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「――――お前たちにディアナ様のご加護がありますように」
穏やかに話を終えた侯爵夫人は柔らかな笑みを浮かべたままエアルと静奈を談話室から追い出した。
二人は話の余韻に浸る暇も考えをまとめる時間も与えられずに廊下へと放り出されてパタリと閉められた扉を呆然と見つめる。
どちらともなく顔を合わせてエアルは微苦笑を浮かべ、静奈はため息を零すと自然と足は侯爵夫人の話に出てきた侯爵家初代の奥方――――ディアナの肖像画が飾られている部屋へと向かった。
ずらりと並んだ歴代当主たちの肖像画の中でエアルと静奈は一人の女性の肖像画の前で足を止めた。
月の雫を一滴落としたような美しいプラチナブロンドを一つに束ね、剣を片手に凛と前を見据える女性。
戦乱の時代に勝利の女神と謳われ、夜闇を照らす月に例えられた美しい女性。
隣に飾られている初代侯爵と並んで描かれた幸福そうに微笑む姿とは随分と印象が違う凛々しい姿を食い入るように見つめる。
エアルは胸の中で次々と湧き上がり混ざり合う感情を捉えることができなかった。
「……エアルさん、私、和の国に戻るわ」
隣から聞こえた静かな声にエアルは弾かれたように隣を見た。
静奈はエアルに視線を合わせることなくまっすぐに前を向いたまま言葉を続けた。
「流されるのではなく、自分で選びたいの」
その言葉に、強い決意を秘めた声色に、エアルは息を飲んだ。
自分で、選ぶ。
エアルにはない発想だった。
愕然としているエアルにゆっくりと振り向いて視線を合わせた静奈は鮮やかに微笑んだ。
その美しい笑みに言いようのない焦燥と心細さを感じて自然と眉が下がる。
静奈はそんな心情を見透かしたように優しくエアルの名前を呼んだ。
「大丈夫。大丈夫よ」
「静奈さん……」
「なんたって私たちにはディアナ様の加護があるんだから!
だから、ちょっとだけ私たちも勇気を出しましょう?」
いつもの調子でそう笑った静奈に背を押されてエアルは小さく頷いた。
静奈と別れて部屋に戻ってきたエアルは侯爵夫人から手渡された白百合をぼんやりと見つめていた。
肖像画に描かれていた剣を片手に前を見据える姿は確かに凛と咲くこの白百合に似ている。
一体、どれほどの覚悟だったのだろう。
どれほどの想いがあればそれだけのことができるのだろう。
話を聞いて、肖像画を見て、駆け巡った思いは良い感情だけじゃない。
嫉妬、羨望、諦観――――渦巻いた感情はエアルの劣等感をチクチクと刺激した。
けれどそれ以上に憧れた。静奈が言ったように彼女の加護があるのなら、出した答えに自信をもってもいいだろうか。
愛する人を追いかけて戦場までついて行った人。
阻むものを全て薙ぎ払い、恋を叶えた人。
命を懸けてただひとりを愛し抜いた人。
どうかその強さを、勇気を、情熱を少しだけ分けてほしい。
そうすれば、きっと―――――……。
静かな決意を胸にエアルはそっと目を伏せた。




