室でエアルは気まずい空気にひたすら耐えていた。
できる事ならすぐにでも自室に引っ込んで今後のことを考えたい。
あの目と言葉の通り、きっとあの人から逃げることはできないだろう。
ならばさっさと腹をくくってしまう方がいい。
けれど――――……。
「エアル!よくやった!一体どこでイヴェール殿と知り合ったんだ?」
イヴェールを見送った父が上機嫌で戻ってきてはエアルを褒めたたえる。
姉の様子は気にならないらしい。流石は無神経な父だ。
エアルはため息を吐きたいのをぐっと堪えて笑いが止まらない様子の父を見た。
「ははは!あの夜の闇と縁続きになれるだなんてこれで我が家も安泰だ!!」
「夜の闇……」
「そうだぞ!お前が次代の夜闇の侯爵夫人になるんだ!」
眩暈がした。
侯爵家からの縁談というだけで荷が重いと思ったのに、それが夜の闇。
この国の守護を担う家、しかも次期当主からの直々の婚姻の申し込み。
いっそこのまま気を失えたりしないだろうか。
「……して、」
「ミーシャ?」
「どうして、どうしてエアルなの!!私の方が彼をお慕いしているわ!
マナーも完璧だし、社交もエアルなんかよりもずっと上手くできる!
私の方が彼に相応しいのに!!
どうして……!!!」
普段の優しい姉からは想像できないくらいに激しい叫びと恨みの籠った視線にエアルは戸惑わずにいられない。
喘ぐように姉を呼ぶ。
「お姉様……」
それでも返ってくるのは怨嗟の念が込められた視線だけだった。
「ミーシャ、お前には縁がなかったんだ。
お前に相応しい相手は父様が探してやる。だから、今はエアルを祝福してやりなさい」
「嫌よ!!私が、私の方が!!」
「いい加減にしないか!」
「お父様!」
ついに姉を怒鳴りつける父に非難の声を上げる。
「エアル、お前も妙な気を起こすんじゃないぞ。
この縁談には我が家の未来がかかっているのだからな」
「……はい」
姉と父の視線から逃れるように目を伏せて、足早に自室へと戻る。
一体どうしてこうなってしまったのだろう。
深いため息が夜の闇に溶けて消える。
エアルは憂いに満ちた表情でこれからの日々を思った。
翌日さっそくイヴェールから花束が届いた。
エアルは目を瞬いてメイドが届けてくれた花束を抱きしめる。
真っ白な百合は侯爵家で咲いたものだという。
甘い香りを胸いっぱい吸い込んで小さく笑みを零す。
男性に花を贈られるなんて初めてのことだった。
思っていたよりもずっと嬉しいもので憂鬱だった気分が少し晴れた気がした。
自室に飾ってもらえるようにメイドにお願いして、はたと思いつく。
お礼をしたいけれど、イヴェール個人の連絡先を知らない。
しばらくどうしようかと悩んでいたが、侯爵家に手紙を書けばいいことに思い当たってさっそくペンをとる。
イヴェールがどうしてエアルを選んだのかは分からないけれど、決まってしまったものは仕方ない。逃げられそうもないことだし、男性を信じられなくても、恋愛ができなくても、良好な関係を築く努力をしよう。
それにイヴェールは夜の闇を継ぐ方だ。この国に生きる者として尊敬ならできる。政略結婚の相手としてはきっとこれ以上にない好条件の相手だ。
そう思ってエアルはこの縁談話を前向きに受け止めることを決めた。
ただ、気になるのは姉の取り乱しようと今まで向けられたことのない憎悪の視線。
昨日、あれから顔を合わせていない姉を思ってエアルは深いため息を吐いた。




